表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/30

エピローグ



ありがとうございました。

 芸能事務所の中、奥まった廊下のつきあたり。

 宝ノ木 姫華ともう一人、小柄ながらもグラマラスな肉体を持つ、ショートヘアーの女性がいた。人の多い事務所の中でもここは秘密話に適した花園である。通信手段の発達した現代においてなお、ここに花が咲き続けるのは情報の流出を恐れる為だろう。音声録音、文書保管、スクリーンショット、ネット配信、そういった危険が少なく見えるからこそ好まれるのだ。


 普段通りつんとすました顔の姫華。

 対照的にショートヘアーの女性は何かに怯えるようにおどおどとしている。これから撮影があるのだろう。ピンクのグロスがてらてらと肉厚な唇を彩っており、何か言いたげな動きをするたびキラキラとラメが反射した。一向に話を切りださない彼女に代わり、姫華が問いかける。


「話ってなんですか、さっちゃん先輩」


 彼女の名前は常盤ときわ 咲幸さち。同じ事務所と言えどスポンサー受けが異なることもあってか、こうして二人きりで会話をするのは初めてであった。ゆるい上下関係が存在する中、姫華は咲幸が普段後輩から呼ばれているように呼んでみる。かしこまった呼び方をすればより人気のある姫華からの嫌味にも聞こえるし、馴れ馴れしく愛称を呼べるほど親しい中でもなかった。難癖のつけようはいくらでもあったがなるべく波風の立たない呼び方を選ぶ。そんな暗黙の了解はとても煩わしい。しかし芸能界でうまく立ち回る為の処世術、ひいてはナイトの求む情報提供の為ならとどうにか割り切っている。


 そういった気遣いに咲幸は気付いた様子もない。自分のことでキャパシティーの限界をむかえているのだろう。先輩であるはずの彼女の方が、厳しい先輩へ怯える後輩のような態度であった。言いたいことは決まっているのになんと言えばいいのか分からない。姫華を呼び出したのも差し迫った危機に直面し、考えるよりも先に行動をした結果であった。


「あー……あのね、えっとえーとー……姫華ちゃん、残念だったね、ド、ドラマのこと。打ち切りになっちゃって……」


 耳に残る甘ったるい声で咲幸は言う。聴き手によっては庇護欲や加虐心を煽る声だ。姫華はどちらかといえば後者であったが、自覚しているからこそ自制を心がける。眉一つ動かさず、まあねとだけ答えた。


 濱千代 百重が失踪してからすでに10日。

 失踪したとされる日はちょうどサイバーテロが行われた日だ。テロの首謀者は交通機関を麻痺させるだけなく、都心部にてサービスを提供するいくつかのセキュリティ会社へ侵入し、あらゆる防犯カメラの映像をかき乱したという。濱千代 百重の自宅であるマンションも同様の被害に遭っており、警察の捜査は難航中だ。


 これを受けドラマキススキ制作委員会は制作中止を発表。記者会見には監督やディレクター、そして主演の宝ノ木 姫華も登壇した。

 会見でクローズアップされたのは悲劇のヒロインたる宝ノ木 姫華だ。普段の気丈さを捨て、ただ一心に濱千代の無事を願う姿は連日のワイドショーで繰り返し放送された。全ては姫華の描いたシナリオ通り。


「ごめんね姫華ちゃん。こんな話、まだ辛いよね」


 気づかわし気な上目遣いを姫華は冷ややかに見下ろす。本人は気付いていないが姫華から見れば白々しいだけだ。視線はきょろきょろと忙しなく彷徨さまよい、一点に定まることはない。演技の裏に抱えた思いを隠しきれていないのが丸わかりだ。

 姫華は心の中で、そんな風だから演技の仕事が無いのだと評価する。見下すのも馬鹿らしいとさえ思った。

 手本だと言いたくとも言えない状況ながら、演技とは思わせない演技で本心を隠す。


「今どこにいるかも分からない濱千代さんより、私の前にいるさっちゃん先輩の方が気がかりです。何か言いたいことがあるんですよね。私は大丈夫なんでハッキリと言ってくれませんか」


 考えを見透かされた咲幸の目が泳ぐ。それでもすぐに決心がついたのか恐る恐る話を核心へと近づけた。


「姫華ちゃんはさ、濱千代さんに何か言われなかった?」

「何かって?」

「もっと有名になりたくはないかとか……。あとあと私はね、一度濱千代さんと共演したことがあって、それで、私の話とかしてなかった?」


 嘘を吐くのも億劫になり、姫華は正直に話そうと思い改める。咲幸に対して駆引きさえ不要であると判断した。慢心ではなく事実に基づいていると思考したつもりだ。必要な時に必要な分の嘘を織り交ぜる。ティアラは真面目な嘘つきであった。


「キススキの一条 早苗役は元々さっちゃん先輩が演じる予定だったって聞かされました。先輩には感謝しろ、とも」

「それ……だけ?」

「はい」

「そう、なんだ……」


 咲幸は続く言葉を見失う。

 姫華の口から枕営業を持ち掛けられたと、自分と同じ酷い目に遭ったと言ってほしかったのだ。真実を知る姫華は理解していながらも口にはしない。ついでにいえば嘘を吐いてるつもりもなかった。姫華の中では枕営業を持ち掛けられたというより、脅迫されたという部類に入っていた為だ。


「さっちゃん先輩はどうして主役を降りたんですか」


 話の流れを読みながら、丁寧に誘導を行う。答えなどとうに分かりきっている。時間の無駄、省略できるならしたかった。けれども常盤 咲幸にとっては初めての告白だ。たちまちの内に彼女の瞳から涙が溢れ出た。姫華から問われたら泣いて答える。まるで台本に書かれていたからという理由だけで泣き出したかのように見えた。オーディションで配られたばかりの台本を読む時の誇張された泣き台詞だ。


「私! ……私ね。濱千代さんに以前の撮影現場で、下手だから降板しろって言われて、それでも私、役者のお仕事、どうしてもやりたくて……それで……」


 一度、間を空けて自嘲気味にと彼女の頭の中で指示が聞こえた。黙ったままの姫華のリアクションを一切考慮しない独壇場の長台詞。彼女は誰よりも誰よりも不幸だと全身で表現してみせた。


「芸能界だもん、こういうことも当たり前だよねって我慢して、たくさんの男の人に酷いことされても我慢して……なんとか役を、お芝居を続けられたの。それでやっと新しいドラマで主役を貰えたのに濱千代さんが辞めろって言ってきたの。あの人の奴隷になった私となんて、あらゆる意味で無意味だもんね。私は誰にも見られたくない写真や動画があるから逆らえなかった。言われた通りに辞退したの」


 悲劇のヒロインにしか聞こえないBGMが変化する。苛烈さに拍車をかける激しいピアノの音だ。同情を誘う為の演出でありながら、吐きだす台詞は擁護のしようもない自分勝手な言い分だと本人だけが気付かない。


「代わりに姫華ちゃんが選ばれたって聞いたよ。そしたら私、悪魔になってた! 濱千代さんみたいなすごくすごく悪いことを考えちゃった! 姫華ちゃんも同じ目に遭えばいいって思ったんだ! 最低だよね、姫華ちゃんに逃げてって言えばいいのに……。それなのに私は……私と同じところまで落ちちゃえって……。ドラマも失敗しちゃえって……」

「――だから」


 咲幸の台詞を遮る。戯言はもう聞き飽きた。姫華の聞きたい台詞はそんな甘えきったものではない。

 真正面から相手を見据え、最後のピースを突きつけた。


「私が主役の座を奪ったってデマを流したんですか?」


 咲幸の芝居が途切れる。留まることを知らないと言わんばかりの涙さえもピタリと止まり、顎の先から最後の雫を一滴落とした。

 おそらくは告白するつもりはなかったのだろう。悲劇のヒロインぶって姫華から同情してもらい、目的を果たそうとしただけの建前。それら全てを姫華が把握していることなど夢にも思わない。だから、心の底から驚いていた。


「なんで……?」


 言葉足らずの問いかけ。

 ティアラは情報屋としての顔を晒しながら、姫華として振舞う。事実に嘘を織り交ぜて、必要なカードを切って咲幸をこちらのペースへと巻き込んだ。


「話を聞いたのは最近だけど、そういうデマを掲示板で見つけたってサブマネージャーが教えてくれたの。すぐに削除されたとも聞いたから別に気にしてなかったわ。でもこんなことを書けるのって濱千代さんかさっちゃん先輩だけでしょ。濱千代さんにメリットはないけど、さっちゃん先輩には大アリだもの。すぐに分かるわ」


 書き込み自体が削除された以上、シラを切り通すのも不可能ではなかった。しかしそこまでの考えに至れるほどの思考力もあくどさも咲幸は持ち合わせていない。ぼろぼろになった仮面をかなぐり捨て本心をあらわにする。それさえも見透かされているとは知らないままに。


「お願い誰にも言わないで!」


 甘ったるい声は苦い悲痛な声へと変わる。ひた隠していた不安と恐怖をさらけだし、どこまでも自分勝手に騒ぎ立てた。


「こんなことバレたら私、濱千代さんから何されたかも言わなきゃいけなくなっちゃう! そしたら写真も、動画も、あれもこれも全部、全部ばら撒かれちゃうよ! どうしようどうしようどうしよう!!」


 パニックを起こした咲幸は駆引きを捨て、姫華を呼び出した目的を自白し始める。

 姫華はようやくかと縋りついてくる咲幸をみつめた。姫華が咲幸の呼び出しに応じた目的のスタートラインがここだ。長い前置きであった。


「ねえ姫華ちゃん教えてよ! なんで濱千代さんはいなくなっちゃったの!? 警察が捜査しているんだよね!? 自宅とかも手掛かりがないか調べて、パソコンのフォルダとかも見るんでしょ!? その中に私のアレがあって、そしたら警察の人が私の所に来るはずなのに!! なんで来ないの!? なんで、なんで……なんで私だけ……何も知らないの?」


 咲幸は未だ濱千代 百重の影に怯えている。彼が咲幸のデータを保有したまま姿を消したと思っているのだ。いつ、どこで、そのデータが流布されるか分からない。明日か明後日かそれともいつか咲幸が芸能界の頂点へ上りつめた瞬間か。

 咲幸は永遠に苦しむ。なぜなら真実はもう闇の中。夜の国の住人は口を閉ざして鼻で笑う。咲幸が起こしたはずの事件は咲幸の知らない所で終わっていた。幕が下りたことも知らずに舞台に取り残されたまま。終わらない悲劇のヒロインだ。


「先輩、落ち着いてください」


 姫華は何も知らない後輩のフリをして、彼女の肩を優しく叩く。誰からも愛されるアイドルとして必要不可欠な笑顔で、とろけそうな毒を一言、一言丁寧に飲み込ませていく。


「アイドル同士でよくあるいざこざである以上、動機なんて些細なことです。先輩は私の足を引こうとして失敗したマヌケなんだなって、笑ってあげますよ。宝ノ木 姫華はそれくらいの嫌がらせなんてどうってことないんです。それくらい人気ってことでしょ? だから大したことないわ」

「姫華ちゃんは……それでいいけど、濱千代さんが……」


 ありもしない幻影を笑い飛ばす。姫華おもてティアラうらも関係なく、心の底から笑ってみせた。演技をする必要がない時は心のままにするべきだ。宝ノ木 姫華は誰よりも宝ノ木 姫華らしく振舞った。


「悪いのは濱千代さんなんだから堂々としていれば? むしろ警察にそういうことされたって言えばいいわ。意外な手掛かりになるかもしれないし、さっちゃん先輩のプライバシーに配慮して慎重に捜査するってもんでしょ。掲示板の書き込みだって正直に脅されたって言えばそれで済むわ。なんで被害者が加害者ぶってるわけ?」


 根拠の無い憶測を織り交ぜて語る。情報屋をしていなければこの快楽を知らずにいただろう。情報屋らしく振舞えることが心地よい。身内であるスノーに要らぬ世話を焼かれた鬱憤が晴れていく。元凶である咲幸を操れるならばこれ以上彼の手を煩わせることはない。自身の手でそれを成し遂げたと確信する。咲幸の表情はありもしない希望を見出した家畜と同様であった。


「姫華ちゃんって……本当に強いんだね」すでに妄信者ファンの目をしている。

「ええ、そうよ。アイドルですもの。ほら私みたいに笑いなさい。アイドルは笑顔が一番。それでこそ愛され、強くなれるのよ」

「うん…………ありがとう!」


 咲幸は姫華の手を握りしめて微笑んだ。これこそがアイドル同士の友情なんだと信じて疑わなかった。媚びるような甘ったるさではなく、サイダーのような清涼感のある甘さを感じる声だ。


「ねえ、ヒメちゃんって呼んでいい? 私、先輩ってガラじゃないし、敬語とかも全然いらないからさ! お友達になってよ!」

「まあ…………よくってよ、さっちゃん」


 二人の笑い声が重なる。一言、二言当たり障りのない言葉を交わし、咲幸が思い出したように口へ手を当てた。


「いっけない! 私これから撮影だった! 今何時!?」

「もうすぐ11時。さっちゃんはメイク直すところからだし、ランチを食べる暇なんてないかもね」

「やだー! 遅刻したらマネージャーに怒られちゃう! ヒメちゃんごめん、もう行くね。終わったら連絡するからー!」


 慌ただしく走り去っていく咲幸を見送る。T字路を右へ曲がり彼女の姿が見えなくなった所で、左の通路からハクが姿を現した。姫華のサブマネージャーとして和やかに声を掛ける。


「姫華はんはこっち来て打ち合わせな。その後は音楽雑誌の取材やで」

「ええ。分かってるわ」


 二人で足早に咲幸とは別方向へと歩き出す。辺りに人の気配はない。それでも注意を怠ることなく互いがようやく聞こえるボリュームで仕事の話をする。


「録音は?」

「バッチリやで」

「感想」

「常盤 咲幸を唆すとこだけ修正すれば問題あらへん。互いに芝居臭さのない、リアリティ満載の上手いネタや」

「データベースへ保存をよろしく。いい手駒が出来たわ。私への負い目がある以上ちょっとしたお願いは聞いてくれそうだし、あの子が消してほしくてたまらないデータは全てうちの組織の共有財産として回収済み。恐怖を忘れた頃に濱千代さんを装って脅してあげましょう。役立たずになったら今の録音と合わせて公開すれば私にとっていいこと尽くめ。最っ高だわ」

「せやなー」


 ふいにハクが足を止めた。遅れて気付いたティアラが立ち止まって振り返る。早く来なさいよと言いたげに首を傾げる。

 ハクは灰色を滲ませた瞳で見つめ返す。今日の天気を尋ねるような軽さで鋭い言葉を言い放つ。


「今の発言も録音しとるって言うたら、ティアラはんどないする?」


 戸惑い、狼狽、そんなものは無かった。

 大胆不敵な笑みを浮かべ、彼女の中の常識を突きつける。今日の天気がなんであれ、決定権を持つのはこの私だと事もなげに宣言する。


「好きにすれば? アタシはどうもしないわ。うちの組織のデータベースには姫華わたしを百回殺しても足りない報告書スキャンダルが山積みですもの。今更一つ増えた所で何も変わりはしない。アタシも所詮ナイト様の手駒の一つ」


 手駒であることの自嘲は無い。ただの事実だ。ゆえに彼女は常盤 咲幸を手駒と表現できる。愛しいナイトの真似が好きなのだ。

 強く美しく気高い姫君は堂々たる態度で立ち向かう。


「けど、アンタの独断で捨てていい駒ではないの。だから、そうね、アタシと心中したくなったら使いなさい。夜の闇の奥深く、地獄の果てまで共に落ちましょう?」


 ハクは肩をすくめた。いつも通りつかみどころのない胡散臭さを漂わせ、ヘラリと薄い笑顔を作る。


「ティアラはんはホンマに強いなぁ……。そういうとこ好きやで。ファンになってまうわ」

「言われ慣れてるけど礼くらいは言ってあげる。ありがとう、アタシもアンタのそういうところ、結構好きよ」


 ウィンクを一つ飛ばし、再び彼女は歩き出す。

 アイドルと情報屋。二つの顔を合わせ持つ彼女の行く末は如何に。確実に言えるのはナイトが期待を寄せる程の結末が訪れるということだけだ。


「ほな……次の仕事やな」


 ハクもまた同じようで違う道を歩み出した。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ