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第一章 八頭身のドワーフ

 深い深い原生林の奥処において、巨大な大木が悲鳴を上げて弾け飛んだ。



「――ぬんッ!」



 ズドォォォン! と地響きが轟き、樹齢三百年は下らないであろう白銀杉の大樹が、根元から綺麗にへし折れて倒れていく。通りすがりの冒険者パーティー「銀の風」の四人は、あまりの出来事に言葉を失い、その場に棒立ちとなっていた。「おいおい……マジかよ……」 「な、なんだ今の音は……? 大熊の魔物でも暴れ回ってるのか……!?」剣士の若者が額の汗を拭いながら、おそるおそる倒木によって生じた白日の広場へと視線を向けた。煙塵がたなびくその中心に立っていたのは、恐ろしい魔獣などではなかった。そこに佇んでいたのは、一人の女であった。頭一つ抜き出でた背の高さ。引き締まった腰つきと、すらりと長く伸びたしなやかな脚。長い金髪を後ろで一つに結い上げ、風にたなびかせるその佇まいは、神話に謳われる女神か、あるいは深い森に住まう高潔な高位種族そのものであった。流し目の美貌は涼やかで、透き通るような白肌が木漏れ日に美しく映えている。「う、美しい……」 「おいおい、こんな大森林の深部に、エルフの美女様がお一人で何をしておられるんだ……?」魔導士の青年と弓手が見惚れたように溜息を漏らす。剣士は慌てて整えた笑みを浮かべ、気取りきった足取りで彼女へと歩み寄った。「失礼、麗しきエルフの淑女よ。このような魔物蔓延る秘境で、お一人で何を? 私たちは王都から派遣された冒険者パーティー『銀の風』。良ければ、我々がお送りいたしましょうか?」男の完璧な(と本人は確信している)紳士的アプローチに対し、佇む美女は緩やかに振り返った。その美貌にわずかな苦々しさが混じる。そして、腹の底から響くような、実に通り通った大声で言い放った。「誰がエルフだ! 私はドワーフだよッ!」



――静寂。



 森の羽虫の羽音すら消え失せたかのような沈黙が、その場を支配した。「……え?」 「は?」冒険者たちは一斉にまばたきをした。眼前の美女を見上げ、次にその足元を見つめ、再び顔を見る。「い、いやいや、お姉さん、冗談がキツいですよ。ドワーフっていうのはだな……もっとこう、体長は人間の半分くらいで、横幅があって、立派な髭を生やしていて、寸胴で、酒臭くてだな……」 「そうだよ! こんな八頭身のモデル体型で、モデルみたいな顔立ちのドワーフがいてたまるか!」「うるさいな! 私が一番分かってるよ、そんなこと!」ドワーフを名乗る美女――エルナ・グランフォージは、長い脚を踏み鳴らして地だんだを踏んだ。それだけで足元の落葉と土煙がぶわりと舞い上がる。「生憎だけどね、生まれも育ちも生粋のドワーフ血統なんだよ! グランフォージ家の家系図を見せてやろうか!? ひいおじいちゃんも、おじいちゃんも、親父も、全員立派に横幅が一メートル以上ある生粋のドワーフ族だよ!」「じゃあなんでお姉さんだけそんなスラッとしてて背が高いんだよ!?」 「神様の気まぐれだよ! 私が聞きたいくらいだッ!」エルナは苛立ち紛れに、傍らに転がっていた鉄鉱石の大きな塊を爪先で軽く蹴り上げた。ひゅんと空を切った高純度の鉄塊は、はるか上空へと消え去り、数秒後にどこか遠くの山肌を粉砕する轟音を響かせた。冒険者四人は揃って白目をむいた。(き、怪力すぎる……!)「はあ……」とエルナは大きな溜息をつき、頭を抱えた。「どこへ行ってもこれだ。『ドワーフのくせに背が高い』『ドワーフのくせに細身すぎる』『ドワーフのくせに髭が生えない』……もう聞き飽きたよ」「いや、最後のやつは生えたら困るだろ美女なんだから!」と剣士が思わずツッコミを入れる。「そんなことないよ! 我が故郷じゃね、立派な揉み上げと豊満なアゴヒゲこそが乙女の嗜みなの! 私なんて、二十四歳にもなってツルツルなんだよ!? どれだけ肩身が狭かったか分かるか!?」

怒り狂うエルナだったが、その整いすぎた顔立ちで言われても、冒険者たちには何の説得力もなかった。「ま、まあ待て……仮に、仮にお姉さんがドワーフだとしてだ」と、パーティーのリーダー格である戦士が宥めるように手を差し出した。「ドワーフといえば、世界最高峰の鍛冶職人であり、精密な細工の達人だ。お姉さんも、何かすごい伝説の武具とか作れるのか?」その問いがかかった瞬間、エルナの顔から一瞬で血の気が引いた。「……鍛冶?」 「ああ。ドワーフの打った剣なら、一振りで金貨数百枚の値がつくっていうしな」エルナは露骨に視線を泳がせ、爪先で地面の土をイジイジと弄り始めた。「……できないよ」 「え?」 「できないって言ったんだよ! 鍛冶も、細工も、細かな職人作業も、ぜんっぜん! これっぽっちもできないの!」「嘘だろ!? ドワーフなのに!?」「ドワーフだからって全員が器用だと思うな! 私は手先が死ぬほど不器用なんだよ!」エルナは悔しそうに拳を握りしめ、己の過去を語り始めた。「うちの家系は代々、王立騎士団に武具を納める名門の鍛冶屋だった……。親父も兄貴も、ミリ単位の誤差もなく金剛石を切り出し、神剣を打ち直すほどの天才だった。でも、私は……」エルナの脳裏に、苦い記憶が蘇る。幼少期、初めてハンマーを握らされた日。繊細に鉱石を叩こうとしたエルナだったが、力を込めた瞬間に金床が砕け飛んだ。 成長し、精密な指輪の彫刻を教わった日。細いタガネを手に取った瞬間、タガネがへし折れ、土台の宝石は木っ端微塵に粉砕された。 何度やっても、どれほど気を付けようとも、彼女の手に触れた精密機械や繊細な素材は、すべて壊滅的な破壊を被るのだった。「力加減ができないんだよ! 細かくやろうとすればするほど、手が震えて余計に力が入り込んじゃうんだ! ちょっと鉄を温めて叩こうとしただけで、金床ごと炉を叩き割っちゃうんだから!」「それは……鍛冶屋としては致命的だな……」 「致命的どころじゃないよ! 『お前の手は破壊の鉄槌か!』って怒られてさ……最後には『ドワーフの面汚し』『家名の恥』って言われて、故郷を追い出されたんだ!」エルナは胸を張り、悲しそうに、けれどどこか開き直ったように叫んだ。「だから決めたんだ! 器用な細工なんて知るか! 繊細な作業ができないなら、この馬鹿力だけで何でも解決してやる! 誰も私を『ドワーフらしくない』なんて笑わない、私が私らしくいられる新しい村を、この森林をゼロから開墾して作ってやるんだよッ!」高らかに宣言するエルナ。冒険者たちは呆然としながらも、その無謀な夢に苦笑いを浮かべた。「開墾って……お姉さん一人でか? 家を建てるにも、道具を作るにも、結局は繊細な職人技術が必要になるだろ? ドワーフの技なしでどうやって村を作るんだよ」「うぐっ……そ、それは……これから考えるんだよ!」図星を突かれてしどろもどろになるエルナ。と、その時であった。



グオォォォォォォォォンッ!!



 空気を震わせる狂暴な咆哮が、森林の奥深くから響き渡った。「な、なんだ!?」 「この圧は……まさか!?」樹々を薙ぎ倒しながら姿を現したのは、体長十メートルを超える巨体を持った魔獣――『地獄の鎧熊(アルマ・ベア)』であった。全身を漆黒の超硬質鉱石のような外骨格で覆い、並の鉄の剣など蚊の刺したほどにも感じない、この大森林の主級のモンスターだ。「ヒッ……! アルマ・ベアだ! なんでこんな外縁部に!?」 「逃げろ! あんなの、国家騎士団が一隊がかりで倒すレベルの怪物だぞ!」冒険者たちが顔を蒼白にして逃げ出そうとする。しかし、アルマ・ベアの赤い瞳はすでに、開けた広場に立つエルナを獲物と定めていた。 大気を切り裂くほどの勢いで、巨木のような前脚が振り下ろされる。「危ない、お姉さん!!」剣士が叫ぶ。だが、エルナは逃げなかった。脚も竦んでいなければ、表情に欠片の恐怖もなかった。ただ、うっとうしそうに溜息を一つ吐いただけだ。「はあ……せっかくの開墾作業の邪魔をしないでよ」エルナは背中に背負っていた、布に包まれた長い物体に手を伸ばした。 さらりと布が解け落ちる。現れたのは、身の丈を遥かに超える一本の「長槍」であった。装飾など一切ない。ただ愚直なまでに頑丈な黒鉄の柄と、分厚く巨大な穂先。エルナの超人的な怪力に耐えうるためだけに、彼女自身が「叩いて伸ばすだけ」で作った、常人には持ち上がることすら不可能な重槍だ。アルマ・ベアの巨腕が、エルナの頭上数センチまで迫る。



その瞬間。



――疾ッ!



 エルナの身体が消えた。いや、消えたのではない。極めて無駄のない最小限の脚さばきで、わずか一歩、後方へと身を引いたのだ。 アルマ・ベアの爪が虚空を切る。ほんの目と鼻の先を通過する圧倒的な破壊の衝撃風。だが、エルナの髪一本揺らぐことなく、彼女はその絶対的な安全圏に立っていた。「間合い(距離)が甘いよ」エルナの瞳に、冷徹なまでの武の光が宿る。「近づきすぎれば力負けする。離れすぎれば攻撃は届かない。――間合い(ミドルレンジ)は、私の領域だよ!」踏み込み一閃。



ズガァァァンッ!!



 繰り出された突きは、もはや槍のそれにとどまらなかった。大気を圧縮し、超音速の衝撃波を伴った一撃。 アルマ・ベアの自慢の超硬質な外骨格が、まるで薄い煎餅のように容易く砕け散る。槍先は寸分の狂いもなく魔獣の胸身を穿ち、その巨体をはるか後方へと吹き飛ばした。



ドッスゥゥゥゥン……!



 数十メートル先の巨木に激突し、ピクピクと痙攣したのち、アルマ・ベアは二度と動かなくなった。一撃。文字通りの即死であった。槍を軽く一振りし、血煙を払うエルナ。その背姿は、先ほどまでのドジで不器用な乙女のそれではない。数多の戦場を支配する、世界最強の槍術士(ランサー)の威風そのものであった。「……あ」 「い、一撃……?」冒険者たちは腰を抜かし、開いた口が塞がらない。「な、なんだったんだ今の突きは……!? アルマ・ベアの装甲を貫くだけじゃない、あの間合いの切り方……間合いの把握が完璧すぎる……!」 「世界最高峰の槍使いだって、あんな芸当はできないぞ! 一体何者なんだあんたは!?」エルナは槍を背中に戻すと、照れくさそうにえっへんと胸を張った。「フフン! 言ったでしょ、私は鍛冶は苦手だけど、力仕事と槍だけは得意なんだって!」冒険者たちは心の中で激しく突っ込んだ。(((得意とかいうレベルじゃねえだろ!!!)))怪力、超絶的な間合いの支配力、そして全種族の頂点に立つ槍の腕前。彼女は間違いなく、世界最強クラスの英傑であった。ただ、その才能が「ドワーフ=鍛冶職人」という世間の枠組みに当てはまらなかったという、ただそれだけの理由で落ちこぼれ扱いされていたのだ。「さてと!」エルナはポンと手を叩くと、倒れたアルマ・ベアのもとへ歩み寄り、その巨体を片手でひょいと持ち上げた。「邪魔者も片付いたし、開墾の続きをやろうかな! この肉は村作りの最初の蓄えにするとして……」広大な森林を見渡しながら、八頭身のドワーフ少女は爽快な笑顔を浮かべた。「誰が何と言おうと、ここが私の新しい故郷だ。どんなに『ドワーフらしくない』ってバカにされたって関係ない。ここを、私みたいな『普通じゃない奴ら』が笑って暮らせる、最高の村にしてやるんだから!」青空に向かって高らかに宣言するエルナ。 これが、のちに大陸全土の常識を覆すことになる「奇妙な村」の、輝かしい第一歩であった。


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