4月第2週
4月第2週
春の陽気に様々な植物が入り乱れて咲き誇っていた。始業のチャイムを10分後に控え
グラウンドと本校舎を結ぶ小道を次々と生徒が通過していく。通称花道と呼ばれるらしい
特に多くの花に囲まれたその小道を抜けるのはほとんどが今年入学の1年生。
「桜やチューリップといった煌びやかな植物の数々に囲まれたこの場所は絶景!」
観光雑誌顔負けの仰々しいコピーの踊る新入生歓迎号と題された学校新聞を片手に
藤倉清吾は教室の窓越しに花道とそこを歩く生徒達を眺める。
自分で通ってみた時も思ったが、いささかこの表現も大げさなものではない。
バランスよく手入れされた芝生の庭を渡るコンクリートの地面の脇を彩る赤や黄色、桃色といった
この時期でしか拝めないであろう色の花の数々。春の陽光に誘われたモンシロチョウと共に
暑くも寒くもない穏やかな風を受ければそこに春の1ページが出来上がる。
春のうちに花道でお弁当を食べてみたい。どこからともなく聞こえてきた女の子のそんな言葉に
思わず共感を覚えてしまった。
入学式を終えてわずか1日。もともと知り合いだった者か、もうすでに友人を作ってしまった
社交性豊かな者以外は皆清吾と同じように一人で過ごしている。
さすがにこの短い期間で友人を作る者は少数派だったようで、女の子のグループがいくつかと
男子生徒同士が2~3人で固まっているのが見受けられる以外はほとんどが一人。
そのグループも元々知り合いであった生徒が大半だったようで、会話も今年も一年よろしくだ、
中学校の時はどうたらだととても昨日今日の関係ではない事を伺わせる物だった。
新聞の校内施設紹介を読み耽っているうちに始業のチャイムが鳴った。
教室の時計で8時30分ジャスト。内容は中学校舎と高校校舎の間にあるらしい学生食堂の
メニュー紹介だった。カラー写真で載せられたそれを見て清吾は胃袋が動くのを感じた。
それと同時に今日の鞄の中身を思い起こす。それには高校生の必需品といっても過言ではない
ある物が入っていないのを清吾は知っていた。母親の寝坊というベタなミスで引き起こされた
事態によって家族全員が朝食抜きという憂き目に遭い、少しだけ軽い鞄を手に駅に向かった。
買い食い禁止という昨日入学したばかりの学校の校則を律儀に守って、道中何件かの
コンビニはすべて無視。鞄の中身を増やさないまま校門をくぐる。
学校名に相応しい豪華な桜の花が咲く花道を通ればすぐに校舎。
まだ2回目となる玄関をくぐるのにわずかに緊張をする。
距離的には目と鼻の先の教室にたどり着くのに随分時間を要したような感覚がした。
教室に入れば三分の一ほどのクラスメイトが先に登校していた。始業のチャイムまで残り20分。
黒板に張られた座席表と机の位置を照らし合わせる。どうやら出席番号順になっているようだった。
1ミリのずれもないよう配置されたと錯覚するほどきっちり並んだ机の上にはプリント類。
その中でやや大きい紙とカラーのフォントが目を引いたのは校内新聞だった。
その新聞は進入生歓迎号のタイトルにふさわしく記事は教師の簡単なプロフィール、
校内の名所紹介といったいかにも新入生向けといった感じだった。
暇つぶしも兼ねてその中身を読み耽る。高校の校舎だけで全校生徒1000人を超えるマンモス校。
記事のボリュームも教師の数も半端ではなく、ちょっとした小冊子顔負けの量だった。
そうこうしているうちに教室の机は次々とクラスメイトで埋まりやがてチャイムの音。
きっちり2分の間を置いて担任教師が到着した。30前後の比較的若い男で、クラス担任を受け持つのは
このクラスが初めてだとか。簡単なホームルーム、今日の予定の報告などが終わる。
それにはクラス替え直後のお約束、オリエンテーリングも含まれていた。
早々にオリエンテーリングはやってきた。4~5個ほどの担任から指定された
自己紹介の項目を埋めていくだけの簡単なもの。それは名前や出身中学、趣味や誕生日などの
当たり障りのないもので、これといったアレンジを加えるものも特におらず、
淡々と過ぎていく。数人緊張が見られた者もいたが、まあそれは愛嬌。
クラスの2/3ほどの自己紹介が終わり、いよいよ清吾の番。簡単な台本は頭の中にある。
あとはそれを噛まずに復唱するだけ。それでよかったはずだった。
「名前は藤倉清吾です。出身中学は花森中学、趣味は読書です。
あっ、あと僕も誕生日が4月1日なので、インパクトがあるねとよく人に言われます。
よろしくお願いします」
気まぐれで付け足した一言。拍手の音に包まれて清吾は席に座る。
かなり前に自己紹介を終えた自分と同じ誕生日を持つらしい杉戸光一という男の方を何気なく見た。
光一は少し驚いたような目でこちらを見ている。まあある意味納得だ。
年度の終わりを告げる日に生まれたこのクラスで一番年下の男。
まさか同じ誕生日の者がクラスにいるとは思わなかったのだろう。
教卓では担任が40人のクラスで誕生日が同じ者がいる確率は9割だという話をしていた。
数学教師らしい雑学の披露に、苦笑がいくつか漏れる。だが、次の瞬間には清吾、
光一、そして他のクラスメイトやその担任が固まる事態が起きた。
やや童顔で小柄な男子生徒が立ち上がる。清吾の真後ろの席。清吾も首だけをひねってその姿を見た。
「蛍原風太です。付属中学出身で、趣味はカラオケです。あっ、あと
僕も杉戸くんや藤倉くんと同じで誕生日が4月1日です。よろしくお願いします」
さすがに教室がざわついた。驚きの声を上げるものや興奮気味になる者もいた。
つい先ほど文字通りの雑学を披露して教え子を苦笑させていた担任が、今度は
清吾と風太の方、そして光一を交互に見て笑う番になった。
「おー、すごい偶然だなー。4月1日生まれが3人かー。こりゃいい話題の種になるんじゃないか?」
そしてその言葉は実現した。40人の自己紹介をきっちりと終えた所でチャイムはなり、
自由時間となった。特にすることもなく席を離れなかった清吾は、風太に捕まることになった。
「先生も言ってたけど、すごい偶然じゃないですか?」
初めての者同士が交わす会話特有の少しむずがゆい敬語。清吾はそれにうなずく他なかった。
「40人クラスに同じ誕生日が3人ですからね。俺もびっくりしました」
清吾のその言葉に風太は笑った。気がつけば二人の脇には3人目の4月1日生まれ。
その男、杉戸光一もしっかりと会話に加わった。話題となっている誕生日を持つ者だ。
二人に彼を拒む理由なんてなかった。自己紹介の時と同様の少しだけ聞き取りにくい低い声。
「3人誕生日被る確率ってどれぐらいなんでしょうね」
「うーん、検討もつかないや」
独り言とも返答ともつかない風太の声。そのまま二人はああでもないこうでもないと
話を続ける。当然清吾もその輪に加わった。
午前の予定がすべて終わり、ようやく待ちに待った昼休み。早速グループを作った者は
弁当を片手に教室の片隅や中庭など好き勝手な場所に消え、残った生徒は3/4ぐらい。
風太は早速いそいそと弁当を広げ、食事の準備。当然のように光一も椅子を片手にやってきて、
風太の机の上の片隅を借りようとした。だが、清吾は後に続く事はできない。
「あれっ、藤倉くん弁当忘れた?」
風太の声。その机の上にはすでに中身が見えている弁当箱。中身はから揚げやえんどう豆といった
いたってオーソドックスなものではあったが、それすらも今の清吾の
食欲を刺激する。風太の弁当に目をやったまま、清吾はうなずくしかなかった。
「いくら優しい俺でも会って1日目の人間に弁当はやれないなー」
弁当箱を少し清吾から遠ざけ意地の悪い笑みを浮かべる風太。
光一はいつの間にか弁当箱を風太の机におき腕を組んでいた。
「食堂に行こうと思って」
財布を片手に席を立つ清吾。最初の一歩を踏み出す前にその声は聞こえてきた。
「待って!ずるい!俺も行く!あそこの食堂うまいんだよ!」
大慌てで弁当を片付けながら風太が言った。その作業が終わるのを見届けて、
光一も席を立つ。ちゃっかり弁当箱を握ったまま。
「俺もあそこ興味あるんだよなー。新聞に載ってた花道見えるらしいじゃん?」
食堂は地図に幾分の狂いもない場所、付属中学と高校の校舎の間に存在した。
花道を逸れ、アスファルトの道路から土の地面に道が変化する。それはすぐに
食堂へと誘導する飛び石の道に変わった。街中の小洒落た喫茶店といっても
違和感のないムードのある建物とその周辺。それを少し強くなった風によって
舞った桜の花びらが彩っていた。
出入り口をくぐりすぐ左手には食券を買う自動販売機。そこには数人の生徒の列。
奥をのぞけばもうすでに席が半分ほど埋まったテーブルの数々。
風太や光一同様に弁当とは別に食事を摂っている者もいるようで、
高校の食堂にしては豪華すぎる品々が広がっていた。
それこそここを喫茶店と見間違えるほどに様々なバリエーション。
これなら弁当なんてないほうが幸せだ。思わずそう思えるほどに。
自動販売機の前では女の子5人のグループがデザートも食べるか食べないかで迷っていた。
途中清吾たちの視線に気づき、あわててそこどける少女達。
「ありがとう」と小さく例をして、風太が少女達のいた場所に足を近づけた。
結局食事の中身は3人全員がカツ丼となった。窓に近くて暖かいからという
理由で選らんだ4人掛けのテーブルにそれぞれのお盆を載せ、割り箸を割る
音と共に食事を開始する。ボリュームはそれなりで単体でも小食な者なら
十分すぎるほどに腹を満たす量はあった。風太も食欲にまかせて行った
行動に「俺食えるかな」と苦笑をもらす。
光一に至っては弁当とは別に大盛りを頼んだ始末で、「食べれるの?」という風太のもっともな
疑問もそっちのけに器用に弁当箱の中身とカツ丼の両方を口に運んでいた。
「おおー、こりゃあムードがあるなあ」
もうほとんどの食べ物が胃の中に消え、清吾の空腹感が満腹感に変化してきた頃、
唐突に光一が声を上げた。清吾と風太もその声にあわせて
光一の視線の先、大きなガラス窓の向こう側にテラスを望む南の窓を見た。
清吾も思わず声を漏らした。昼を少し過ぎた頃を暖かく照らす柔らかな白い光に
それに映し出されるピンク色。桜の花びらが風に乗って宙を舞い、
ある花びらは浮かび上がり、ある花びらは地面に落ちてピンク色の絨毯の
一部となる。桜並木の向こうには桜の薄ピンクより派手な色をした大輪の花々が
周囲の人間を誘うように美しさを競っている。
この時期ならではの絶景。これを目当てに食堂に来る者も
多いという新聞の触れ込みもいささか誇張ではない、
思わずそう考えるほどの美しい景色。花道やその終点に位置する名物大きな一本桜も
教室の窓からやその場で直接見るものとは違った美しさを持っていた。
「俺、ここ4年目だけどこんなにきれいだなんて知らなかったなー。
ここ来るきっかけになった藤倉くんに感謝かな」
「俺もだよ。なんか花見とかしたくなってきた」
「いいねそれ!いつか本格的な花見とかやろうか!」
「ゴールデンウィークとかになっちゃうけどね。多分人がいっぱいだ」
「それでもいいって!ってかなんか今から楽しみになってきた!」
とても今日が初対面の者同士とは思えないほど打ち解けている二人。
少々人見知りの気がある清吾としてはその輪の中に入るには少々
抵抗があったが、それを同じ誕生日という絆で結ばれた二人が許すはずはない。
「藤倉くんも予定空けておいてもらえるか?ゴールデンウィークならいつでもいいからさ!」
参加決定。一歩間違えればただの強引な人になりかねない風太のこの行動。
それでも、不思議と嫌な気分はしなかった。引っ込み思案で中学の頃も
限られた一部の友人で行動することが多く、その友人ほぼ全員と高校が離れ離れに
なってしまい、新たな環境に馴染めるかどうかが正直不安でもあった頃に颯爽と現れた男二人。
自分の自己紹介がなければなかった出会いでもあったであろう。そして、
この高校に入学して初めて出来る友人でもあった。この二人との出会いが高校生活を
どう変化させていくのか。その転機ともなるであろう花見というイベントに身を投じるのも
悪くはない。そう思った。
「わかった。予定空けておくよ」
男二人のニヤリとした笑み。もう俺達を止めることはできない。そう言わんばかりの表情であった。
「じゃあここから先の話はまたいつかにだな!そろそろ教室戻りますか!」
ガタッと音を立てて風太が席を立った。それに合わせて清吾と光一も立ち上がり、
トレイを食器返却口に戻す。そして食堂を後にしたと同時に予鈴が鳴り、3人仲良く大慌てで
花道を駆ける羽目になったのもこの出会いがあった故。




