水曜日よりの幸せ
「おはよー」
「おっはー」
「おっはよう!」
いつもより、少し早く学校に集まる3人。一能の始業は8時30分。それに対して、翼は約20分、音波は約25分、瞬は約29分と少し遅めに登校している。特に瞬は、ギリギリを狙うタイプである。が、今日の3人の朝は早い。今は8時だ。
「皆集まったね」
「諸君。眠くて辛い中、よくぞ集まってくれた」
「あんたが、いつも1番来るの遅いでしょ」
翼の確認に被せて、瞬のボケと音波のツッコミが続く。
「冗談はこのくらいにして。今日は真剣に考えるよ」
翼が念を押す。
「もち!」
「今日こそは必ず買いに行く」
2人からも、真面目さや覚悟が感じられる。
「まず、確認なんだけど瞬。ルートは覚えて来た?」
「はっ!翼殿。ルートは覚えて来たであります」
「よし。移動は瞬に懸かってるからね?失敗は許されないよ」
「お任せあれ!」
「音も、移動先に合わせて、語りかけるイメージしっかり出来てる?」
「勿論」
翼が中心となり、話を進める。翼も楽しみであり必死である。誰もが、もうこの機会を逃したくはないと必死である。少し、緊張した面持ちまである。ちなみに、瞬と音は翼がたまに2人に使うあだ名だ。
「翼。うちらが上手く行っても、購入担当は翼だからね?翼も失敗は許されないよ」
「絶対に買ってみせます」
3人とも、個人の役割、それぞれの任されたミッションが確認出来たようだ。
「それじゃ、皆の確認が出来た所で、改めて今回の作戦の確認、見直しをします」
翼の発言に頷く2人。作戦はこうらしい。
まず役割は、翼が購入担当、音波が洗脳担当、瞬が移動担当。次に作戦、ルート。
11時29分59秒:今いる席から教室の入り口に移動
誰よりも早く出るために、時間が近くなったら、瞬がスマホで時間を確認してギリギリを狙う。この時に、万が一、授業が延びよう物なら、音波が先生に洗脳をかけてでも終わらす予定。音波は、今回の作戦においては、基本トラブルシューター、タイムキーパーのような役割だ。
11時30分:教室から校舎裏に移動
時間ジャストなら誰も居ないはず、という読みで飛ぶ。万が一、誰か居たとしても、すぐさま飛んでトラブルを回避する予定。音波も創矢が居ても揉めない事を一応誓ってはいる。
11時30分1秒:校舎裏からパン屋さん前信号に移動
本当は直接パン屋さんに飛びたい所だが、先に並んでいる人が居た場合、揉め事になる可能性がある。それを避けるため、様子見を兼ねて敢えて信号に移動。ここからなら、その場の状況も分かるので、作戦も立て直しやすい。
翼を中心に、念入りに作戦を見直し共有する。と言っても、この作戦は、たった3秒の移動だけ。あるとしたら、何処かでトラブルが起きた時に、音波が何とかするくらいだろう。分かりきった、たった3秒。しかし、彼女らには重要な3秒。何せ、何度も失敗して購入機会を逃しているからだ。どうしても、慎重に確認せざるを得ない。
「作戦、いいね?」
翼の質問に真剣に頷く2人。
「特に瞬。時間は死守だよ?」
「私めにお任せを。必ずや、任務を遂行させて魅せます」
今回の作戦が3秒で遂行出来る理由。それが瞬の"異能"である。瞬の"異能"は"瞬間移動"。1度訪れた場所で記憶に残っているイメージ可能な場所であれば、何処でも"瞬間移動"が可能。今回のような、近距離の移動だけであれば、ほぼ無制限に移動し続けられる。後は本人の体力次第。そして、移動距離が離れれば離れるほど、次に"瞬間移動"出来るまでに時間がかかる。言わばCTがある。
「何か起きた時には、音お願いね」
「任された。翼も絶対に買うんだよ?」
「絶対買います」
たった今、ダイヤモンドですら柔らかいと感じてしまう程に硬い誓いが3人に交わされた。
「じゃあ、くれぐれも気を抜かないように。4度目の正直だよ?」
翼の言葉に無言で頷く2人。そして、作戦会議は終わった。
11時28分。瞬がスマホを気にし出す。一応授業中なので、バレないようにこっそりと。11時28分23秒、24秒、25......。少し、そわそわし出す瞬。音波と翼も目線だけだが、ちらちらと瞬を見る。3人とも、もどかしい時間を過ごす。普段なら何ともない、ほんの1分近くの時間。しかし、今だけはフルマラソンのように感じられる長さだ。
11時29分50秒。瞬が合図を出す。それを見た2人が、瞬に近づく。瞬の"瞬間移動"は触れている物しか移動させられない。
そして、11時29分59秒。瞬間、瞬が2人と共に教室の入り口に移動した。
11時30分。チャイムが鳴る。が、既に3人は居ない。しかし、周りは誰もそれに気づかない。昼休みに意識が行っているのもあれば、そもそも、2秒でその空間から消える事は、常識的に考えられないからだ。
11時30分1秒。無事パン屋さん前の信号に到着。と言うよりも、誰もこの移動速度に追いつける訳が無い。
「うっわ、もう並んでるよ!こんなに速く移動したのに...」
「音波、任せて良い?」
「任せて。翼が先頭に列べるように何とかする。だから普通を装って、ゆっくり列に歩いてって」
「了解」
「2人とも、後は頑張って」
瞬が見守る中、信号が青に変わる。翼が歩き出すより少し早く、音波の目がうっすら赤くなる。そして、列の先頭に並ぶ人の脳内に語りかける。
(あれっ?私並んでたのに...さっきまで......)
(!?)
音波が撫でたような声で脳内に語りかける。当然、無意識の中で急に知らない女性の声が響き、先頭の人は驚き周囲を軽く見渡す。丁度こちらに向かって来る翼を見る。が、目は合わない。まさかな、と思いながらそのまま並び続ける。当たり前、至極当然だが確かに、自分が並び始めた時には誰も居なかった。疑う余地もない。
(うわー、抜かされてるよ...あーあ、メロンパン買えなくなっちゃうかもな......)
(??)
再び語りかける。先頭の人は、徐々に恐怖を感じ始める。翼が列に到着するまでは残り数十歩。
(ねぇ、私居たこと覚えてないの?)
(えっ?)
ついつい、脳内で反応してしまう。
(私だよ?)
(えっ、君?)
翼を見ながら聞く。が、当然目は合わない。そもそも翼は今、音波が何をしているのか知らない。翼も内心、恐怖を感じながら歩いている。
(さっき居たよね?)
(や、誰もここには居なかったはずだけど...)
(嘘でしょ?居たのに...並んでますか?って聞いてきたじゃん?)
(それ、他の人と間違えてるんじゃ...)
(あれ?人違いでしたか??)
(僕は話してないよ?)
(あ、すみません。間違えでしたか。トイレ行きたくて、この辺無くて...探してたら時間かかっちゃったみたいで......)
(あ、そう言うことね!僕が来た時は誰も居なかったから。それなら前に並んでよ!)
(ありがとう!!)
(ちなみに、今話してるのは君だよね?)
この質問を皮切りに、脳内から声が無くなった。それと同時に、翼が先頭に立つ。ずっと撫で声で話している相手を翼だと思っている。が、事情を知っているのは音波だけ。だから、翼は何故かジロジロ見られると思っているし、先頭の人は一向に目が合わずに不思議に感じている。
「君、だよね?さっきの」
翼は、とうとう話しかけられた、と思うと同時に少し驚く。
「えっ、あ、はい?」
驚きつつ適当に返事を返す。
「どうやってやったの?」
翼は意味不明という感じで見返す。
「あれ?違う?」
「どうかしましたか?」
「や、何でもないや...」
お互い、不思議そうな顔と雰囲気の中、会話が終わる。音波ただ1人の中で完結している、完全な作り話だから当然である。そして、そのまま翼は列の先頭を制した。
「よしっ!!」
「音波ちゃん翼ちゃんナイス!!」
信号前で、2人は喜びを上げる。が、翼だけは、それどころでは無かった。疑問や恐怖、責任感が入り交じった中、早く開店してくれと願うばかりだった。お店の周辺は、時間と共にパンの香ばしい匂いが、段々と広がっていく。
そして、待望の12時。お店の扉に掛かっているClosedと書かれたプレートがOpenに裏返る。
「お待たせしました!ただいま開店です!!」
店主の元気な声と共に、翼を先頭にした列がお店の中へと吸い込まれていく。
(うわぁ...)
翼は息を飲む。お店の中は、木製で古風なアンティークな雰囲気で作られている。まるで、森の中にあるパン屋と言っても過言では無いくらいの、幻想的な物語に出てきそうな造りになっている。そして、そこに綺麗に並べられた何十種類ものパン。焼きたてというのも相まって、ただ良い匂いがするだけで無く、それぞれのパンの前を通る度に、そのパン特有の匂いがする。
(いつか3人で来たいな...)
そんなことを思いながら、トングとプレートを持って、お店の中を見て周る。次から次へと目移りをしながらパンを選ぶ。が、ふと我に帰る。雰囲気に飲まれていたが、重大な事を思い出す。ラッキーメロンパンだ。幸い、一番先にお店に入ったので、メロンパンは山のように積まれていた。これがすぐに売り切れるとは思えない程に、レジ前の横の机に積まれている。そこには"当店1番人気"と書かれたポップも張ってある。翼は、忘れない内にメロンパンを3つプレートに乗せる。その後も、店内をゆっくりと眺めながら、他のパンも選ぶ。正直、全て食べたいくらいだが、流石に食べられないし、お金もない。そんな、もどかしさを感じながら、他にも幾つかプレートに乗せる。
また、お店の奥を覗くと、その場で食べられる場所もあった。席数は20人程と、少し少なめである。
十分前後。翼はレジに行く。店主は30代半ばくらいの男性で明るい人だ。これも人気の理由の1つかもしれない。気持ちよく会計を済ませた後、翼は店を出る。女子高生1人にしては、少し大きめの袋を持って。
「みんなお待たせ!買えたよ!!」
「待ってました!!」
「翼お疲れ!」
信号を渡って2人に合流する。
「さぁさぁ、早く食べよ!」
「何買ったの?」
「後で説明するね」
「ではっ!これにて帰宅!でも、折角の美味しいパンを食べるなら、良い眺めで食べたいよね!」
そう言うと、皆の視界が町を見渡せるような、高い位置に変わった。
「あ、瞬センスいいね!」
「流石瞬!」
「でしょ?!」
校舎の屋上だった。基本立ち入り禁止だし、扉は普段開かないようになっている。が、過去に開いていて、1回だけ忍び込んだ事のある3人。そして、1度でも入ってしまえば、そこは瞬の部屋同然。自由に出入り出来てしまう。基本的に立ち入ることは無いが、今日のような特別な日には行くことにしている。
「さぁ、食べよっか♪︎」
「私たちの愛しのメロンパンはどこかなぁ~♪︎」
瞬は待ちきれず、袋の中をずっと覗いている。音波も覗くまでは行かないが、視線はずっと、袋に奪われている。とうとう、ご待望のメロンパンが2人に手渡される。
「うわ~いい匂い!!」
「皆で頑張った甲斐があったな」
「じゃあ、食べようか!」
「頂きまーす!」
3人の声が揃う。そして1口。サクッ、カリッという感触と共に、口の中に、程よい甘さが広がる。中の生地は、焼きたてのクロワッサンのようにふわっと、もちっとしている。噂通りの逸品である。
「美味しい...」
「ん~幸せ~♪︎♪︎」
「旨っ!」
皆それぞれ幸せを噛みしめる。その後も、買ったパンを食べながら、お店の話や他愛ない会話が続く。こうして、高校生活がまた1つ色付いて行った。
《Sランク》3年 天羽 翼/163cm "異能":羽
《Aランク》3年 兎耳山 音波/161cm "異能":地獄耳
《Aランク》3年 時雨 瞬159cm "異能":瞬間移動
《-ランク》3年 岩筋 錬也/172cm "異能":増強
《-ランク》3年 丹下 深也/166cm "異能":抑圧
《-ランク》3年 咽原 響平/170cm "異能":喝破
《-ランク》2年 虎杖 創矢/175cm "異能":痛み分け
《Sランク》2年 本田 和歌/-cm "異能":本
《-ランク》2年 荷川取 透/168cm "異能":窃取
《保健室教員》保科 安寧/165cm "異能":養生




