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推しぬいに愛を注ぎすぎたら、超絶イケメンになって溺愛され始めました  作者: あずきまんま


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第1話

カチャン、と繊細な磁器のティーカップがソーサーに当たる小さな音が、静寂に包まれた部屋に響いた。


「……はぁ。やっぱり、ないのよね。どこを探しても」


豪奢な天蓋付きベッドの脇、猫脚の小さなテーブルに肘をつき、私——エルナ・フォン・シルフィードは、深く重い溜息をついた。


私が前世の記憶を取り戻したのは、十歳になったある日のことだった。

熱を出して寝込んでいた頭の中に、突如として怒涛の勢いで流れ込んできたのは、日本の東京という街でしがないオタクとして生きていた記憶だ。

イベントに参戦し、アクリルスタンドを並べ、ランダムグッズの開封に一喜一憂し、何より最推しの配信やライブに人生の全てを捧げていた、あの熱狂的な日々。


しかし、目を覚ましたのは貴族の令嬢としての私だった。

しかもここはいわゆる「剣と魔法の異世界」。


魔法が存在する世界、と聞けば聞こえはいい。

実際に私には、この国の歴史上でも稀に見るほどの「規格外の魔力」が宿っていた。

家庭教師の魔法使いが白目を剥いて倒れるほどの魔力。それ自体はまあ、素晴らしいことなのかもしれない。


だが、そんなことはどうでもよかった。

私にとって最大の絶望——それは、この世界に「推し」という概念が一切存在しないことだった。


「推しのいない人生なんて、砂糖の入っていないショートケーキみたいなものじゃない……!」


歌って踊るアイドルもいなければ、アニメも漫画もソーシャルゲームもない。

休日に尊さに悶えて床をゴロゴロ転がることもできなければ、推しの新ビジュアル発表に悲鳴を上げることもできない。

いくら膨大な魔力があろうと、貴族としての裕福な暮らしがあろうと、私の心に開いた穴は埋まらなかった。


だからこそ、私は決意したのだ。

——「ないのなら、作ればいいじゃない」と。


私は前世の手芸の知識と、この身に宿る並外れた集中力をフル活用した。

高級なシルクの生地を買い求め、羊毛を厳選し、夜な夜な針を動かした。

目元には深みのあるサファイアのような紺色の刺繍糸を使い、髪には極細の銀糸を丁寧に織り込んだ。

前世で私が何よりも愛していた、あの最推しの姿を完璧に再現するために。


そうして半年がかりで完成したのが、体長三十センチほどの小さなぬいぐるみだった。


「……完璧。完璧すぎるわ、アレン……!」


銀髪にサファイアの瞳、どこかミステリアスで不敵な笑みを浮かべたデザイン。

私はそのぬいぐるみを「アレン」と名付けた。


それからの私の毎日は、一変した。

朝起きれば、まずベッドの脇に置いたアレンに「おはよう、今日も顔がいいわね」と声をかける。

お茶の時間になれば、小さな椅子にアレンを座らせ、「今日のスコーンは美味しいわよ」と話しかける。

夜、眠りにつく前には、その小さな体をぎゅっと抱きしめて、顔中に擦り寄せるようにして愛でる。


「あぁ、アレン……今日も可愛いわ。生まれてきてくれてありがとう……。大好きよ、ずっと一緒だからね……」


私の体内から溢れ出る規格外の魔力は、私自身が無自覚なまま、感情の高ぶりとともに手元のアレンへと流れ込んでいた。

推しへの愛という名の大洪水のような魔力が、毎日、毎日、何年にもわたって、その小さな縫いぐるみに注ぎ込まれ続けていたのだ。


その時の私は、まだ何も知らなかった。

自分の注ぎ込んだ「愛」と「魔力」が、やがてどんな奇跡——あるいは大変動を引き起こすのかを。



お読みいただきありがとうございました!


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