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第52話 不滅の御旗 前編


 トオル達は十数分間歩き続け、ヴェル博士と護衛の帝国兵二名と合流した。ヴェル博士がこちらに気が付くと、トオルに駆け寄り抱き付いた。


「トオルじゃない! そろそろ来ると思っていたわ!」


 習慣かのように匂いを嗅いで来る彼女を、トオルは引き剥がす。


「無事に再会できた事を喜ぶ前に、色々と聞きたい事がある」


「……それは、ラナリの事かしら? それともゲネシスが有無を言わさずあたし達に攻撃を始めた事?」


 ゲネシスはズーニッツ帝国に対して宣戦布告などしていない。彼らは、この戦争をまるで領土内で起きた暴動を鎮圧しているだけだと言わんばかりであった。


「そのことはどうでもいい。大事なのはラナリのことだ。力を制御できるようになってはいるようだが、戦っている時の彼女の目付きは戦士のそれだ」


「……あたし達はゲネシスによって創られた。でも、その理由までは話してなかったわね。彼らゲネシスは、古代の聖遺物から力を得られなかったのよ。それで、人類の一部を攫ってDNAからあたし達を創った。聖遺物の力を使える戦奴として」


「……あんたらの血に流れているナノマシンは、聖遺物の力を得ると人殺しに抵抗が無くなっていくのか? このまま狂ってしまうのか?」


 トオルの推測にヴェル博士が満足そうに微笑んだ。


「半分だけ正解ね。正確には、戦闘に関連したストレスは全てナノマシンが打ち消すのよ。ラナリのように覚醒した者は全てね。……でも、安心してくれていいわ。非日常から戦闘の無い日常に戻れば、普段通りの彼女になるはずだから。それに、ストレス障害も防いでくれるし、悪い物では無いわよ。まあ、ゲネシスから見たらあたし達は、戦闘の時だけ機械のように戦ってくれる画期的な奴隷でしょうね」


 ヴェル博士が「お話は終わり」と歩き始める。


「ちょっと待ってよ。あんた達って人類の血が入ってるっていうの? しかも奴隷って……この戦争はクーデターのようなものってこと?」


 ナカジマがヴェル博士の話に驚く。セーズもまた驚いた様子だった。スレクトが、そんなナカジマを無視して、トオル達にわずかな情報に基づく戦況を説明した。


「おそらく、地上の陸軍総司令部は既に存在せず、指揮系統は滅茶苦茶だ。軍全体の半分以上が壊滅か敗走をしているだろう」


 戦況はトオルの想像以上に最悪だった。わずかな情報でこのような最悪な戦況だと誰しもが憶測してしまうぐらいなのだから、全体を把握した時の衝撃はもっと酷いものだろうと、トオルは溜息を付く。歩いている面々もどこか顔が暗かった。


「せめて後二年の期間さえ有れば、発掘した古代艦艇で防衛が出来たんだがな……」


「スレクト少尉の言う通り、戦力を整える時間が足りなかったわね。それか、もしかしたら発掘作業がゲネシスを刺激したのかも。何にせよあたし達は、このまま地下司令部まで歩き続けて、帝国軍がどうなっているのか全体像を把握しないとだめね」


「ナカジマ、人類はどうなったんだ? あの様子だと戦ったんだろ?」


 トオルの質問にナカジマが鼻で笑う。さっきの話で色々と合点がいったようだった。彼女は鼻で笑った後、少し自棄な言い方をした。


「人類の大艦隊は、ゲネシスの艦隊にぼろ負けして尻尾撒いて逃げたわ。だから、あんた達の国が考えているような、人類の軍をクーデター成功の為に巻き込む事は不可能ね。今は、あんたらの事を指さして笑ってやりたい気分よ」 


 トオルは、ナカジマの言った事でズーニッツ帝国が何を考えていたのかを理解した。人類の宇宙軍をゲネシスと戦争状態にする為に、アネシア王国の遺跡にあった惑星の秘匿装置を破壊させた。人類がゲネシスに勝てば、帝国は労せずしてゲネシスの支配から解放される。 

 

 そして、人類とゲネシスが争っている間に遺跡から発掘した物を使って軍備を固める。この発掘した古代の兵器は、対ゲネシスに使えるし人類と交渉する上で役に立つのは明白だ。だが、人類が彼らの想像以上にあっけなくやられてしまった事で、彼らは戦略の転換を迫られた。トオル達にしてみれば、世界を巻き込んだとばっちりの被害者である。


 トオル達は、二時間半ほど歩き続け地下司令部に着いた。入口は、土嚢やバリケードで防備を固めており帝国兵が八名ほど睨みを利かせていた。帝国兵の一人が、スレクトやヴェル博士、第二小隊の生き残りを見ると駆け寄ってきた。


「ヴェル博士生きておられましたか。第一帝国技研の研究員達は、既に地下司令部に避難が完了しております」


 帝国兵の後に続き、地下司令部に入ったトオル達は、それぞれの部屋を割り当てられた。スレクトの計らいでトオルら五人は客人として迎えられる事となった。最初に第一帝国技研を出てから戦闘や移動が続き、疲れ果てたトオルやラナリは自室で深い眠りについた。


 翌朝、トオルはセーズに起こされた。キューやラナリでは無く何故かナカジマのアンドロイドに起こされたトオルは、何事かと飛び起きた。


「……ナカジマのアンドロイドに起こされるとは意外だな」


 直ぐにトオルが飛び起きたのが嬉しかったのか、セーズがにこやかに笑った。


「ええ。あなた様を起こすのは、本来ならキューの役目でしょう。ですから、これはちょっとしたサプライズです」


 トオルは、悪戯ぽく微笑むセーズを改めてまじまじと見た。綺麗な黒髪の長髪と緑眼は勿論綺麗なのだが、更に青生地に黒と赤のラインの入ったボディースーツが、キューより豊満なラインを強調している。


「……それで、なんの用なんだ?」


「ゲリラ的にあなた様に"あれ"をプレゼントしようかと思いましたが……セーズの真後ろでキューがブレードを展開していますね」


 セーズの目線を追うとキューがいた。彼女は、セーズの言う通り臨戦態勢を取っていた。トオルには、キューがナカジマ達に対して敵対的な態度を取る事の意味が分からない。


「キュー、何やってんだブレードを降ろせ。……ったく、これで何度目だよ」


 キューが、無言でブレードを格納したのを確認するとトオルは、自室を出て地下司令部内を朝飯を求めて歩き始めた。昨日の長い一日のおかげで、胃が痛いほど腹が減っていた。


 トオルは、広い司令部内を徘徊しているとスレクトと鉢合わせた。


「よお、スレクト。傷の方は良くなったか?」


「ああ、おかげ様で傷は塞がっている。……それとな、お前やラナリを巻き込んでしまってすまないと思ってる。どうか許してほしい」


 スレクトが、深々と頭を下げた。トオルは、しおらしく謝る彼女を見ると、何だか一気に体から力が抜ける気がした。


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