第11羽 鳥、が要塞都市の中心でピヨピヨと囀る
三重構造の防壁か、要塞都市と名乗るだけはあるな。
三つの門を抜けた俺達の乗った魔動車はまだ直進している。
アーリィの住む屋敷はどうやら町の中心部にあるようだ。
側面の窓からコッソリと外を覗いてみる。
……あれは、光。……電気じゃないだろう。
家らしき建物の窓から光が漏れている。しかも一つじゃない、通りに面している家々からチラホラと光が見えている。
それに良く見れば通りの端に一定間隔で街灯のような物が設置されていることが確認できた。
今は点灯していないが、これが灯ればこの通りが暗闇に覆われることはないと予想できる。
この世界はあの呪雲とかいう雲に覆われて暗い。日中だと少しは陽光が届いているとは言え、家の中に入れば暗闇でマトモな作業もできないはずだ。そうなると必要なのは光。特定個所を照らせる道具を作るのは何もおかしなことではないな。
需要がある物の技術が優先して進歩するのは当然のことだ。この世界の人間も道具によって自分達の生活を支えているのは地球と変わらないようだ。つまりこの世界の人々も「不便なら便利になる道具を作ればいいじゃない?」の精神は所持しているのだろう。
今この街灯らしき物が点灯していないのは燃料の節約か何かだと思う。
地球でも街灯は電気がないと使えないんだ、この世界でも何らかの燃料は必要なはず。
恐らくは魔力、だろう。この魔動車は魔力で動いているみたいだし、エリスさんは【光魔法・Ⅱ】を持っていた。光を灯すのに魔力を、という考えに至るのは当然の事のように思える。
この世界では魔力を動力や燃料とした道具の開発が主流なのかも知れないな。
ふむ、建物は石製や煉瓦製の物が多いな。時たま木製だろう建物も見えるが……明らかに少ない。
……そうか、木は高級品なのかも知れないな。
このカルナス周辺は辛うじて木々が育つ程の陽光が届いているとは言え、アーリィと出会った森はどう考えても痩せていた。あの森から木材を伐採なんてことをすれば直に森は死ぬだろう。
そして他の森林等も同じ様な状況なのだとすれば、森の保存の為にも木の伐採は控える、というか権力者によって管理される可能性が高いだろう。
となると紙等も高級品として扱われているのだろうか?
などと考えながら魔動車に揺られることしばらく、ようやく目的地に到着したようだった。
「アーリィお嬢様、屋敷に到着致しました」
「外套をお持ちします、少しそのままお待ちください」
ヘダスとダギルさんの声が聞こえてきた。
外套で俺を隠すんですね、分かります。
ここはまだ建物の外だからね、俺の姿を見られる訳にはいかないのだろう、今までの反応で何となく予想できていた。
それにアーリィってばボロボロだからな、もう血は固まっているし傷は治っているんだけど、よそ様に見られて良い格好じゃないわな。
「ノイン……」
アーリィが緊張した様子で俺の名前を呼んだ。
色々と不安なのだろう、俺へのホールドが一層強化される。
「ピィー、ピヨッチ」(まぁ、なるようになるさ)
俺の声を聞いた瞬間アーリィの表情に笑顔が戻ってきた。
「ありがとう、ノイン。励ましてくれてるんだね。……私、絶対にノインに酷いことはさせないから」
ホールドされてるのでジェスチャー無しの鳴き声オンリーだったのだが伝わったようだ。
というか不安な表情をしていたのは俺のことについてだったのか。てっきり怖いであろう兄貴のことを考えてると思っていたよ。……ありがとうな、アーリィ。
その後ダギルさんが持ってきた外套を羽織ったアーリィと共に館内へと入った。
まずはお召し替えをとのことでアーリィは湯浴みへ、俺は外套に包まれたままエリスさんによりアーリィの部屋へと連行された。
しばらくするとアーリィが戻ってきて着替えを始めた。俺は鳥なので着替えを見ても問題はないのだが、外套に包まれたままなのでやっぱり問題なかった。
アーリィが「もう少しだけ我慢してね」と囁いてきたので「ピィ」と返しておいた。
そんなこんなで準備が整ったアーリィと俺は、これからザジム様とやらとの面会に挑む事となった。
コンコンっ。
「お父様、アーリィです」
「うむ、入れ」
「はい、失礼致します」
アーリィが扉を開け中へと入っていく。
ザジム様ってのはアーリィの父親なのか。まぁそうだよな、ダギルさん達にお嬢様って言われてたし今更驚くことでもないか。
部屋へと入り、数歩進んだところでアーリィは足を止めた。
アーリィの後ろにはダギルさん、エリスさん、ヘダスの三人衆が付いて来ているようだ。
「お父様、お母様、お兄様。只今戻りました、心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
ほうほう、【魔力感知】で三人居るなと思ってたら、両親と兄貴が揃っていたのね。
「このお転婆めが……傷は大丈夫なのだな? 体に異常は? どこか痛いところはないか? お腹は減っていないか? それと――」
「あなた」
アーリィの性格はこのお父様から引き継いだんじゃないのかね……。
お父様に突っ込みを入れたこの声の人がアーリィの母親かな。
「――う、うむ。……アーリィ、此度の事、自分がどれだけ危険で無謀なことをしたのか、理解しているのか?」
「はい……心配をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「……ふむ、ちゃんと理解はできているのだな。……ならば尚更だ。理解していても今回の行動を起こしたという事だな?」
「……はい」
「アーリィ」
先程の女性の声が響いた。
「はい、お母様」
「貴女の夢は知っています、ディーナのようになりたいと思っていることも知っています。ですが、今回の事はその事とは別です。幾ら夢の為とはいえ取った手段が悪過ぎます。単独で森へ向かうなど、しかも依頼まで出して。私が一体どれだけ心配したか……! アーリィ、体は大丈夫なのですね? 傷は残っていませんね? どこか痛いところはありませんか? 何か変な物を拾って食べたりはしませんでしたか? それと――」
「おい、ネフリー」
あー、こりゃ両方だわ。きっちりアーリィの両親だわ。
両親ともアーリィのことをとても大事に想っているのが伝わってくる。
だからこそ、今回の事は毅然とした態度で叱り付けなければいけないと決めていたのだろう。
本当は今直ぐにでもアーリィに飛び付いて抱きしめたいという感情が声から伝わってくる。
それとアーリィは母親に拾い食いするような娘だと思われていることが判明した。
「――え、えぇ。……アーリィ、此度の様なことを二度と繰り返さぬように、分かりましたか?」
「……はい、お母様。ご心配お掛けして申し訳ありませんでした」
これで一応父親と母親からは以上という雰囲気だ。
ってことは残るは……
「アーリィ」
「……は、はい、ジークお兄様」
兄貴である。
「目立った傷痕はないようで安心したよ。メイドからアーリィが血だらけで帰ってきたと聞いたときは心臓が破裂するかと思ったんだ……あまり心配させないでくれ。一人で森へ……怖かったろう? よく無事で戻ってきてくれたね」
……あれ? 優しい兄貴? アーリィの反応から怖い兄貴だと思っていたのだが違ったのか?
「……え?」
「なっ!? ジーク貴様ッ! 一人だけ抜け駆けしおってズルイぞ!」
「そうよっ、ジーク! これでは私達のイメージが悪くなってしまうじゃないの!?」
アーリィは兄貴の反応が心底以外だったようだ。固まってしまっている。
お父様とお母様は兄貴に出し抜かれて思わずといった風で非難を叫んでいる。
やはりこの場はまず叱責をしようと事前に決めていたのだろう。
「大丈夫ですよ、お仕置きは後でタップリと用意していますので」
「……え?」
その兄貴の言葉にアーリィが絶望の表情を浮かべた……ような気がする。
いや、まだ外套に包まれてアーリィに抱えられているから何も見えんのよ。
ただの外套だからか【真眼】の視覚妨害無効は発動しないようだ。まぁ発動してたらさっきの着替えがね、うん。
しかしこの兄貴、なかなか良い性格をしているようだ。
「うぬぅ、おのれジーク……。ならば儂も我慢はせんっ」
「ジーク、なんて小癪な……。ならば私もそうさせて貰います」
両親がそう言ったと同時に此方へと向かって来る足音が聞こえて、
「アーリィ、良くぞ戻ってきてくれた!」
「アーリィちゃん! あぁ、アーリィちゃんっ!」
アーリィを抱きしめた。
挟まれる形になった俺にムギュウッと圧力が掛かる。
ぐっ、これは苦しいッ! しかし、まだ声を出すわけにはいかんッ!
生命力: 17/18
……頑張れ俺の生命力!
「お父様……お母様……っ、グスッ……」
「おお、泣かないでおくれアーリィ」
「無事に帰ってきてくれて良かった……、本当に……」
この親子の感動の再開(?)シーンはこれからしばらく展開されたままだった。不死鳥を挟んだままな。
「父上、母上、そのへんで」
数分後、兄貴の声が響いてようやく解放された俺。……助かったよ、兄貴。もうちょいで声と一緒に炎が出そうだった。
どうやら俺の生命力さんは頑張ってくれたようだ。今はもう全回復しているが。
流石に皆の前で恥ずかしかったのか、ゴホンッと咳払いしながらアーリィから離れていった両親二人。
そしてアーリィと両親が落ち着いた頃、
「では、父上。問題の件に」
兄貴が口にしたその言葉を聞いてこの部屋の雰囲気がピリッと緊張したのが分かった。
やっと俺の出番か。さて、どうなるかね。
「うむ。……ダギルから一通り報告を受けたが、如何せん理解できぬ内容ばかりであった。そこで改めて本人の口から説明して貰いたい。アーリィ、疲れているだろうが、良いか?」
「はい、お父様」
「頼む」
そしてアーリィは俺を包んでいる外套を開き――
「この子が、ノインです」
――ぐったりとした俺が姿を現した。
「……随分グッタリとしている様だが」
「……え? ――ノイン!? どうしたの?!」
いやね、屋敷に到着してから今までずっと包まれていた訳でして、そこで数分のプレスをかけられればね? いや、生命力は減少しても瞬時に回復するから微塵も減ってないんだ、けど精神力がね……。
「ピヨヨ……ピヨピヨ」(すまない……大丈夫だ)
「本当に大丈夫? どこも痛くない? ……ゴメンねノイン、苦しかったんだね。ノインは生命力が18なのに私……」
なんか言葉が通じてると思うのは気のせいだろうか? アーリィの俺への適応力が凄まじい。
あと生命力は関係ないです、多分。
「ピヨヨッチ」(気にしないでいい)
「気にするな、って言ってるのノイン? ありがとう、ノインは優しいね。もうこんなことはしないからね」
「ピィ」(うぃ)
「…………これは、なんとも」
「……なんて、可愛い……」
「本当に会話が成立しているように見えますね……」
父母兄がそう感想を述べた。
ここでやっと三人の姿を見ることができた。
うん、アーリィは母親似だな。見た目も感性も。
父親は偉丈夫って感じだ。金髪を撫で付け、良い体格をしていてまだまだ現役だと感じさせる。
兄貴は……イケメンだな。金髪の貴公子って感じだ。
まぁ何にせよまずは挨拶しないとね。
「ピヨピヨ、ピヨピヨピヨ」(初めまして、ノインと申します)




