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うたの調べ



「……公任さんって、紅葉が好きなんですか?」


「ああ、よく分かったな」


「だって、着物の色が紅葉と同じ色ですし」


 次の目的地に向かう牛車の中、私は公任さんの着物を見て訊ねた。


 公任さんの着物は橙色だ。さっき見た紅葉と同じ色をしていたので、もしかしてと思い、聞いてみたのだ。


「紅葉もキレイだと思いますけど、私はやっぱり桜が好きですね、桜紫音ですし」


「まあ、私は春といえば、桜よりも梅の方が好きだがな」


「何それ~、私に対する嫌味ですかぁ?」


 公任さんのからかい口調にも慣れた。


「さあな。……そろそろ着くようだぞ」


 公任さんが牛車の簾を上げて言った。




「ここは?」


「大覚寺、嵯峨天皇の離宮があった所だ」


 紅葉が美しいお寺。


 公任さんに続いて、私も大覚寺の中に入る。


 少し進むと石碑の様なものがあり、公任さんはそこで止まった。


「何ですか、これ?」


「昔、ここに名古曽の滝という滝があったそうだ」


 過去形……。今、水は全く流れていないようだ。


「今はもう、涸れちゃったんですね……」


「ああ。しかし、その名だけは伝わって、今日でも知られている……。私もいつか死ぬ。それはどうやっても、抗うことは出来ないが、私の名、私の詠んだ歌は残る。私のことを誰かが覚えていて、伝えてくれる限り、千年経とうと私の名は残る……」


 なんで、古典の勉強をしなければならないのか……。


 それは、昔の人たちのことを忘れないでいるためだ。


 彼らだって、伝えたいことが沢山あったはず。


 自分のことを忘れられるのは、誰だって寂しい。


 だから、伝えていってあげなければならないんだ。


「わ、私が伝えますっ! 絶対に公任さんの名前も歌も伝えますっ! だから、千年経っても、残ってるっ! 私が覚えてます、忘れませんっ!」


「そうか……。ありがとう、紫音……」


「えっ、今っ……」


 彼が初めて呼んでくれた私の名前は、とてもとても優しい響きだった。




 そこで突然、私の意識は遠のいた……。




  滝の音は


  絶えて久しくなりぬれど


  名こそ流れて なほ聞こえけれ




 遠のく意識の中、優しい、うたの調べが聞こえた気がした。

作者は百人一首の歌の中で「滝の音は~」が一番好きです。

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