閑話 ジーク・アカトラム 1
ォォォォォオオオオオオオオオオオウウウウゥゥゥゥ…………。
ここからでも聞こえてくる、この慟哭のような風音。
『鬼泣きの口』とはよく言ったものだね。
「ぬんっ!」
アーロン様の気声と共に片手で振るわれた瞬速の大剣。その地面へと垂直に振り下ろされた切っ先が斬撃音を立てることもなく、鬼を通過する。
次の瞬間、魔物の身体はゆっくりと左右に別れを告げ、湿った音を響かせつつ、気色の悪い肉の花を咲かせた。
……相変わらずの剣速とその技巧。あれでまだ全力じゃないなんてね……。
「ビシャス・オーガ。これで五十体目か」
「段々と出現頻度が上がってきていますねー」
アーロン様の呟きにイリーナ殿がそう反応した。
二人共息一つ乱していない、流石だ。
今日は『不死鳥の日』。つまりは、決戦の日。
現在は朝を少し過ぎたくらいの時刻。
本日早朝に『鬼泣きの口』へと到着した僕達――守護者討伐隊は、そこから少し離れたこの場所で様子を窺っている。
足元は土が剥き出しの荒野であるのだが、この周辺はビシャス・オーガの肉片やら体液やらでドス黒く汚れており、歩く度に不快な気分にさせられる。
四年前、守護者は奈落の淵を滑るようにして登って来たという。その後、撃退されて奈落に逃げ込んだことからも、守護者が『鬼泣きの口』の内部にいることは確実と考えていい。
奈落は正に絶壁。しかし僕達なら降りることは可能。ならば奇襲を、と考えたのが当初だった。
しかし、今日になるまでに幾度か試したのだが、『鬼泣きの口』は降りることができない。重力魔法で落とされてしまう。
ある程度までは壁を伝い降下することが可能だったのだが、一定地点を越えると全身に急激な圧力が掛かり、自分で自分を支えていられなくなる。絶壁に張り付いた状態でそうなれば、底の見えない奈落へと一直線。命綱を巻いていなければ数人が奈落へと飲み込まれていただろう。
よって、危険過ぎるということで奇襲は諦めた。
しかし、重力魔法が放たれるという事実は、この奈落に守護者が居るという確信を僕達に与えてくれた。
ならば、引き摺り出してから討伐する、というのが今回の作戦だ。
今は数名の隊員が奈落から少し離れた此処の地面に細工を施している。僕達は彼等を護衛し、その作業の完了を待ちながら『鬼泣きの口』を窺っているという訳だ。
作戦内容は単純。
奈落から炙り出し、出て来た所を一斉攻撃し、ここまで誘導する。その後、魔法士が全力で捕縛魔法と結界魔法を展開し、動きを止めたところで神聖具での一撃を撃ち込む、という流れだ。
守護者を相手に正面切っての戦闘では勝ち目など無いし、消耗戦や長期戦も同じ。
よって、短期決戦で決着を。という訳だ。
強いということが分かっているならば、その強さを相手が発揮する前に終わらせる、ということを意識した作戦である。
神聖具を発動させるには莫大な魔力が必要となる為、一人では使用できない。複数人で時間を掛けて魔力を注ぎ込み、しっかりと狙いを付ける必要がある。
しかし、前回の情報から、相手はその巨体に似合わず恐ろしく俊敏だということが判明しているし、僕達の魔力も無限ではない為、数を撃てば当たる、という方針は取れない。
つまり、重要なのは捕縛。
普通に神聖具での一撃を放ったところで、避けられては意味がない。よって、当然その捕縛を確実なものとする為の準備は万全。今、此処に仕掛けているのがそれだ。
仕掛けの内容は、町の防壁にも使われる魔術式。
この魔術式を施した場所では、捕縛や結界などといった守護系統の魔法の性能が格段に上昇するというものである。
この魔術式を施すには希少な素材を大量に消費することになるのだが、そんな事を惜しんでいられる相手ではないからね。
ここまで守護者を誘導し、魔法士達が一斉に捕縛魔法を重ね掛けする。その後、国宝でもあるランクⅩの魔道具により結界を張り、神聖具で止めを刺す。結界は光属性である為、神聖属性の攻撃は透過する。つまり、神聖具での一撃に影響は無い。
以上が一連の作戦内容である。
「準備、完了いたしました」
さあ、作戦開始だ……!
奈落の淵に立ち、ランクⅧの魔道具へと魔力を込める。
今回の作戦で使用する魔道具は軒並み高ランクであり、王城の宝物庫から持ってきたものばかり。
ランクⅧなんて、伯爵家ならば家宝級だ。
しかもこの魔道具は使い捨て。その効果は【炎熱魔法・Ⅶ】で初めて使用可能になるという魔法[轟砲・焔]を発射するというもの。[炎球]の数倍の威力を持つ[豪炎球]の、その十数倍の威力を持つと言われている遠距離砲撃魔法である。
1m程の円柱型をした、赤い魔道具。
それを肩に担ぎ、奈落へと構えた者が僕を含めて五名。
その全員が今、奈落の底へと向かって一斉に焔の砲撃を放った。
鬼の慟哭を掻き消すその砲撃音と共に、吸い込まれる様にして奈落の闇を侵食していく五つの極炎球。
ディーナが得意としていた炎熱魔法で、文字通り炙り出す。
さあ、出てこい守護者よ。
妹の仇……取らせて貰う……!
~~
「《瞳》はどうだッ!?」
「表示されない! 確かにそいつは守護者だっ!」
守護者は《真なる瞳》でもそのステータスを読み取れない。
つまり、滑る様にして奈落を登ってきたこの巨躯を誇る鬼は、確かに守護者だという証明。
《瞳》の目を向けるだけでも対象のステータスを読み取って本体に表示させることは可能だが、それには大量の魔力が必要となる。よって確認専用の人員として参加していたその彼が今、奴は間違いなく守護者だと確認した。
四年前にもこの《瞳》の目による確認は行われたが、今回も念の為に確認係を用意していたんだ。
「な、何だこの動きはっ?!」
「くそッ、速過ぎる!」
そう声を上げた二人の隊員。
守護者はその恐ろしい巨体にも拘わらず、有り得ない速度で地面を滑るようにして移動。こちらの攻撃の尽くを回避し、その上で強力な重力魔法を纏った拳や重力球を乱れ撃ちしてくる。
その一撃一撃が意味の分からないレベルの威力を発揮しており、掠るだけでも容易に致命傷を与えてくる。まともに喰らえば即死、そして亡骸から個人を判別できなくなるだろう事は想像に容易い。
さらに、重力魔法の効果なのか、攻撃自体に吸い寄せられるような力が働き、紙一重での回避は回避ではなくなる。
その必殺の嵐を掻い潜り、僕達が漸く命中させた魔法や武器での攻撃も大した傷を与えられず、それどころか瞬く間に再生してしまう。特に炎熱属性への耐性が凄まじく、火傷すら負うことがない。……ディーナにやられてから、耐性レベルをグンと上昇させたのだと思われる。
流石は守護者、圧倒的な戦闘力だ。このメンバーでも正面から戦闘しての勝率がゼロであることは、疑う余地も無い。
既に十数名程が重傷を負ったが、流石に精鋭。死亡者は出ておらず、怪我人の避難と穴埋めはできている。とは言え、腕や脚が千切れ飛んだ者や、中には瀕死に近い状態の者も出ている為、いつ誰が殺されてもおかしくはない状況だ。
だが、作戦自体は順調だと言える。恐ろしく強いが、誘導するだけならば何とかなっているんだ。
そして誘導が上手くいき、ちょうど術式を仕掛けた場所へと差し掛かった瞬間――
([雷撃]!)
「[豪炎球]!」
僕のスキルにより脳内での二重詠唱を済ませ、同時に放たれた二つの魔法。
右手から稲光と共に嵐雷属性の一撃が、左手から灼熱の火の粉と共に炎熱属性の球が、それぞれ守護者へと襲い掛かる。
着弾の速い雷系統魔法で回避を許さず足を停止させ、弾速差により追撃の形となる炎熱球で視界を塞ぎ、次の攻撃を確実に命中させることを目的とした魔法だ。
想定通り、一筋の雷撃を胸部に直撃された鬼は全身を麻痺させたかの様に足を止め、続いての炎球がその顔面へと着弾し、奴の視覚を一時的に覆った。
「――捕縛ッ!」
鬼の動きが止まったことを確認し、すぐさま配下の魔法士達へと捕縛の指示を出したイリーナ殿。
詠唱を終え、魔法の発動を待機させていた魔法士達が、一斉にその魔力を解き放つ。
網、錘、鎖、縄、錠。その様々な属性の拘束・捕縛魔法が守護者へと殺到し、足を止めていた奴はそれを回避することは叶わず、全てが直撃。仕掛けの術式により強化された魔力の戒め、その尽くに絡み付かれた守護者はその巨躯を大地へと繋ぎ留められた。
「ガアッ! ゴォォァアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!」
拘束を引き千切ろうと、全身を暴れさせ、軋ませながら、怒りの大音声を発した守護者。
巨大な身体から発せられたその咆哮は僕達の聴覚に甚大なダメージを与えてくるが、その程度で怯むような者はここには居ない。
「光槍陣展開!」
アーロン様の号令と共に、魔法士達が光属性による結界魔法を秘めたランクⅩ魔道具の発動を開始。
手の平に乗る程の正方形。淡く白に輝くその宝具。
これまで魔力を温存させていた十人の魔法士達がそれへと一斉に魔力を注ぎ込み――発動。
白き閃光と同時に、魔道具から幾本もの、守護者の身長を越える程の巨大な光の槍が飛び出した。
光槍は飛び出したままの勢いで上空へと昇って行き――反転。守護者を中心とした周囲の地面へと点で円を描くようにして突き刺ささり、次の瞬間、槍同士の間に光の幕が形成され、守護者を完全に閉じ込めた。白槍の上端はそれぞれが守護者の上部へとアーチを描くように曲がり繋がり、まるで光の鳥籠の様だ。
――凄い。これが……ランクⅩの魔道具。
今まで目にしたことが無い程の極光に周辺が照らされており、それが却って守護者の顔面の醜悪さを際立たせている。
奴はもう既に魔法士達の捕縛魔法を軒並み引き千切り、大地から解放されていた。
……危なかったか。間一髪で結界が間に合ったみたいだ。
「ガアアッ! ゴォォアアッ!」
自身の周囲に展開された光の牢獄へとその拳を叩き付ける守護者。その度に大地が揺れる程の衝撃が走り抜け、肌に空気の振動が伝わってくる。
だが、流石は光属性による結界魔法の中でも至高と呼ばれる光槍陣だ。ビクともしていない。
「神聖具――構えろッ!」
アーロン様の号令により、杖の形をした法具の矛先を、守護者へと突き付ける様に構えたイリーナ殿。
アーロン様、イリーナ殿、僕、その他数名が神聖具へと手を触れ、魔力を注ぐ。
――くっ、恐ろしい程の速度で魔力が吸われていく……にも拘わらず、まだ発動には足りないのか……っ。
他の皆も僕と同じことを考えているのだろう、口元を歪め、両目を見開き、額から脂汗を垂らし、驚愕と苦悶がその顔に表れている。
そのまま十数秒。
魔力の大半を持っていかれたが、遂に魔力を込め終えた僕達は、鬼へと狙いを定めた。
発動準備を完了し、神々しい銀光を発するようになった神聖具へと、見惚れる様に集中している皆の視線。
準備は完了した。後は……滅するのみ。
鬼はいつの間にか暴れることを止めていた。
光の牢獄内で両の拳が地表へと届く程に項垂れ、俯いている為、その表情は窺えない。
……そこでふと、僕の妹を殺した鬼の……自分の死を直前にした鬼の、その表情でも眺めてやろう、という気が湧いた。
神聖具の発動はアーロン様とイリーナ殿が行うことになっている為、僕はもう離れてしまっても問題は無い。
この神聖具は射撃型。その射線に入らない様に注意しながら結界の側面へと移動する。
垂れた剛腕が邪魔だが、その脇から表情を窺うことができそうだ。
そして、鬼の脇から微かに見えた、その口元は――
……ニヤァ……。
――なぜか、嗤っていた。
「っ!? 待っ――」
「「喰らええええッ!!」」
僕が気付いた時には既に、神聖具からその銀の奔流が放たれ――
――トポンッ……。
守護者はまるで、水に沈み込むようにして地中へとその姿を消した。
「――なッ! 何だとッッ!?」
「地面に消えた?!」
「神聖具の砲撃が避けられたぞ!?」
――っ、くそぉおっ! まんまと嵌められた! 最初からこれを狙っていたのか!?
地面に潜る能力だと?! そんなものっ……――ッ!
「下からの攻撃を警戒しろっ! 感知スキルを切らせるなッ!」
叫び知らせる。
僕の感知スキルから反応が消えた。余りにも深く潜られたので感知範囲から外れてしまったのだ。このままだと再度感知した瞬間に奇襲される形になる。
光槍陣は蓋をする形状の結界。がら空きだった下方を突かれたか……っ!
「――待って! こいつ……何を……? ――っ、不味いッ!」
この中で一番感知能力に優れているイリーナ殿が、焦燥に駆られた様子で声を上げた。
……ここまで焦った彼女は今までに見たことがない。
「如何した?!」
アーロン様の感知スキルでも分からないらしい。
僕のスキルにも未だに反応がない。余程深くまで潜っているのか……?
そこで、悲鳴にも近い声で、イリーナ殿がそれを告げた。
「アイツは北東方面へ向かって行った! ――カルナスが危ないッ!」
――っ! なんだと!? そんな馬鹿なッ!? なぜこのタイミングでっ!
……まさか、最初からカルナスを……!?
「総員カルナスへと駆けるぞ! 魔動車まで走れえッ! 怪我人は纏まって後から付いて来い!」
アーロン様が咄嗟にそう判断した。
怪我人には悪いが今は一刻も早くカルナスへと戻ることが優先だ!
神聖具に持っていかれたので魔力は空に近い、それでも休んでいる訳にはいかない!
そうして、僕達が駆け出そうとした瞬間だった……
――ボコッ、……ボコッ、ボコッ、ボコ、ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ…………。
「…………ビシャス・オーガ」
「ここでか……!」
僕達の眼前に無数の鬼共が現れ、行く手を、塞いだ。
数は、見えるだけで……500以上。
……何故、何故だ?
こんな所で止まってはいられないのに……
何故……僕の邪魔をする?
僕はカルナスに戻らなければいけないのに……
何故、お前達は……邪魔をする?
僕は家族を守らなければいけないのに……
何故、僕の邪魔をするんだ……?
僕はもう一人の妹を守らなければいけないのに……
何故……お前達は……
守らなければいけないのに……
……邪魔をするんだ?
……僕の……
……僕の――邪魔をするんじゃないッッ!!
カルナスには! あそこには妹が! 家族が居るんだっ!
僕はもう二度と家族を失いたくはないんだッ!! 失う訳にはいかないんだッ!!
……そこを……
「……そこを……っ、――退けえええええええええーーーーッッ!!」
――頼む、頼むっ! どうか無事でいてくれ……アーリィ――




