第3話
事件が起きたのは、アレンが喋り始めてからちょうど三ヶ月が経った、満月の夜だった。
満月の夜は、この世界の魔力が最も活性化する時間帯だ。
私の体からも、普段の数倍の魔力が無意識のうちに溢れ出していた。
「……ん……なんだか、体が熱いわ……」
ベッドの中で、私は理由のない息苦しさと胸の高鳴りで目を覚ました。
部屋の中は、月光によって青白く照らされている。
ふと隣を見ると、いつも抱きしめて寝ているはずのアレンが、ベッドの真ん中に立っていた。
「アレン……? どうしたの、こんな夜遅くに……」
体を起こそうとした瞬間、アレンの全身から爆発的な光が放たれた。
「あっ……!?」
光は部屋全体を包み込み、眩しさに私は思わず両腕で目を遮った。
アレンの中に蓄積されていた私の膨大な魔力が、月光のエネルギーと共鳴し、急激に渦を巻いて収束していくのが分かる。
パチパチと空間が爆ぜるような音が響き、やがて光が徐々に収まっていった。
「……アレン……?」
ゆっくりと腕を下げ、光の中心を見つめた私の瞳が、驚愕で限界まで見開かれた。
そこにいたのは——三十センチのぬいぐるみではなかった。
深く艶やかな銀髪。
月光を浴びてサファイアのように妖しく輝く、吸い込まれそうな紺色の瞳。
通った鼻筋に、薄い唇、彫刻のように美しく引き締まった輪郭。
私が見上げるほどの高い背丈と、しなやかで強靭な体躯。
前世の私が、人生のすべてを捧げて愛した「最推し」のビジュアル——
それを何百倍も美しく、リアルにしたような、恐ろしいほどの超絶イケメンがそこに立っていた。
「あ……あ……」
声が出ない。
前世のオタクとしての記憶と、現世の貴族令嬢としての意識が混ざり合い、脳内が大パニックを起こす。
青年は、ゆっくりと私を見下ろすと、極上の笑みをその美しい唇に浮かべた。
「……やっと、この手で抱きしめられる」
低く、甘く、鼓膜を直接揺らすような魅惑の低音ボイス。
彼——アレンは、ベッドの上に膝をつくと、呆然とする私の両肩を掴み、そのままベッドへと押し倒した。
「ひゃいっ……!?」
ふわりと重なるシルクのシーツ。
私の視界全てを、アレンの整いすぎた顔面が埋め尽くす。
ふんわりと香るのは、私がいつもアレンのぬいぐるみに使っていた、大好きな甘い薔薇の香水と、彼自身の体温の匂い。
「ア、アレン……!? あなた、その姿……どうして……!」
「エルナが僕に、溢れるほどの愛と魔力を注ぎ続けてくれたからだよ」
アレンは愛おしくてたまらないといった様子で、私の頬に自身の頬を擦り寄せてきた。
その仕草はぬいぐるみ時代と同じなのに、体躯が巨大な男性のものになっているせいで、逃げ場が完全に塞がれている。
「ずっと……ずっと、もどかしかったんだ」
アレンの指先が、私の前髪を優しくすくい上げ、耳元へと流す。
その指先が触れる肌が、火傷しそうなほど熱い。
「小さなぬいぐるみの体のままじゃ、エルナを優しく撫で返すことも、強く抱きしめることも、口づけすることすら出来なかった。……毎日毎日『大好き』って囁いてくれながら、僕を抱きしめて眠るエルナを見るたびに、僕がどれだけ狂いそうになっていたか、分かってた?」
「え……? え……?」
アレンのサファイアの瞳に、濃密な執着と独占欲の炎が揺らめいている。
推しを愛でていたはずなのに、なぜか立場が完全に逆転している。
「僕の魂は、エルナの愛から生まれた。僕の命も、身体も、心も、全部エルナのものだ。……でもね、エルナ」
アレンは私の耳元に顔を寄せ、吐息が直接かかる距離で甘く囁いた。
「僕を生んでくれたお返しに、一生かけて僕に溺愛される覚悟……できて毎日愛してくれてたんだよね?」
「そこまでの覚悟はしてない……! っていうか愛でてただけよ!?」
「同じことだよ」
アレンはクスリと可憐に笑うと、拒否する隙を与える間もなく、私の唇の上に優しく、けれど深く重なるように、熱い口づけを落とした。
翌朝。
シルフィード公爵家の屋敷は、突如として現れた「謎の超絶美形青年」の存在に大揺れとなった。
しかし、アレンが放つ圧倒的な威圧感と、私の膨大な魔力がそのまま形を成したかのような神聖な空気感、そして何より「エルナ様に生涯の忠誠を誓う者です」という一言で、父も母も「まあ、エルナが連れてきたなら……」と(半ば圧に押されて)納得せざるを得なかった。
結局、アレンは私の「専属護衛兼、婚約者候補」として、堂々とお屋敷に居座ることになったのだ。
「エルナ、あーん」
「アレン、あのね、私はもう十六歳なの。自分で食べられるわ」
「ダメ。僕が食べさせてあげたいの。ほら、口を開けて?」
日差しが降り注ぐ庭園のテラス席。
アレンは極上の笑みを浮かべながら、小さく切ったケーキをフォークで私の口元へと運んでくる。
周囲のメイドたちが「まぁ……なんてお似合いのお二人……」「アレン様、エルナ様のことしか目に入っていらっしゃらないわ……」と遠目からうっとりした視線を送っている。
(違うの……! 私がやりたかったのは『推しを愛でる』ことであって、『推しに24時間体制で甘やかされて溺愛される』ことじゃないのよ……!)
心の中でそう叫びつつも、目の前にある顔面国宝の笑顔に耐えきれず、私は結局「あー……ん」と口を開けてしまうのだった。
「ん、えらいねエルナ。今日も可愛いよ」
パクッと食べた瞬間、アレンは満足そうに目を細め、私の頭を優しく撫で、そのままおでこにチュッと軽い口づけを落とした。
「〜〜〜〜っ! 人目があるところでそういうことしないでって言ってるでしょう!?」
真っ赤になって抗議する私に、アレンはサファイアの瞳を悪戯っぽく輝かせて微笑む。
「どうして? 昔は毎日、僕のおでこや頬にいっぱいチュッてしてくれたじゃない。『アレン尊い、愛してる』って言いながら」
「それはぬいぐるみ相手の話でしょ! 黒歴史を掘り返さないで!」
「ふふ、僕にとっては最高に幸せな記憶だよ。……ねえ、エルナ」
アレンは椅子から立ち上がると、私の背後から優しく抱きすくめ、耳元で甘く囁いた。
「前世でも、今世でも……僕を見つけてくれて、愛してくれてありがとう。これからは僕が、あんたの永遠の推しとして、誰よりも幸せにしてあげるからね」
耳元に響く甘い声と、背中から伝わる温かい体温。
前世では画面の向こう側の存在だった「推し」が、今では私だけを世界で一番愛し、甘やかしてくれる存在として隣にいる。
(……まぁ、こんな推し活の結末も、悪くないかもしれないわね)
真っ赤な顔のまま、私は諦めたようにアレンの胸の中に身を委ねた。
自作の推しぬいに愛を注ぎすぎた結果始まった、甘くて重くて、少し騒がしい私の新しい日常は、まだまだ始まったばかりだ。
お読みいただきありがとうございました!
面白かったらぜひ【ブックマーク】とページ下の【★★★★★評価】で応援よろしくお願いします。




