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第32羽   鳥、と穢れの守護者

 


 ったく、漸く出てきたか、無駄な魔力と労力を使わせやがって。


 【烈風】で砂煙を吹き飛ばし、視界を晴らす。


 見えてきた光景は……蒼炎の噴火により大地に開いた大口。その口腔内は真っ赤に染まり、大気が熱されたことによる上昇気流が発生したのか、空気が揺れている。

 そして、その火口が如き灼熱の中心に、そいつは居た。


 体長は凡そ……25m。憤怒を燃やす黒紫の両眼。剛力を想像するに易い、黒き肌を隆々とさせるその筋骨。だが、腹だけはだらしなく前方へと突き出ており、まるで餓鬼の様だ。

 怒りに歪む醜悪な顔面。その額からは怨念を固めたかの様な黒と紫による斑模様の角が天へと伸びており、それを補佐かの如く側頭部から生え出ている漆黒に染まった一対の角。


 ふむ……そこそこにデカイな。地表へと立てば首から上が防壁の上に覗くんじゃないだろうか。まあ、あの禿げた頭を見せられても何も嬉しくないがな。……怒りで頭部に血管が浮き出ている奴を見るのはこれが初めてだ。

 全身に小さな火傷が認められるが、何やら少しずつ回復している。先程の爆発でも重傷と呼べる程の傷を負っていない。

 再生能力持ち。それにあの灼熱の中で平然としていることから、ある程度は【炎熱耐性】のレベルも高いと思われる。ディーナさんに焼かれたと聞いていたが……四年の間、修行でもしていたのかね。


 さて、一応【真眼】で……


 ――バチンッ!


 ふむ、この反応は確かに守護者だな。

 鬼型の守護者……やはり『鬼泣きの口』から来たと考えるべきか。ただ、守護者ならばその近くにあるはずの邪結晶から離れることはないと思っていたんだが、どういう訳かこいつは移動してきている。てっきり『鬼泣きの口』に邪結晶があるものと思っていたんだが……まあいい。この黒鬼を殺してしまえば、後は残留魔力が邪結晶の存在場所を教えてくれるだろうからな。

 ジーク達は…………いや、今は止そう。


 と、そこで守護者が動いた。

 全身を屈めた次の瞬間、灼熱の底から跳び上がり、草が禿げた地表へと一息に到達。盛大な着地音を響かせた直後、黒紫の眼球で俺を睨み付け……


「ゴァアアッッ!」


 怒声と共に奴が翳した右の掌から、黒紫の魔力塊を撃ち出してきた。


 ……見たことがある、このままで問題ない。


 直径は20m以上あるだろうそれが高速で俺へと接近し――焼失。


「――ッ!?」


 おお、驚いてるな。

 先程まで怒りに歪んでいた醜い顔を今度は驚愕に歪め、やはり醜悪な顔面を曝している。何にせよ醜い。


 今の魔力塊の色から察するに、恐らくは上位属性に分類される地重属性の重力系統魔法。

 以前、亀型のモンスターが俺に撃ってきたのを覚えていた。今回程の大きさじゃなかったがな。今のは[魔装・蒼天]の胴体部を丸ごと飲み込むぐらいの大きさだったことから、結構本気で放ったと思われる。だからか、余程に自信があったのだろう、まさか防がれるとは思っていなかった様子だ。


 蒼炎は、同等以下の魔力すら焼き尽くす。

 [魔装・蒼天]を展開した俺には上位属性魔法など、意味が無い。攻防一体を体現したこの魔法、破るには、最上位属性が必要だ。


 さて、今度はこちらの番だな。

 聖炎で一気に止めを刺すつもりだが、外す訳にはいかない。切り札は魔力が最大の状態からでも二発しか連発できないからな。

 鬼共の殲滅に結構な魔力を消費してしまったし、[魔装・蒼天]を維持する為の消費量は【超回復】での回復量とほぼ同等。よって、今は魔力の回復が停止してしまっている。と言っても、まだ切り札一発分は余裕で残っている。その一撃で守護者を斃し、数分程休憩すれば邪結晶も問題なく浄化できるだろう。


 懸念は一つ、奴の速さだ。

 地下を通ってカルナスに向かってきた時の速度はかなりのものだった。今までの守護者の中で最速だと思われる。理屈は分からないが、あの移動速度だと普通に切り札を放っても避けられる可能性が高い。


 まずはその移動手段を見破り、奪う。



 三日月型の刃、[蒼炎刃]を複数発動。


 まずは相手の脚を狙い、様子を見ることにする。

 反撃の暇を与えないように射出間隔は短く、そして逃走を選択されないように様々な角度から狙いを定め、順次に射出。

 前後左右、そして上空。そのあらゆる方向、軌道から、炎刃の雨が蒼光の尾を引き、鬼へと殺到した。

 蒼炎刃の弧長は奴が所持する剛脚の直径と同等。如何に炎熱耐性が高くとも、これ程の斬撃ならば負傷は免れまい。


 と、そう思ったのだが…………予想以上に速い。 


 目に映るのは、蒼炎刃が地面を切り付け耕す光景のみ。唯の一撃も命中することが無い。

 奴は膝を屈め重心を落とした状態でその巨躯を殆ど動かすことなく、しかし高速でそれを避けていく。足裏が地から離れることはない。にも拘わらず、高速旋回、その場で回転、時には身を捩り、直線の高速移動から直角に方向を転換。といった意味不明な動きで、空からの刃を全て紙一重で躱していく。


 あれは……地面を滑っているのか? ……いや、何か違うな、地を蹴った様子がない、足裏をずっと地面に付けたままだ。まるで地によって運ばれているかのような…………っ、そうか、そういうことか。


 よく観察してみると、奴の足元の地面が守護者を運ぶように動いていることが確認できた。

 成程。滑るのではなく、地を操り流動させる能力。……恐らくは固有スキル。

 あの巨体で地中に潜っていたにも拘わらず、あの恐ろしい移動速度を発揮していたのはこの能力が原因だったようだ。地中を掘り進むのではなく、泳ぐ様に、押し出される様に移動していたんだな。そりゃ速い訳だ。

 さらに、どうも自分自身に強化魔法でも掛けていると思われる。地が流動しているとはいえ、あの体重で直角に素早く移動する光景には違和感しか感じない。慣性とかどうなってやがるって話だ。

 予想するに……重力魔法で自身を軽くしたり、回避方向への引力や斥力を発生させたりしているのかも知れない。ということはその逆も可能だと考えるべき。つまり、接近戦は奴の土俵。

 ならばこのまま遠距離で仕留める。[魔装・蒼天]を発動させているとはいえ、奴の炎熱耐性ではその拳が魔装を突き抜けて俺まで届くだろうしな。それにわざわざ相手が得意とする戦法に付き合う必要は無い。


 などと俺が考えている間も蒼き三日月は降り注ぎ続けていたのだが、未だに命中は無し。

 どうやら蒼炎を危険だと認識したようで、反撃よりも回避を優先させている。先程、自分の魔法を焼かれたことで警戒したのだろう、蒼炎刃を避けるのに必死だ。

 

 そこからしばらくは同じ光景が繰り返された。

 おかげで地表はめちゃくちゃだ。蒼炎刃によって口を赤く染めた穴ぼこだらけとなり、少し外れた所では、奴を引き摺り出した時に生じた大穴がその赤熱化した口腔を曝している。……俺のせいだが、全て奴が悪い。


 ……ん? 段々と奴の様子がおかしくなってきた。表情に焦りが見え、少しずつだが息を乱し始めている。

 ふむ……大方奴は俺の魔力切れでも期待していたのだろう。だがしかし、一向に止む気配のない炎刃の雨。

 奴は今回、大量の手下を造り出した。あれだけやってまだまだ魔力に余裕があるとは思えない。そして、地を流動させるにも当然魔力が必要だと考えられる。

 恐らく、魔力の枯渇が近づいてきたのだろう。


 この推測が正しいならば、守護者が取るだろう手段は限られてくる。

 魔力が枯渇する前に決着を付けようとするか、魔力が切れる前に逃走かだ。前者ならば全力での攻撃を放ってくるだろうが、奴がこちらの手段を取る確率は低いだろう。自分は安全な地下に居て、手下に戦わせようとしていた奴だ。一か八かで攻撃してくる性格とは思えない。少々怒りっぽいようだが、蒼炎の性能を見て、今は頭が冷えているだろうしな。

 だから、こうやって蒼炎刃の射出間隔をわざと緩めてやれば……


 ――トプッ。


 そうくるよな。

 まるで水に潜る様にその身を大地に沈めようとして――


「――ガッ、ッアアアアァァァァアアアアアーーーーッッ!」


 地に潜んでいた数多の蒼刃に殺到され、両足を、両腕を、その根元から切断された。


 裂けんばかりに大口を開き、両眼を剥き、絶叫と共に血液と唾液を撒き散らし、大地の上で四肢を断ち切られた激痛に悶え苦しむ守護者。……何とも醜い光景である。


 地の中で未だ消滅していなかった[蒼炎刃]を遠隔操作して、地上――奴へと撃ち出しただけだ。


 馬鹿だな、さっきから雨あられと地面に撃ち込みまくっていたのを見ていただろうに。上ばっかり見ているからそうなるんだ、足元がお留守ってやつだよ。

 元々地下に居た奴が空に居る俺から逃げようとするならば、その手段としてまた潜行するという選択肢を取ることは簡単に予測できる。ならば、その先を潰しておくのは当然だろう? つまり、[蒼炎刃]は攻撃と同時に地中へと地雷を仕掛ける役目だったんだよ。まあ地中を泳ぐお前からしたら、地雷というよりは機雷かな?


 さて、四肢を失った達磨鬼の完成だ、もう逃走はできまい。……いや、肌が地に触れていれば流動が使える可能性もあるな。念の為、更に仕上げを施すか。――っと、四肢を切断された断面の肉が蠢いている。……そう言えば再生能力持ちだったな、時間を掛けていられないようだ。


 まだ地下に残っていた[蒼炎刃]を再利用し、奴と地面との間に蒼炎の絨毯を出現させる。


「ガアッ!? ゴアアアッッアアァーーッ!!」


 これで流動は使えまい。

 全身を焼かれて苦しい様だが、知ったことか。

 お前がディーナさんを殺したんだろう? 俺はな、その人の妹の従魔なんだ。……貴様に対する慈悲など、一片もない。


 にしても……やはり蒼炎でも大した傷にはならないか。炙られているにも拘わらず、表皮に軽い火傷を負わす程度だ。先程の蒼炎刃による四肢の切断も、数十の刃を嵐の様に殺到させてやっとだったからな。

 とはいえ、ダメージが無い訳ではない。


 時間を掛ければ、正直このまま蒼炎だけでも斃せそうなのだが……あの再生能力が気になる。

 よって念には念を入れて、いつもの通り、聖炎による全力で消し飛ばす。


 奴は蒼い絨毯に寝転び、俺はその上空に位置している。

 つまり、今の位置から切り札を撃てば地上どころかカルナスが大変なことになるんだが、対象を守護者に限定すれば大丈夫だろう。既に大穴を一つ開けてしまっているので、これ以上地表を破壊するのはなるべく控えたい。対象を指定して【聖炎】を使用すると消費魔力が格段に増えるのだが、まあ仕方ないな。


 さて、……切り札の出番だ。


 俺が最初に開発したこの切り札。

 只々、全力の聖炎球というだけ。だがその威力は……守護者でさえ抗う事能わず。


 【魔力制御】と【魔力圧縮】のスキルを最大限に使用し、極限にまで威力を高めた聖炎球による遠距離爆撃砲だ。そう聞くと単純に感じられるかも知れないが……それでいい。【聖炎】は対象の炎熱、神聖耐性を無効化する。よって、只単純に威力を高めただけで、あらゆる対象を必滅させる。

 単純にして最高シンプルイズベストの効果を発揮する。それがこの切り札だ。


 本来の性能だと着弾と同時に大爆発させるのだが、それだと先程とは比べ物にならない程の大穴を地面に開けてしまう。よって今回は射出するというよりも、守護者を球内に取り込むように重ねて停止させ、一欠片も残さず焼き尽くすように使用する。


 守護者へと視線を向け、まずは脳内で想像を練り上げ、固める。


 一切の歪み無き、銀の真円。

 一切の闇を否定する、銀の光。

 一切の穢れを焼き尽くす、銀の炎。


 邪を守護する者を滅せしは……銀の一撃。


 残りの魔力の大半を注ぎ込み、想像を発現。



 顕現するは、世界を遍く照らす……銀の太陽。


 対守護者魔法・切り札その一、――[銀陽]。



 草原も、大地も、防壁も、カルナスも、人も、守護者も、蒼炎も、そして呪雲でさえも、その全てが聖炎の放つ光により、銀へと染め上げられる。


 世界が、聖域と化す。


 俺の目の前には、極大の聖炎球。

 対象は、眼下の“守護者”。

 ただ、奴の魔石は対象外だ。邪結晶へと案内して貰う必要があるからな。


 蒼炎の絨毯に焼かれ、満身創痍ながらも此方を睨み上げている鬼。


 ……奴と視線が合った。

 ほう、どうやら本体の俺に気付いている様だな、流石は守護者か。


 さて、随分と待たせたな。……そろそろ消えろ。


 [銀陽]を、守護者へと投下。


 銀光を発する極大の球体が、悠然と降下してゆく。



 その光景は……神罰が如く。



 数秒後、地表への堕天を成した神聖の炎。


 奴に重なった時点で魔法を留め、そのまま炙り、焼き、燃やし尽くす。


 …………もういいだろう。


 魔法を解除。

 銀の火の粉を撒き散らし、空間へと溶けていく聖なる太陽。



 そして、徐々に地面が見えてきて…………――っ!


 なん……だと?! ……まさか、あれは……っ!



 現れたのは、光すら飲み込むかのような黒をしたそれ。10m程の真円の外周を乱雑に削り取ったかの如き歪さが、なんともいえない禍々しさを感じさせる……闇黒の結晶体。



 ――邪結晶。





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