第8話「見落としがちな大事なこと」
「ねえ、タカシ!今日はせっかくのお休みなんだから、家でゴロゴロしてないで、友達と遊んできなさい!」
「うるさいな!寝るのが一番だ!何もしたくない!あー!寝るって最高!」
母さんのお説教はいつものことだ。オレは友達付き合いはあまりしないが、友達はたくさんいる。今日も、サッカー観戦を見ようと誘ってくれた友達のサトウとか。でも、オレは断った。だるいからだ。めんどくさいし。いつでも行けるし。
そのうち、サトウから
「お前、いつもそんなふうに友達の誘いを断っていると、本当に友達もいなくなるし、遊びだって今のうちしかできないから、後悔するかもよ!」
って嫌味言われだしたりね。
でも、ムリ。
睡眠を超えるコンテンツは存在しない。それくらい、寝るのが好きだった。
どうやらオレは後回しにすることが得意なんだ。
衝動買いした漫画や本もほとんど見てないで1年以上が過ぎたりとか。
「いつでも見れるから後回しー!」
がいつものお決まりのパターンだ。
友達が映画見ようと誘ってくれた時も、「いつか行くから!」と先延ばし。
結局、行かなくて、友達のサトウ以外は、だんだん疎遠になってきている。
月数回のラインしかしない友達のほうが多い。
「まっ、まだ人生長いんだし。まだ、オレ、18だし。これから体験すればいい!」
そうお気楽になっていたんだ!
ある日、学校の帰り道に、ふと足が上手に動かなくて、つまづいて転んだ。
一日に何回もそういったことが起きたんだ。
4か月後、病院で検査してもらったら、なんと「ALS」だった。
筋萎縮性側索硬化症。徐々に体が動かなくなる原因不明の難病だ。
オレは目の前が真っ暗になった。
根本的な治療法が存在しない病気だ。
これからどうすれば。
あと5年でほとんど体が動かなくなる恐れがあると宣告された。
「これから18歳。まだまだ人生は何十年もある。これからやればいい。たくさん経験すればいい」
そう考えていたが、あと5年で全身が動かせなくなるから、やれることがほとんど限られる。
そのときはじめて思ったんだよな。
「もっと、もっと、もっと友達と遊んでおけばよかった。友達を大事にして、誘いを断らないでいけばよかった。あと5年しかない。もっと映画を、本を、様々なことを経験しておけばよかった」
ってな。
後悔したんだ。
オレは友達のサトウとサッカーを観に行った。
史上最高のプレイヤーと言われるメッツを見るために、アメリカまで行ったよ。
大好きだった女子のフルヤ先輩に告白して、盛大に断られたり。
「あと5年で寝たきりになってしまう!今のうちに、様々なことを体験しておきたかった!」
「ALS」と宣告されてからは、見違えるように変わり、オレは大好きなこと、興味のあること、後回しにしてきたすべてを急ぐように取り組んだ。
友達はみんな驚いていたよ。
母さんは延命処置をしてほしいと、つまり、人工呼吸器をつけてほしいと言った。
オレは母さんのために、その選択を受け入れた。
延命しなければ、あと4年くらいで亡くなるはずだった。
オレは今、人工呼吸器につながれ、日常のすべてを介護され、しぶとく、情けなく生きている。
自分でしゃべることすらできない。そして、さらに、目も動かせなくなり、ほとんど
五感を失うような状況になったんだ。
今、オレはベッドで寝たきりを過ごしている。
27歳だ。
目も開けられずに、日々の楽しみは、ほとんどない。
「過去を思い出す。今まで記憶してきたすべてのことを振り返る。思い出す。思考する」
しか楽しみがないんだ。
そのときまた思ったんだ。
「ああ、ALSと宣告される以前から、もっといろいろなことに積極的に自ら取り組み、経験しておけばよかったと。見てきた映画、読んできた本の内容、家族や友達や今まで会ってきた記憶している人の顔、様々な思い出を振り返り、懐かしむ、思考を楽しむしかできない。楽しみが他にないんだと。もっと、遊んでおいて、いろいろなものを見て、読んで、触れて、インプットしておけばよかった。吸収しておけばよかった。こうやって、体を動かせなくなったときに、唯一の楽しみである、『思考すること』のレパートリー、種類を増やしておけばよかった。気づくのが遅かった。もったいないことした!」
オレはこの感情を心のノートにメモっている。もう、誰にも伝えられない。誰にも話すことができない。
でも、誰かに伝わっていることを願う。
「体が動かなくなるような状況になったときに、唯一の救いは『思考できること、過去を懐かしむ、記憶を思い出す』ということ。だから、いろいろなことを体が動くうちに、経験して、思考できる内容を充実させておいたほうがいいんだって!」
オレみたいにあとで気づいても遅いんだって!
後回しにしないで、たくさんのことを自らぶつかりに行って、経験して、心の宝物を増やしていけって。
そう伝えたいんだ!
寝たきりになって、少しも体を自力で動かせない。
生きてるのが苦痛だった。
延命治療しなければ、とっくにオレは死んでいただろう。
死ぬほうが楽なのではないか。
それを考えなかったと言えばウソになる。
だけど、母親が泣いて喜んでくれた。
オレが延命治療すると決めたときに。
どんな状態であっても生きていてほしいと思えるのが、親の心だったらしい。
オレは目は見えなくなり、何も口から食べられない。自力で呼吸する筋力が衰え、匂いも感じられない。
視覚と味覚、嗅覚を失った。
しかし、音楽を聴いたりしたり、母親の声を聴けたりする聴覚、肌に触れてくれることで感じる触覚は未だ健在!
また、意識があり、思考ができる。
あのとき、こんなことがあったよな。
友達とこんなことして遊んだな!
こんな食べ物、美味しかったな。
あのショパンのこの曲は、こんなメロディーだったな。
あのシャンプーとリンスとボディーソープの香りを思い出したり!
「記憶してきたことを思い出すことができる!感動できる」
それだけで、死ぬよりはマシなんだ!
だから、
オレは生きたいと思えている。
生きているっていうのは、こんな状況ですら、素晴らしいことなんだって、
わかってほしいんだ。
確かに苦しいことも山ほどあるが、
それ以上に、幸せも必ずあるんだってことを。




