13 師匠の腕が良いのだろう?
アドレニア城の大広間。大理石の床がシャンデリアの光を美しく反射するこの空間に集まったのはざっと百名程度か。社交経験の乏しいエリーにとっては十分多い数ではあるが、それでもこの大広間では少なく感じてしまう。
しかし数こそ少ないものの、今日この場にいるのは皆王家の方々が直に選んだ選ばれし招待客ばかり。王家の親戚筋に当たる公爵家の面々を筆頭に王族の個人的な友人、特に友好的な国の大使、といわば『特別扱い』を受ける人々ばかりだ。
そんな特別な人々の視線が自分たちの元へ注がれるのを感じてエリーは少し身体を固くし、エスコートするライネルの腕に添える手の力を強くした。
「大丈夫ですか? エリー様」
「えぇ、ライネル様。少し緊張してしまっているだけです。ライネル様はさすがですね」
視線を浴びている、という点では自分と同じはずなのに全く動じる様子のないライネルをエリーはさすが、という思いで見上げる。もっとも当の本人は何でもない風だ。
「私は今までもこういった場に来ていましたからね。エリー様も場数を踏めば慣れて来るでしょう。ほら、それに今日一番の味方になってくれる方がいらっしゃいましたよ」
そう言ってライネルが目配せする先を見ると濃い青色の大人っぽいドレスをまとったアデレード王女が手招きしている。うなずきあった二人は王女のもとへと少しだけ歩みを早めたのだった。
「まぁ、エリー! よく来てくれたわ。それにドレスもとっても素敵じゃない。勿論彼女のことだから素敵なドレスを作ってくれるのは知っていたけど期待以上だわ。ほらもっとこっちで見せて頂戴」
そう言ってこれまでライネルの腕に添えられていた手をぐっと引き寄せて、エリーを自分の側に来させる。
挨拶をする暇もくれない上に、マナーも何も無視した振る舞いだが、大人っぽいドレスでありながら、どこか少女めいた雰囲気も残すアデレード王女がするとどこかチグハグな魅力になる。
もっともライネルや彼女をみた年配の貴族は目をしかめるが王女は気にしない。そもそも礼儀を気にせずにエリーとの会話を楽しむためにまだ舞踏会が始まる前の非公式な時間に側に呼び寄せたのだ。それに彼女がエリーの前で自由に振る舞うことでエリーが彼女の私的なお気に入りであることを示す意味もあった。
アデレード王女とエリー、王女がお気に入りの職人が腕を振るった2着のドレスは色の濃さが大きく違うが、実は同じ系統の青色をしているため、二人で並ぶとまるで姉妹のような印象を受ける。装飾が少なくスッキリとした王女のドレスに対し、エリーはレースやリボンをふんだんに使い初々しさを感じる甘い仕上がりだ。
王女のほうが頭一つ分背が高いこともあり、そんな彼女がエリーに微笑みかけていると、まるで本当に社交界デビューする妹を気にかける姉のようにも見え、最初こそ目をしかめていた年配の人々も「まあ、あの王女なら仕方ないか」と微笑ましく見守りだした。勿論それは彼女の自由さが知られているだけでなく、彼女がやる時はきっちりやる王女だ、ということを今まで身をもって示して来たがゆえでもあった。
思う存分エリーのドレス姿を堪能したアデレードはふと柱時計に目をやり、それからこれまでまるでいないかのように振る舞っていたライネルに声をかけた。
「あら、そろそろ陛下のいらっしゃる時間ね。一旦戻らないと。ライネル、エリーのことは任せたわよ。牽制はしておいたけど彼女に興味を持っている人は大勢いるのだからしっかりフォローすること。良いわね」
さっきまでの自由人はどこへやら。キリッと表情を引き締めてライネルに声をかける姿はやはり王族。ライネルも背筋を改めて伸ばし礼で答えた。
王女の言葉通りライネル達が王女の側を離れ広間に場所を確保すると程なく密かなざわめき共に国王夫妻が広間に現れその場の人々が一斉に頭を垂れる。
数回こういった場に顔を出しているエリーだが、いずれも王族が入場したあとに部屋に入る、という特別扱いを受けていたため、国王独特の威圧感が場を支配する空気間に呑まれ、ただライネルに合わせて頭を垂れていた。
国王が合図したのだろう、周囲の人々が礼を解く気配がしたことでエリーの緊張もようやくほんの少しだけ解ける。とはいえ、それも束の間、続けて国王が新年の祝いの挨拶がなされる。これに答えて集まった人々は乾杯の杯を掲げ、そしてあちこちでグラスが触れ合う音がし始めたところでようやく止まっていたかのような広間の時間が動き始め、エリーもライネルのほんの少しほほえみあってから控えめにグラスをあわせ、中身を飲み干した。
国王陛下夫妻が広間の中心に進み一曲ダンスを踊り終えると、そこからがダンスの時間の始まりだ。人々がそれぞれの相手と踊る場所を確保し始める中、エリーはいくつもの密かな視線が自分に集まるのを感じる。それはライネルも同じだったようだった。
「やはり私達は注目されているようですね。まあ多くは毎年変わらない面々が出席する会ですから、仕方ないでしょう。早速ですが一曲踊って見せておきましょうか」
仕方ない、と言わんばかりのライネルに苦笑しつつ同意見のエリーもうなずく。ライネルとの練習でダンスを楽しい、と感じるようにはなったが、かといってあちこちの視線を集めながら踊る、となるとまた別である。少しの憂鬱さと「頑張りましょう?」の意をこめた微笑みを浮かべつつライネルが差し出した腕を取って少しすると、楽団がワルツを奏でだした。
舞踏会も序盤とあって奏でられるのは定番の曲。練習で何度も踊った曲とあって、一挙一足をみるかのような視線にさらされつつ特に間違いもなく踊りきったエリーはそのままライネルに導かれるまま踊りの輪をでる。ライネルとしてはダンスは完璧だったとはいえ、気疲れしているであろう妻を休ませるつもりだったのだが、そうもいかない人物が彼らとのもとへ歩いてきた。
「ようこそ、イーストル魔法伯爵夫妻。夫人は久しぶり、ライネルは年末以来だね」
「ジェフリー王太子殿下、新年のお祝いを申し上げます」
やってきたのはこの国の王太子ジェフリーだ。挨拶を述べ、腰を折るライネルとそれに合わせ深く腰を落とすエリーにジェフリーは軽く笑顔を返した。
基本的にはアデレード王女と近しいと思われているライネルだが、現国王一家の仲が至極良好なこともあり、ジェフリー王子とも関係は良好だ。むしろお転婆な妹によく振り回されている官僚、として同情されつつ、頼りにされているところもあった。
「あぁ、ふたりとも顔を上げて。そんなに堅苦しくしなくても良いのに。パーティーは楽しめているかい」
「おかげさまで」
「とても素敵な舞踏会ですわ」
二人が続けて答えると
「それは良かった。ところで実はここに来たのは夫人に用があってね」
と、言うとさっと右手を差し出して、エリーの左手を取ると、その場で膝をつく。
突然のことにエリーはびっくりしたように固まり、エリーを盗られた形になったライネルはなんのつもりだ、とジェフリーをにらみつける。
王族を上から睨むなど、不敬だと言われても仕方ないのだがジェフリーは特に気にすることなくカラリと笑った。
「相変わらずライネルは過保護だね。でも私が夫人を誘ったのはそんなライネルの期待に答えるためなんだよ」
「ご説明いただけますか?」
ニコリと笑って離しつつ、握ったエリーの手を引くジェフリーをなお凝視しつつライネルが聞く。その冷たい視線に加え、遠く上座の方からも冷たい視線を感じ始めたジェフリーは「分かったよ」と言い一旦エリーから距離をとった。
「今日夫人は実質社交界デビューのようなものだ。何度かパーティーには出席しているが今までは接触を厳しく制限していたからね。だから彼女に興味を持っている客は非常に多い。その誘い全てを断るのは難しいだろ?」
「おっしゃるとおりですね」
「だが、この場において特に断りづらい人物である私と踊れば、私より下位の者の誘いは断りやすくなる。あとは夫人にとって負担にならない者を選べば良い」
それは君の仕事だ、と言わんばかりにライネルを見るジェフリー。一方エリーは王太子がそこまで考えてくれていることに驚き、そして少し申し訳無さも感じていた。
「過分なご配慮をいただき誠に感謝致します、殿下。私がこのような場に不慣れなばかりに」
「気にすることはない夫人。王家としても突然これまでと別の世界に連れてきたようになってしまったことを悪く思っていない訳ではないのだ。と、いう訳で父上、母上やアデレードとも相談の上、夫人を誘いに来た、と言うわけだ。最初は父上がいらっしゃるおつもりだったようだが、荷が重すぎる、と母上とアデレードに止められていたな」
「最初は陛下が……」
「賢明なご判断です。妻が緊張で倒れてしまいます」
「そういうわけで、次の曲を申し込みたいのだが、改めて魔法伯爵、夫人と一曲踊ってもよろしいか」
纏う空気を切り替えたジェフリーは今度は礼儀正しく軽く腰を降りライネルに申し込む。
「妻をよろしくお願い致します」
これにはライネルも臣下の礼で応え、妻の手をジェフリーに託したのだった。
エリーがジェフリーに導かれ広間のやや中央へとやってくるとさっき以上のざわめきが聞こえてくる。とっさにさっきまでいた方向を見ると「頑張って」と言わんばかりにライネルが微笑む。そして視線を前に戻すと
「難しいかも知れないが、周りは気にせず、笑顔で踊りきれば良い」と言うジェフリー、そしてその向こうにはアデレード王女が軽く手を降ってくれる。自分の事を気にかけてくれる人々の応援を感じて、エリーはホールドの姿勢を取った。
ジェフリーと踊るのは先程と同じく定番のワルツだが、今度は少しアップテンポだ。とは言え始めこそなんとかジェフリーについていっていたエリーも何度もライネルの練習した曲であることもあり、段々余裕を持てるようになってきた。
「上手いじゃないか。これが舞踏会デビューとは思えない」
「光栄にございます。殿下がリードしてくださるからですわ」
「いやいや、私のダンスの腕は普通だよ。それを言うならあなたの師匠の腕が良いのだろう。ダンスの練習はライネルと?」
「はい、ライネル様が音楽を流す魔道具を出して下さいまして。侍女や従僕のみなさんも練習相手になってくださいますが、ライネル様も時間のを見つけては練習してくださりました」
「ああ、そう言えば昔ライネルがそんな魔道具の話をしていたことがあったな」
最初は公式の場で初めて一緒に踊る人とステップを踏むなんて、と緊張していたエリーだが、城に上がって以降気にかけてくれていた人物、ということもあり、ダンスそのものを楽しむことが出来るようになってきた。
ジェフリーが作ってくれたスペースでメロディーに合わせて軸足に体重を乗せるとそのままクルリとターンする。すぐに軽く引き寄せら得るとそのまま向かい合って動き出す。
何度も繰り返し練習したからかいつの間にか自分にも自信が付いていたらしい。ライネルの元に戻ったら感謝をもう一度伝えなければ、そう頭の片隅で思いつつ、エリーは心からの笑顔で王子との一曲を踊り終えた。
「素晴らしい時間だった、夫人」
「こちらこそ、殿下にお誘いいただく栄誉を賜り心より感謝致します」
ジェフリーの言葉に大きく膝を折る礼をとるエリー。そんな大げさな、と笑いつつさぁ、夫の元に夫人を返さなければね、とライネルの方をみたジェフリーは少し苦い顔をした。




