第46話 ナノマシンの継承 後編
「そして、長い年月をかけて体内のナノマシンは進化しているの。そのナノマシンをあなたの体内に、なんらかの形で移植すれば聖遺物から力を得られる可能性があるって事よ。忘れていた情報だって戻るかもしれない」
トオルにとって興味深い話だった。というのも、聖遺物の力と啓示を得る事が出来れば、必ず役に立つだろう。それに、今後どれだけ理不尽な目に遭っても、力のおかげで打開する事が出来る可能性も高い。なにより、不時着してから今までの理不尽な連鎖を経験したトオルにとっては、少しでも安心できる要素があるなら手に入れたいと思っていた。
だが、非常にトオルの思考の推移は不自然だった。まるで決められていたかのような、何かの指令のような。
「移植の方法はどうなんだ?」
「方法はいくつかあるわ。非効率的な方法から説明すると異性でも同性もいいから致しちゃう事ね。回数こなせば、それなりに体内に入るでしょう。手っ取り早いのは、私の血液から抽出したナノマシンを打つ事よ」
ヴェル博士は、そう説明すると電気冷蔵庫から透明な溶液の入った注射器を取り出した。注射器を持った彼女が、生き生きとした表情を見せる。最初にあった彼女とは、まるで別人のようだ。
「トオル様、良いのですか? 得体のしれない物を体内に入れるなど、どんな反応が起こるのかキューでも予測できませんよ?」
「試してみる価値はある」
ヴェル博士によって、トオルはナノマシンを体内に移植した。
そして、ナノマシンを移植した事によってトオルの体は――変化しなかった。
そう変化しなかったのである。これっぽっちも。二、三十分経っても何かが起きることも無く、ヴェル博士は首を傾げていた。
「……っぷ……くくく」スレクトが笑いを堪えていたが、耐えきれず顔を背け噴き出した。それにつられてラナリも笑ってしまう。トオルは、期待を裏切られたような肩透かしにあったような、そんな微妙な顔をしていた。
「ヴェル博士……」トオルは何故俺が笑われなければならんのだ、と苦々しい顔をした。
ヴェル博士が、じっくり悩んだ後トオルにある質問をした。
「あなたって心的外傷を負ったことはある?」
「今まさに受けてるが……」トオルの悲しみが含まれた言葉に、スレクトが堪らえ切れずに爆笑した。
「蚊に刺された程度の物では無くて、防衛機制が起こる程度の重度な物よ。例えば、幼い頃に母親か父親が亡くなるとか、他には仲の良い友人が死ぬとか、恋人が死ぬとかね」
トオルは、しばし考えるがそのような経験は記憶に無い。
「生憎だが、そんな経験はした事は無い。何も起きない事に関係があるのか?」
「そうね。重度の心的外傷による防衛機制がナノマシンを正常に稼働させるトリガーでもあるのよ。それと、生まれつき精神的欠陥がある者も、トリガーの前提をクリアしてる」
ヴェル博士の説明に、キューだけは複雑な顔をしていた。彼女はトオルが戦争に参加し戦友と親友、そして恋人を無残に殺された過去がありPTSDを発症していたと言えるはずも無く、ただトオルの力を得る事が出来なかった残念な気持ちに同調するしかなかった。
「トオル様にそのような経験はありません。そして、今後もキューがいる以上は経験する事も無いでしょう」
トオルは、うんうん頷いて納得する。三年間の年月をキューと一緒に居た偽の記憶がそうさせた。キューが傍にいれば、何とかなると。
「残念ね。じゃあ、あなたの強化戦闘服を見せて頂戴。人類のテクノロジーにすごく興味があるのよ」
「別に構わないが、それよりも先にラナリを診て欲しいんだが……」
トオルは、後回しになっているラナリを見ながらヴェル博士に頼む。だが、彼女にとっては、優先度がすこぶる低いらしく、トオルの頼みに肩を竦めて興味無しといった顔をした。
「彼女の力を、制御できるようにするのは簡単過ぎて面白味が全く無いの。だから、あなたの強化戦闘服を一日じっくり研究してからにするわ」
ヴェル博士が、トオルの背嚢から強化戦闘服を勝手に取り出し匂いを嗅ぐ。それをトオルが彼女の肩を掴み制止した。
「ちょっと待て。ラナリが先だ」
「っち……仕方ないわねぇ」
ヴェル博士が気怠そうにラナリを手招きする。その手招きを受けたラナリが緊張した面持ちで、やる気の無さそうな彼女の前に座った。
「まあ、すぐ終わるわ。最初にあなたの力を見せてもらうわよ」
ラナリの前に赤い果実が置かれる。ヴェル博士はそれを指さして力を使うように指示した。
「わかった。やってみるよ」
ラナリが赤い果実に手をかざす。すると、赤い果実が空中に浮かんだ。
「キネシスの類かしら? それを潰せるかやってみて」
ラナリが手のひらを上に向け果実を包み込むような動きをする。そして、思いっ切り手を握った。すると、赤い果実が砕け散り果汁を撒き散らす。
「これは相手を簡単に殺せそうね。じゃあ、立って隣のフロアへ行きましょう」
そのフロアは真っ白でだだっ広い空間だった。白い照明が床や壁を照らし、光が反射している。ヴェル博士が、ラナリを所定の位置に移動させると懐から拳銃を抜いた。
「さて、次は拳銃弾を弾いてもらいましょうか。スレクトからの情報で、あなたの力の大よそは理解してるわ。だから遠慮せず力を発揮して頂戴」
ヴェル博士が透明な防弾シールドを片手に持ち、拳銃をラナリに向けて発砲する。
拳銃から放たれた弾丸は超音速でラナリに迫る。その弾丸は、彼女の数メートル手前で跳ね返り、ヴェル博士が持つ防弾シールドの端に当たった。
「……聞いたのと見るのとじゃ大違いね。あなたのこの能力だけ無意識下で使ってるみたいだわ」
「これを制御できるように出来る?」
「ええ。あなたみたいなのは、何度か治療した事があるからね」
ヴェル博士が自信満々に薬品の入った注射器を取り出した。
それを見たラナリの顔が強張る。
注射器という物の概念が無いホプリス族にとって、凶器にしか見えなかったからだろう。ヴェル博士がラナリを座らせて、いざ注射器を彼女の腕に打とうとした瞬間に、注射器の針だけが折れてしまった。
「……これじゃ治療できないんだけど?」
「ご、ごめんなさい。どうしても針を血管に刺すのが怖くて……」
ヴェル博士はやれやれといった動作の後、白いタブレットが入った小瓶を取り出してラナリに渡した。
「効くまでに一日掛かるけど、それを飲むと良いわ」
そんなヴェル博士とのやり取りを終えた後、トオル達は研究所に二日間泊まる事になった。その間、スレクトが研究所内を案内し帝国の四脚戦車や、古代文明の軍用艦の模型を紹介していった。
「四脚戦車なんて使えるのか?」
「愚問だな。これは古代文明の技術から作った兵器の一つだ。走破性も高く、脚部が主砲の反動を抑え込むように出来ている。車体に不釣り合いな大口径砲も搭載できるんだ」
トオル達は、そんな帝国の技術の一端を見学しながら研究所内で時間を過ごした。研究所に展示してある帝国の兵器を見ている間に、ラナリが力の制御を出来るようになっていた。その結果、フォースフィールド(ヴェル博士が命名)を任意で大きさや強度が変える事ができるようになり、戦車砲も弾ける程に強化された。
そして、二日後の朝。トオルはヴェル博士からボディアーマーを受け取り、そしてトオル達を乗せた自動車が研究所から出発した。トオル達は帝国軍御用達のホテルに泊まる事となり、そのホテルへ移動する。
だが、ホテルへ向かう自動車の車内から彼らが見たものは、燃えさかりながら高度を下げる人類の巨大な宇宙艦艇であった。




