初潜行のサンロ
探索ギルドの加入試験で、すぐにダンジョン探索の許可が下りなかった受験者でも、探索証を受け取り探索者にはなる。
だが、当然すぐにはダンジョンに入れず、ギルド役員から三十日間の追加指導を受けたのちにようやく探索者として正式に活動することになる。
幅広剣を操るサンロも追加指導を受けた一人で、同じ加入試験で共に指導を受けた二人とパーティ登録し、初めてのダンジョン探索の日となった。
ダンジョンの入り口には朝から人が並ぶが、ここにいるのはたいてい初心者や初級探索者ばかりだ。
熟練者となれば、数日間ダンジョンに潜り続けるため、外に戻る者は少ない。
そして、ダンジョンに入る前に、ギルド役員による探索証の確認が行われる。
今朝並んだ最後のパーティーであり、初潜行でもある三人がブレスレットを役員に見せていた。
「サンロ、スクルア、スーラのパーティーだな。通ってよし。」
「はい!」
元気よく返事をしつつも、少し息をのんで三人はダンジョンへ入っていく。
入り口すぐは石作りの下り階段が続く。
他のダンジョンならば入ってすぐに洞窟で、魔物との戦闘も早いのだが、セグデノンのダンジョンはそのあたりも異なる。
階段を降り終えると、付近には石畳の床が広がり、その先には一面の真緑の草原が続いていた。
上を見上げれば青空のような景色が広がり、地下とは思えないほどの明るさがある。
だが、その空は雲一つないにもかかわらず、太陽の姿だけがどこにも見当たらない。
ここがダンジョンという特別な場所であることを、否応なく実感させられる光景だ。
初めて見るダンジョン内に三人があっけにとられていても、魔物が襲ってくることはない。
それは、足元がいわゆる安全地帯といわれる場所で、なぜかその中には魔物が入ってこない。
だが、その外はすぐに魔物の領域。
石畳の周囲には探索者が集まり、そこかしこで戦っている。
背の低い雑草しか生えておらず、障害物の一切ないだだっ広い草原であるため、三人にもその光景がよく見えた。
戦っている相手はタックルラビットと呼ばれる小さな兎の魔物たち。
数は入り口付近ということもあってか、多くの探索者パーティーがいる中、各々一匹ずつ対処できる程度しかいないようだ。
タックルラビットは深い茶色の毛並みをしている、体長は三十センチほどの小型の兎。
耳が短く、ドワーフウサギに似通った姿だ。
大柄な人ならば手で持ち上げてしまえる程度の大きさで、他の生物を見るとまっすぐ突進してくる。
それだけ聞けば可愛らしいと感じるかもしれないが、その瞳は血走ったように赤黒く、獲物を求めて鈍く光る。
残念ながら愛玩動物ではなく、れっきとした魔物なのだ。
とはいえ、たとえ殺意を持った魔物であっても、ただまっすぐ突っ込んでくるだけの相手など、慣れた探索者たちの敵ではない。
小さい相手だが、皆慣れた様子で武器の一撃で仕留めていく。
探索者の武器は剣、斧、槍、こん棒といったオーソドックスなもの。ところによっては盾や拳で戦う者もいるが、どれも似通った戦い方だ。
弓を背負う者はいても、使う者はいない。矢の消耗に対して兎の費用対効果がないのだ。
普通の魔物は倒した後に、剥ぎ取りや血抜きといった解体作業をしなくては、食える肉とはならない。
しかし、ダンジョンの魔物は死ぬと数秒とせずに煙と共に肉体が消え、代わりに魔物ごとに素材を残していく。
探索者の間ではドロップと言われる常識であり、タックルラビットはたいてい肉を落とす。
そのドロップした肉は、探索ギルドで一匹あたり二十石で売れる。
だが、木の矢でも最安値で売るギルドで買ったとしても一本で二十石。
飛びやすく刺さりやすい作りにするため、これでも格安といえる。
しかし、それでは生活に回せる金が残らないため、誰も弓を使わない。
「おいみろ!魔法使いだ!」
スクルアが指さした先で、小さな炎の玉がタックルラビットを吹き飛ばしていた。
探索者の魔法使いは、非常に珍しい存在だ。
まず、この世界で魔力を扱えるのは十人に一人か二人と言われている。
多いように感じるが、その中でいわゆる攻撃として魔法を使いこなせるのはさらに十人に一人いるかどうかといった具合。
魔力を扱えても、各々に扱える属性が異なり、炎の属性を得ても、小さな炎を生み出すことが精一杯。
彼のように炎を球状にし、さらには敵にぶつけるような力は、十分稀有と言える。
「あまり指をさすな。俺たちも行くぞ。」
「お、おう。」
サンロがスクルアの行動を窘めたのは、探索者同士はダンジョン内であまり干渉するべきではないからである。
パーティーメンバーならともかく、他の探索者がどのような性格かなど、いちいち確認をとるようなことはない。
そして、ダンジョンは外とは隔離された場所。
ここは入り口付近なうえ、ほかの探索者も多いのでいざこざが起こることも少ないが、奥では人同士でも何が起きても不思議ではない。
そこに魔物まで混ざれば、たとえタックルラビットであっても不運が起こり得る。
そのため、探索者たちはパーティーごとにかなり距離を開けている。
サンロたちも習い、できるだけ人の少ない場所を探す。
慣れた探索者パーティー同士が、戦いの合間に新しく入ってきた彼らに視線を向けた。
そしてお互いに距離を開けると、間に来るよう顔で促す。
「い、行って良いの、あれ?」
「大丈夫。他のパーティーも多いこんな階層で変なことはしないはずだ。」
スーラの不安をサンロが否定し、誘われた場所へ向かう。
少々おっかなびっくりとした様子で三人が配置につくと同時に、奥からタックルラビットが突進してくる。
遠くからただまっすぐ走ってくるその姿に、三人は強張った体を奮い立たせ、武器を構える。
「あんな奴にビビってたなんて、笑える。」
「そうだな!俺が叩ききってやるぜ!」
「よし、僕が剣で叩き落す。スクルアが斧で切り付け。スーラは一応槍を構えて、死んでなければとどめで刺して。」
「了解!」
指示に二人が答える。
そしてサンロが幅広剣を構えた。
まっすぐタックルしようとした兎を、刀身の平で叩き落とす。
怯んだすきにスクルアの斧が兎を両断した。
兎は地面にどさりと落ちると共に、白い煙を上げてただの肉塊になり替わっていた。
「ちょっと!私の出番なかったじゃない!」
「いいだろ別に!初の獲物だ!」
「あぁ!…って喜んでる場合じゃない。次が突っ込んでくるぞ!」
三人が喜び合っているのもつかの間、またどこからともなく現れた兎が突進してくる。
「まじかよ!また仕留めてやるぜ!」
「今度は私がやる!」
「…スクルア、今度はスーラが突き刺す係、倒せて無かったらスクルアがカバーね。」
「…わかったよ。」
サンロはすぐに肉を拾い上げ、背負っていた袋に詰めると、再び剣を構える。
初心者にしては、サンロの指示と三人の連携は見るに堪えうるもので、離れた左右のパーティーが微笑ましくしていた。
その日のサンロたちの成果は兎肉が十五個。
これは予定していた数通りの成果だ。
一人が五体を倒すという目標を終え、三人は他パーティーがダンジョンに残る中、外へ戻った。
時刻は昼食も間近という時で、空を見上げれば、太陽は真上に差し掛かろうとしていた。
そのままの足で探索ギルドに戻り、肉の精算を済ませる。
一人一銅という、一日の儲けとしては全く足りてない額である。
だが、初めてのダンジョンで自分たちがしっかりと稼げた証として、三人は銅貨を掲げた。
アタックラビットの肉は、買い取り額の二十石でそのまま商業ギルドへ流される。
商業ギルドもそのまま二十石で街へ流していく。
肉は露天で串焼きにされたり、民家の夕食に出されたりする。
質は少し硬く、処理が悪いと野性的な臭みが出てしまう兎肉。
しかし、それはセグデノンでもっともポピュラーなものなのだ。




