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22. そんなことがあったら奇跡だよ

 雪之丞から貴重な情報を得ると、時男たちは翌日すぐに響斗に伝えた。


「やはり、平気で人を焼き殺すような悪霊だったか……」


 帝霧館の庭内で、芝生に腰掛けながら響斗が呟く。


「咒文を使われたら、私たちどころか一般人にも被害が出るってことよ。あいつ、相当ヤバいわね」


 そう言いながら、黙って寝転がっている時男の横に雛も腰掛けた。


「さすがに、隊員でなければ扱えない事件になってきたな」


「アタシもそう思ったけど、隊員の人たちは、今は創世会のことで手一杯だから無理よ」


「じゃあ、どうするんだ? このまま俺たちだけで追うのか?」


「それは……。アタシだって困ってるけど……んっ? ちょっと時男、何寝ようとしてんのよっ!」


――パアンッ――


 時男が目を閉じていることに気づき、雛が時男の頭を叩(はた)く。


「痛ってっ。何すんだよっ、俺は寝てねえってっ。目を閉じてただけだろーがっ」


「あんたもどうするか考えなさいよっ」


「いや、考える必要はねーよっ。俺は、もうどうするか決まってるし」


「えっ?」


 上半身を起こした時男の言葉を聞き、雛とともに響斗も時男に注目した。

 そのまま時男の心の内を訊(き)く。


「どうするつもりなんだ、時男?」


「ん〜。俺はさあ、お前らがどうしょうと最後までやるぜ。だって、せっかく京園寺さんが俺たちに任せてくれたんだからさ。できたら隊員の人たち抜きで解決してえ。何よりこれって、成り上がるチャンスじゃん」


「またそれか……。死ぬかもしれないんだぞ」


 響斗は、時男の軽(けい)率(そつ)さに少し腹を立てたように見えた。


「そんなん、この仕事始めた時から分かってたことなんじゃねーの?」


「……っ!」


 時男の言葉に、響斗だけでなく雛もハッとする。


「あんた……なんか言うようになったわね。コンマ一秒だけ、あんたがカッコよく見えたわ」


「あー、そりゃどーも。本当はさ、俺だって死ぬのは怖えよ。それどころか殴られんのもケガすんのも嫌だ。だけど、もう逃げるとかそういうのはいーや」


「時男……」


「そういうの卒業してMISTに入ったんだからさ。もうそ……ん? あれは……」


 その時、ある人物が時男の視界に入った。


「蛍さんだっ! 蛍さーーーーんっ!!」


 時男の想(おも)い人(びと)、三番隊の蛍である。

 蛍の名前を呼ぶと、時男はすぐさま立ち上がり、遠くの蛍のもとに駆けだした。


「ちょっ!」


――ドターーンッ!!――


 雛が声をかけようとすると、我を忘れた時男が盛大に転ぶ。


「痛っ、いやっ、やった! 血が出た! ラッキー! 蛍さーーんっ、ケガしましたーっ! 蛍さんの治療が必要でーーすっ!」


 頭部から血が出ているにもかかわらず、時男はすぐに起き上がり、嬉々(きき)として走っていった。


「ケガすんの大好きじゃん……。ケガしてあんなに喜ぶ奴は、あいつぐらいね。恋って怖いわ……」


 雛が呆気にとられていると、響斗がクスッと笑う。


「求(きゅう)愛(あい)方法がケガすることとはな。時男らしくて笑える」


「確かに笑えるけどさあ、今はそれどころじゃないわよねえ。で、あんたはどうすんの?」


「んっ? ああ、そうだなあ。俺を負かした奴にあんな風に言われたら、俺も逃げられなくなったよ」


「……そうよねえ。あいつバカだけど、たまにドキッとするようなこと言うからなあ」


「やれるとこまで、やってみるさ。そもそも、あいつのせいで俺はあんな二つ名までつけられたんだぞ。このまま終わるなんて絶対にプライドが……」


「ん? あれって……」


 響斗が力説している途中で、今度は雛の視界に何者かが入る。


「やっぱり! 桜さーーーーんっ!!」


 それは二番隊の紅(こう)一(いっ)点(てん)、桜だった。

 桜に指導を受けて以来、雛の中で最も憧れる存在が桜となっていた。


――ダッ!――


 すぐさま立ち上がって、桜のもとに駆けていく。


「おっ、おいっ」


 結局、響斗は二人に置いていかれるかたちとなった。

 少しのあいだキョトンとしていたが、嬉しそうに桜と話す雛の後ろ姿を見て、自然と笑みがこぼれる。


「ふっ、好きな人と憧れの人……か……」


 響斗がそう呟くと、背後にすっと巴が現れた。

 響斗と同じ方向に視線を向け、優しく声をかける。


『お前にも、そういう存在ができるといいな。人生に華(はな)がでる』


 この巴の言葉は、すぐに響斗を振り向かせた。


「俺は……巴がいればいい」


 響斗の瞳に、巴だけが映り込む。


『そう言ってくれるのは嬉しいが、生きてる人間の話をしてるんだぞ』


「……嬉しく思ってくれてるのか?」


『なっ、違っ。おいっ、話を逸(そ)らすな』


 赤面する巴を見て、響斗は愛おしそうに笑った。


「ふっ、テレるお前も可愛いな」


『う〜、その幸せそうな表情をやめろっ。まったく』


「そんなに嫌か?」


 響斗が巴の顔を覗き込む。


『嫌とかそういうことじゃないっ』


「じゃあ、なぜ?」


『人間と霊体はな……絶対に……結ばれないんだよ。そんなことは分かってるだろ?」


 巴は話しながら、少し寂しそうな表情を見せた。


「これだけの人間と霊体がいて、万(ばん)古(こ)の昔から一度もないと?」


『少なくともアタシは聞いたことないし、そんなことがあったら奇(き)跡(せき)だよ』


 巴の力ない笑みが響斗に向けられる。


「……悪いな」


『んっ?』


「俺は……奇跡を信じているんだ。だから、諦めないよ」


『響斗……』


 いつもは強気な巴が、この時だけはか弱い女性の顔を見せた。弱さが許(きょ)容(よう)される安心感を、響斗に感じたのである。


『……バカだな、お前は』


 その言葉とは裏腹に、巴はあどけない笑顔を見せた。

 帝霧館という特別な空間の中で、時男、雛、響斗の三人がきらめく時間に身を委(ゆだ)ねていく。

 この時、三人はまだ知らなかったのである。

 道満の計画が、また一段階進んだことを。


『ふはははっ。どうだ、朱(シュ)っ? これだけ集めたぞっ』


 無数の幽体の前で、道満を宿した少女が、高笑いしながら隣の男に話しかける。


「素晴らしい。人間では、この短期間にこれだけの幽体は集められなかったでしょうね。敬(けい)服(ふく)しますよ、道満さん」


 朱と呼ばれた男は、かぶっていたパナマ帽を取り、芝居がかった深いお辞儀(じぎ)を見せた。


『ふっ、お前も死んでみてはどうだ? 中国人は好かんが、お前なら部下にしてやってもいいぞ』


「ご冗談を。私はまだ生(せい)に未(み)練(れん)があるので。それに、人間のままでも充分にあなたのお役に立てたでしょう?」


『確かにな。お前のおかげで再(さい)興(こう)の算段がついた。このままいけば……ん?』


 二人が揚々(ようよう)と話していると、幽体たちが何か言いたげに寄ってくる。


『道満……さま……本当にあんたに従えば……俺たちは……成仏……させてもらえるのか……?』


『もう……遺(い)恨(こん)や後悔に……縛られたく……ないのよ。どう……なの?』


『約束……したよな……? ここに来たら……もう苦しまなくて……いいって。霊界にたどり着く力が……与えられるって……』 


 一度質問が発せられると、廃村に集められた幽体たちが、次々と道満に質問を投げかけた。


『ちっ、幽体というのは本当に堪(こら)え性がないな。だが、いいだろう。せっかく集まってくれたんだ。すぐにでも俺の力を分けてやろうじゃないか。幽体のままでは貧弱すぎるしな』


 道満が答えながら、右手の人差し指と中指を眼前で立て、咒文の詠唱を始める。

 すると、詠唱が進むとともに、幽体たちの青白い光が輝きを増していった。


『こっ……これは……力が湧いてくるような……』


『そ……そうね……心も……軽くなっていく……気がするわ……』


 幽体たちの声を聞き、道満が密かに薄ら笑いを浮かべる。

 そのまま、咒文の結びを叫んだ。


『駆けろ言霊、式隷転変!』


――ブアアァァァッッッ!――


 その瞬間、幽体たちの体が青白い業(ごう)火(か)に包まれる。


『ぐわあぁぁぁっっ!!』


『きゃあぁぁぁぁっ!』


 あっという間に体が溶けだし、形がなくなり始めた。


『下等な幽体どもめ、甘い話に騙(だま)されおって。そんな性(しょう)分(ぶん)だから悔いが残ってるのだと、死んでも気づかんかっ』


 地獄絵図の中で、道満が今までと打って変わって冷たい視線を向ける。


『き……貴様……』


『騙した……の……ね……』


『ちきしょぉぉぉ……っ』


――シュバッ!!――


 怨(えん)嗟(さ)の言葉とともに、幽体たちは浮(ふ)遊(ゆう)する火の玉に成り果てた。


――フオォォン、フオォォ、フオォォンッ――


 拳(こぶし)大(だい)の青白い火の玉が、幽体たちがいた分だけ大量に飛び始める。


『感謝するんだな。お前たちの無意味だった人生が、ここにきてやっと意味をもったんだ』


 周囲を飛び回る火の玉を眺めながら、道満は嘲(あざけ)るように言葉を続けた。


『お前たちは、俺の式(しき)神(がみ)になれたんだよ。といっても、虫けら程度の式神だがなっ。ふはははははっ!』


 大口を開けて、今まで見せたことがないような卑(いや)しい顔で笑う。

 罵(ば)倒(とう)されたところで、自我さえも失った幽体たちは、もはや言葉を発することもなかった。

 

『これで準備が整った。お前ら、しっかり探せよ』


 命令を発しながら、道満が両腕を広げて叫ぶ。


『幻(げん)宝(ぽう)を手に入れるぞっ!!』


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