【三日目夜】リビング その④
「まずは状況証拠。このYって人は本当にいい仕事をしているんだよ。ライブの当日よりもはるかに被害の少ないリハーサルへ小柴 俊也を差し向けた。イコールYは宝ノ木 姫華の予定を知っている人物。それとYは面白いことに『デマ情報を閲覧した』小柴 俊也をターゲットにしている。掲示板は不特定多数の人物が閲覧していいるし、ハクが言ったようにデマ情報の元はすでに削除されている可能性もある。そんな中でピンポイントに小柴 俊也を狙えるなんてすごいよね。イコールYは卓越した情報収集能力を持ち、その中でもインターネット上なら右に出る者なしって人だ。すでに消えたはずのデマ書き込みを閲覧した人物の情報を入手し、閲覧者の特定までできるスキルの持ち主。ウィザードの推測を足すなら、話術や心理学に長けている人だ。まるで情報屋みたい」
「それって……まさか……」
「いやー、すっごーい姫華ファンだよね。常日頃から姫華アンチの情報収集してさ、ちゃーんと手を打ってる。結果を見てごらんよ。姫華ことティアラはちゃんと休めたし、小柴 俊也をハクとドロップが片付けてくれたおかげでサクッと早期解決。同じ事務所である姫華と常盤 咲幸、事務所そのものをまるっと防御。最悪の場合、事務所の派閥争い勃発とか騒がれちゃうもんね。事務所が表立って騒がなかったのは、連絡事項へ助言も含まれていたんじゃないかな? ――ねえスノー?」
見開かれた瞳は傍らの人物を捉えて逃さない。狂おしいほど愛おし気。その時の彼女は彼を情報として愛していた。絡まり合った情報の糸を解き、彼の指へと繋がる糸を手繰り寄せる。何色の運命だろう。
繋がりは確かでも彼は運命とは呼ばなかった。いつも通り冷ややかな対応をする。
「さっきからお前が語っているのはただの推測だ」
「もう少し詰めようか。小柴 俊也のパソコンへ侵入した形跡はスノー以外見つからないんだよね」
「俺より上手がいれば別だろう」
「じゃあさらに付け足し。小柴 俊也のパソコンをクラッキングしたのはいつ? 昨日今日の話じゃないでしょ。パソコンへ入力されたデータを盗み見るのはいいとしても、どうして給料日が分かったり、口座残高を確認できるの? コンビニバイトのお給料日って月に一回とか多くて二回でしょ。少なくとも半月くらいは監視してなきゃ分からないと思うよ。人間違いでしたじゃ許されない局面で不確かな情報を提供するなんて、さすがの私でも怒っちゃうな」
「………………」
「スノー? 異論は?」
スノーが視線を逸らした。ナイトからの視線を避けるべく、隅へ追いやった菓子皿からリーフパイを取って放り投げる。ナイトは喜びの声をあらわにしながらキャッチすると、すぐに封を切った。
サクサクと小気味の良いBGMの中、スノーがようやく口を開く。
「俺は姫華のファンではない。ボスの指示でティアラへ休暇を与えただけの一労働者だ」
「素直じゃないねー」
パチパチとドロップは手を叩いた。
心底感心をする。同時に自身の感情を体言する称賛の言葉が見つからないことをもどかしく思った。当たり障りのない言葉しか知らない。少しでもこの感動を伝えるべく、声音と表情に精一杯の工夫を凝らす。
「さすがっス、ナイトさん。同じ情報でもやっぱ、使う人次第っスね」
「ありがとう。そうやって褒めてくれる人がいると嬉しいよ」
「ナイト、私はいついかなる時でも貴女が望む以上の言葉で、貴女の素晴らしさを語っているつもりであった。よもやドロップへ求めてしまうほど足りなかったとは……。反省しよう。貴女はもう二度と嘆かなくていい。朝の目覚めから夜の眠りまで、そして貴女が夢へと旅立ったあとも延々と、延々と語りかけようではないか」
「ウィザードもありがとう。その気持ちだけで充分だよ。ほら目は口程に物を言うって言葉もあるし、言わなくても伝わる関係って素敵だよね」
ドロップは内心でこれ以上ないほど納得していた。昼間、ティアラとハクが会話していた内容そのものだ。どこまで計算か分からない、生かさず殺さずぎりぎりのライン。まさににその通りであった。ナイトは表面上好意的に答えている。しかし血肉が干からびそうな程ドライだ。言わなくとも伝わる関係について好意を示しているだけであり、けっして自身とウィザードがその関係だとは明言していないのだ。
感涙にむせぶウィザードを見れば見るほど哀れである。恋は盲目とはよく言ったものだ。
直視できず視線を逸らす。すると同じように視線を逸らしていたスノーと目があった。見るに堪えないといった具合に首を振る。ドロップは同意を示すように小さく笑い、舌先のピアスを見せた。それからあえて空気を読まずに発言をする。今の自分にしかできない役目だと思ったのだ。
「そうだナイトさん、Xの方は誰なんスか? 最初の最初のえーっと最初の」
「発端ね。消去法でいけばまず間違いなくあの人なんだけどまだ言わないでおくよ。遅かれ早かれ尻尾を出すか名乗りを上げてくるだろうから。Xは一から十のうちの二つくらいしか知らないんだもん」
「ティアラさんが危なくないならいいっスけど……」
「ティアラは弱くないし、私達も弱くないから大丈夫。もうXを特定しちゃってるスノーの報告書読んだらいくらでも手を打てるしね。今はまだ舞台の途中。ドロップも一緒に観劇しようよ。近々新しい報告書が来るからさ」
未来を見据えるナイトの瞳。ドロップは相槌もほどほどに見惚れていた。やましさなどなく、純粋にその瞳に憧れる。欲しいとさえ思う。――ようやく情報屋という仕事を理解した。金さえ払えば一時でもこの瞳が手に入るのだ。何でも手に入れられそうな気がした。払った分の料金以上の利益が生まれる。富も名誉ももちろんのこと、果たせぬ復讐も、得られぬ快楽も、何もかもその手に。
逃避からハクへ縋りつき、やむなく始めた情報屋の仕事。今は少しだけ前向きに取り組みたいと思う。漠然としていた目標に輪郭がつく。誰かから必要とされるのをドロップは望んでいた。
ナイトは唇をぺろりと舐め、グラスを口へと運ぶ。口内に残っていた甘味が紅茶の味を引き立てる。口の中で転がすように味を楽しんだ後に喉が上下した。
「お遊びはここまでにしようか。さあスノー、改めて他のメンバーの報告書を見せてほしいな」
「お前には時間の無駄にしかならないだろ」
「そんなことないよ。ほら、ティアラへ付きまとっていた運転手Aが誰で、その結末もそこにあるんでしょ。順番的にはティアラの読んでからハクがいいな。もちろんスノーのも楽しみ。私のいないところで好き放題してくれちゃってー、怒っちゃうよ?」
「その台詞、そっくりお前に返してやろう。ウィル、経過報告」
スノーの言葉を合図にウィザードが口を開く。感情がにじみ出るような声音でありながらも、職務を全うする医者の口ぶりであった。
「実に――実に名残惜しいがナイトの退院を検討しよう。就寝時はまだ注意が必要だが、日中の活動はウォーキング程度の軽い運動まで許可する。もちろんまだいくつかの検査と経過観察は必須だが、早ければ今週中にも退院だ」
「ホント! やったぁ! 背中だから全然分かんなかったけどもう良いんだ!」
「そういうわけだ。後回しにしていた案件を先に片付けてから今日の報告書を読め。いいな?」
「うん、分かった。でも後回しにしてたものなんてあったかな? 入院中でもできる仕事はやったつもりなんだけど」
身に覚えがないといった表情でナイトが首を傾げる。ナイトよりも危機察知能力に長けたドロップは姿勢を正すように見せかけつつ腰を浮かす。嫌な予感がしたのだ。具体的なことは分からずとも逃げ出す準備をしたくなるまでの不穏さをスノーから感じ取っていた。
ドロップの予想は的中する。通達されたのはナイトにとって逃げ出したくなるものであった。
「聖火を学ぶ会についての報告書のことだ。お前のやらかした軽率で愚かな行為について反省会を行う。もちろんウィルからも物申したいことがあるそうだ。簡潔に言えば――俺らのいないところで好き放題しやがって、だな」
ナイトが一瞬だけ硬直する。スーパーコンピューター並みの情報処理速度を駆使した結果、しおらしい表情を作りウィザードへ情けを求めた。
「ウィザードはそのー……。私の嫌がることなんてー……」
「すまない。この件については私も心を鬼にしなければならないのだ。赦されようとは思わない。せめてナイトを想っての行為だと理解をしてくれれば、私はそれだけで救われる」
見込み薄と断じたナイトが距離を取ろうと反射的に飛びのく。
固い金属音。ナイトの足首とテーブルの脚を繋ぐ鎖が悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私は怪我したその日に怒られてるって! もちろん反省したよ!」
「あれは俺が感情的に怒鳴っただけだ。それについての謝罪もしてやる。反省会では論理的に、建設的に、なおかつお前が二度とあんな失敗をしたくないと思わせる話し合いを行う。覚悟はしてもしなくてもいい。その程度の行為で結果が変わると思うんじゃねぇぞ」
スノーの手がゆっくりとナイトの手首へ課せられた二本の鎖を握る。ひんやりとした彼の怒りが伝わってくるかのようであった。逃げ場はない。それでもナイトは足掻く。
「ド、ドロップ、助けて!」
藁にも縋る思いであった。ドロップは思わず目を背ける。どうあってもナイトの味方にはなれないからだ。謝罪するよりも早くウィザードが先手を打つ。
「人、ましてや上司に対し暴力をふるっておいて咎の一つも無いとは思ってくれるな。ナイトとの話し合いが終わったら貴様の処遇も検討する。座して待て。己が罪を悔い、判を受け入れろ」
「はい、おっしゃるとーりっス……」
意味を尋ねるのは火に油を注ぐだけだと察し、唯々諾々と頷き返す。ついでに両手を肩の上まで上げ、抵抗の意志はないと示した。
未だ諦めのつかないナイトへ諦観を勧めるべく言葉を探す。こういった場面にぴったりの決まり文句があったと記憶していた。頭の中で広げられたままの記憶のノートが吹雪に吹かれて捲れていく。広げられたページに綴られた文字こそが、求めていた言葉と確信し、そのままナイトへ向けて言い放つ。
「ナイトさん、諦めて俺と同じ墓へ入りましょう!」
次の瞬間、ドロップの意識が吹き飛んだのは言うまでもない。
かくしてその夜もまたいつもと同じだ。いつもと同じ、ナイトの記憶に残る夜であった。




