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第53話 不滅の御旗 中編


「まあ、色々言ってやりたいが今は朝飯だ。スレクト、食堂は何所にあるんだ?」


「食堂はこっちだ。今は食料の余裕も無いらしい。だから腹を満たすまでは食べれないかも知れないが……」


 ゲネシスのドロップシップによる多方面への襲撃で、わずか数時間足らずで補給路もずたずたに引き裂かれた。そして、一日経った現在の状況は更に悪くなる一方であった。


 トオルとスレクトは、簡易的な食堂で配給を受け席に座わる。出されたのは、少量の蒸したイモと乾パンにハンバーグのような物にコーヒーのような物が付いていた。


「なんだ、豪華じゃないか」


「……お前にこれをやる」スレクトが、悪戯な笑みを浮かべながらトオルの前にコーヒーような物を持っていく。


「飲まないのか?」


「ワタシは水でいい」トオルは、スレクトから貰ったそれを啜ると噴き出し咽た。真っ黒に焦げたパンの人体に有害な味がした為である。


「……げへっ! ごほっ! なんだこれ苦い、不味い! ってかコーヒーじゃねえだろこれ!」


「それは焦げたブロットで作った代用品だ」


 トオルは恨めしそうにスレクトを睨む。スレクトが、青い蛇眼を細めて茶目っ気のある笑みを見せた。トオルは、まさかスレクトにお茶目な悪戯を仕掛けられるとは思ってもみなかった。それだけ、お互いの印象を最悪にした最初の出会いから、二人の距離が縮まったのだろう。


「すまん、すまん。では、それの口直しにこの肉を食べればいい」


「またなんか変な物じゃないだろうな?」


 トオルは、目の前のハンバーグのような物を切り分け口に運ぶ。すると魚臭さが口の中に充満した。これも肉の代用品であった。魚臭さが鼻につき、なんとも感想に困る肉モドキである。


「……これ、肉じゃないだろ」


「それは魚と肉を七対三で作った肉の代用品だ。魚肉だと思って食べると、そこそこいける」


 スレクトは、そう説明して代用肉を切り分けて食べる。そして二人は、見た目だけ豪勢な朝食を終えると、帝国兵に呼ばれた。急ぎの案件なのか、帝国兵の息は切れている様子であった。


「スレクト少尉、ミスタートオル。ヘウムーノ陸軍参謀総長とハルバー・ウェイドリング大将がお呼びです。至急、作戦司令室までお越しください。他の方々も既に集まっておられます」


 トオルは訝し気に帝国兵を見る。何故、外野の俺が帝国の将校なんぞに呼ばれなくてはならないのかと言った顔をしていた。そんなトオルに、スレクトが真剣な眼差しで、有無を言わさぬような語調で言った。


「トオル、すまないが一緒に来てもらうぞ」


 トオルとスレクトは、作戦司令室に入る。格調高いアンティークな椅子やテーブルが置かれている豪華な作りの作戦司令室では、そのテーブルに首都や周辺の地形が掛かれた地形図が広げられ、赤と青で別れた駒が置かれている。その周りに、トオル達を集めたヘウムーノ陸軍参謀総長とハルバー・ウェイドリング大将や軍人達が集まっていた。


 トオルと同じように集められたナカジマが、更に巻き込もうとする彼らに対し不服そうな顔をしており、ラナリに至っては恐縮した様子で俯いていた。


「諸君、この絶望的な国難に集まってくれたことに感謝する。特に、人類や他種族のゲストには最大の敬意を表そうではないか」


 ハルバーは、腕を後ろに組み、青い蛇眼で真っ直ぐトオル達を見ながら切り出した。彼が着ている軍服は、高級感のある意匠が入ったフィールドグリーンであり、禿た頭の上にかぶっている戦闘用の略帽は、特徴的な円形章が輝いていた。


「スレクト、お前の軍服はあいつらのと結構違うんだな」


 トオルはハルバーの話している内容には全く興味がない様子で、スレクトに小声で思ったことを口にした。そんな敬意のかけらもないトオルに、スレクトが若干呆れた様子だったが小声で答える。


「ワタシは彼らとは少し違う。我々のような黒服は、一応の所属は陸軍だが総統閣下の直属で総統閣下の命令にのみ従う。……陸軍の為に動く訳ではないから、彼らにとっては面白くない存在だろうな」


「一人で行動してたのは、そういうことか」


 ハルバーが、自分の話を無視して小声で話し出すトオルとスレクトを見て顔が引きつっていく。彼は頭が禿ているのだが、絶望的な戦況の上に話を聞かないゲストと総統の私兵によるストレスで、下の毛まで禿げ上がりそうであった。


 そんな様子を見かねたのか、ハルバーの隣に立っているヘウムーノ陸軍参謀総長が、咳払いを一つすると彼に助言をした。


「ウェイドリング閣下、ゲストには単刀直入に行きましょう」


「……そうだな。では改めて――」


「嫌よ。あんたらの手伝いをするなんて」


 ハルバーが仕切り直そうとした直後、ナカジマが言葉を被せる。失礼極まりないゲスト達を前に、ハルバーの巨体が怒りでプルプルと震え始めた。流石に不味いと思ったのか、ヘウムーノが一歩前に進み出て説明を始めた。


「では、僭越ながらワタクシが代わりに説明をしましょう」


 ナカジマが露骨に嫌そうな顔で彼を見た。そればかりか、背を向けてこの場から去ろうとする。それをセーズが両手で押し止めて諫めるのだが、作戦会議がぐだぐだに成り始めていた。しかも、トオルまでもがこっそりと帰ろうとしている。


「ナカジマ、流石に彼らが可哀想ではありませんか? 話だけ聞いてから今後を決めましょう」


「トオル様も真面目に聞いてあげては?」


 相棒のアンドロイドに諫められた二人は、顔を背けて舌打ちし悪態を付くと席に戻った。奇しくも、この時の二人の顔を背けるタイミングや、舌打ちし悪態を付くタイミングまでもが一緒だった。


「……えー、では私から説明を」ヘルムーノが仕切り直した後に、咳ばらいを一つする。

 

 そして、彼は説明を続けた。


「現在、帝国の各軍はゲネシスによって半ば壊滅しています。主に、この星の成層圏に居座っている超大型のゲネシス艦から発艦したドロップシップによる、同時多発的な電撃的侵攻によるものです」


「成層圏にいるんじゃ、あんた達の技術じゃ落とすのは不可能ね。で、これで終わりならわたしは帰るわ」


 再び踵を返して立ち去ろうとするナカジマに対して、ヘウムーノがニタリと笑いながら話を続けた。


「確かに、あなた方人類には関係のない他人事でしょう。……ですが、そこのホプリス族はどうでしょうか。既にホプリス族が住んでいるアネス大陸でも、ゲネシスと戦闘状態に入っているのです。ですから、そちらの彼女にとっては他人事では無い。違いますか?」


 ヘウムーノの言葉に、ラナリがハッと顔を上げ反応する。彼女の顔が、焦りや不安や絶望の混ざった複雑な感情を映す。彼女の生まれ育ったロネの街には、父親のアルバがいる。母を幼くして無くした彼女にとっては、唯一の肉親であった。そんな彼女にしてみれば、この話は急所を突いた。


「ナカジマさん、ちょっと待って」


 ラナリがキネシスを使い、帰ろうとドアを開けたナカジマを力づくで引き戻した。


「うわっ! ……っとと。……ちょっと何するのよ。まさか、わたしに助けてくれとでも言う気? あなたには悪いけど、これ以上わたしとは無関係の戦いで自分の身を危険に晒す気は無いわ」


 トオルは、一貫してそっけない態度を見せるナカジマの前に立つ。そして、いつになく真剣な眼差しでナカジマを見た。トオルは、アルバに対して恩を感じていたし、何より彼は今まで手助けをしてくれたラナリの父親である。見捨てるわけにはいかなかった。


「悪いなナカジマ。俺も気が変わった」


 彼女の人生の長い期間をアンドロイドと二人旅をしていた弊害か、トオルに見つめられたナカジマが顔を紅潮させて固まっていた。


「ナカジマ、セーズにその行き遅れの耳を貸してください」


「……い、行き遅れって何よ! まだ二十代だからセーフよセーフ!」


 セーズが、ナカジマに小声で何かを伝えている。そのセーズの言葉を聞いたナカジマの顔が、トオルには何か良からぬ事を企んでいるように見えた。


「流石はセーズね。"それ"ならわたし達も戦ってあげてもいいわ」


 今の今まで、絶対に帝国とは関わらないという強固な意志を示していたナカジマの心変わりが、その場にいた面々を、反応の大小の差はあれど驚かせた。


「ナカジマ、"それ"ってのは何なんだ。俺達にも分かりやすく言ってくれ」


 トオル達の頭に疑問符が浮かぶ。それをナカジマが上機嫌な様子で、戦っても良いという理由を述べた。


「ええ、説明してあげようじゃない。と言ってもこれは取引よ。トオルと……えっと、そこの紫髪目の子は、わたしが立ち上げた"不滅の御旗"のメンバーになる事。そんであんたら帝国は、わたし達に多額の資金や武器弾薬、その他装備品を提供する事。全ての要求が飲まれるのであれば、喜んで戦ってやりますとも」


 これに喜んだのは、帝国の軍人達であった。特にヘウムーノは、勝ったと言わんばかりの顔をしていた。そして、あろうことか軽率なことを言ってしまった。


「もちろん、我々帝国は全面的に協力しましょう。何でも仰ってください"ミセス"ナカジマ」


「わたしは未婚だっつの! ……何よあんたら、この年で未婚なのが可笑しい、笑える、可哀想とでも言いたげね!」


 ヘウムーノの、ちょっとした間違いに取り乱したナカジマを、セーズがローキックをかまして黙らせた。蹴られたナカジマが、脛を抱えながらうずくまり悶絶した。彼女は、声にもならない低いうめき声を上げて転がっている。


「ヘウムーノ様は、何でもと仰いましたからセーズは遠慮せずに言いましょう。先ずは、契約金や報奨金は全て純金で払ってもらいます。そうですね……今回のような危険な依頼は最低でもこれぐらいは払ってもらいます」


 セーズがテーブルの上の紙に金額を提示した。その金額は、彼ら帝国の国家予算の七割ほどに匹敵する金額であり、とても払える金額では無かった。ヘウムーノが、見る見るうちに青ざめる。提示された金額が掛かれた紙を見たハルバーが、額から冷や汗を流した。


「ふざけるのも大概にしろ! お前達が提示した金額はとても払える額ではないでは無いか!」


 我に返ったハルバーが、怒りに震え怒鳴り散らした。


「では、金額はその一割でいいでしょう。代わりに、帝国との優先的な商売が出来るように取り計らってもらいます。ついでに、あなた方が今後鹵獲したゲネシスの兵器と古代文明の発掘物を定期的に融通してもらいます」


 トオルは、セーズと帝国との一連の交渉を聞いてこっちが本命かと納得した。


「……それなら……いや、それは総統閣下にお伺いを立てねばならない」


 ハルバーが口ごもる。おそらくは帝国の総統は行方知れずになっているのだろう。

 現に、この地下司令部にその姿は無い。


「セーズ、総統閣下にはワタシが取り計らって下さるよう説得しよう。だが、残念な事に総統閣下は行方不明なのだ。総統閣下は黒服達が護衛しているから、無事ではあるのだろうが……」


「では、決まりですね。……ナカジマ、何時まで痛がっているのですか。さっさと立ってください」


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