第45話 ナノマシンの継承 前編
トオル達は、スレクトに先導され研究所のエレベーターに乗り地下へ降りる。地上の区画は研究員が少なかったが、地下の区画はかなりの数の研究員が行き交っていた。
地上はダミーで地下が本命なのだろうか。
彼らの着ている白衣は研究所のエンブレムが左胸にあり、左腕には帝国の腕章がある。
「ここが、博士のいる部屋だ」
スレクトが、博士のいる部屋をノックする。すると、間延びした少し低めの女性の声が聞こえてきた。
聞こえて来たその声は、どこか気だるげである。
「スレクト・アギ・ザーナグ少尉です。ヴェル博士が兼ねてより切望していた人類と、ヴァイツ族以外の覚醒者を連れて来ました」
突然、部屋のドアが大きな音を立てて開かれた。そのドアを開けたヴァイツ族の女性は、長髪赤毛の癖毛を振り乱しながらスレクトの肩を掴み、ずり落ちそうなメガネに目もくれず、スレクトの背後にいる人物達を順に見渡す。そして、一通りトオル達を確認した後、大きな奇声とも取れる歓喜の声を上げた。
「ほんとに人類? 人類! 良くやったわスレクト少尉! それにヴァイツ族以外の覚醒者まで連れて来るなんて! 私が勲章をプレゼント出来る地位じゃないのが、悔やまれるわね! むぁっはぁ! もう最高ねあなた!」
ヴェル博士が、トオルに抱き付き匂いを嗅ぐ。その奇行を目の当たりにしたキューが、目を細めて冷たい視線を彼女に送った。
「トオル様、彼女は頭がイカレています」
「……お、おう」トオルは、彼女の豊満な感触にまんざらでもなさそうな顔をしていたが、ここに来た目的を思い出し博士を引きはがした。
「ヴェル博士。ここにいるラナリという娘が覚醒者です。彼女はホプリス族で唯一といっていい存在です」
スレクトがラナリを紹介すると、ヴェル博士が白い肌の上に赤い宝石のような鱗を持った両手でラナリの顔を包み込んだ。ヴェル博士の青碧の蛇眼が、ラナリの顔を覗き込む。
「……ト、トオル……この人怖いんだけど」
ラナリが、トオルに助けを求めるような視線を送る。トオルは、彼女の視線に手を合わせて「すまん。無理」と答えた。
ヴェル博士がラナリの顔を満足に観測を終えたのか、トオル達を部屋の中へ入るようにと促す。そして、彼女は椅子に座りトオル達に向けて話し出した。
「さて、興味深いサンプルが揃ったところで、先ずはトオル君に聞いておきたい事があるんだけど」
「トオル様にですか?」キューが怪訝な顔をヴェル博士に向ける。
「ええ、アンドロイドのあなたでは無いわ。帝国がまだ達しえない技術で作られたあなたが、興味深いサンプルなのは間違いないけどね」
「俺にまず聞きたい事ってのは……」
「スレクト少尉の報告書には、あなたが聖遺物に触れたってあったのよ。それで、聖遺物から得た情報を少しでも覚えてない?」
聖遺物から得られる情報。それは、古代文明の記憶であったり、歴史である。さらには、高度な技術や青写真も含まれている。ヴェル博士としては、欲しい情報なのだろう。
だが、生憎トオルは覚えていなかった。
「それは期待に応えられそうにない。情報も覚えて無ければ、力も得られなかったよ」
「じゃあ、次の質問ね。覚醒したホプリス族の娘と致した事はある?」
トオルは、ヴェル博士の質問の意味が分からなかった。数十秒ほど"致す"という意味を考え、その意味を理解した直後、盛大に噴き出した。
「……っごほ! い、致すってそういう意味かよ!」
ラナリの顔が真っ赤に染まり、キューがトオルの脇腹を抓った。
「トオル様、ラナリに手を出したのですか?」
「出してねえよ! ヴェル博士その質問の意味は何なんだ?」
ヴェル博士が噴き出して大笑いし、スレクトに尋ねる。
「スレクト少尉。ナノマシンの継承については、彼らに話したのよね?」
「ええ、話しましたよ。母体のへその緒から子へ受け継がれると」
スレクトの言葉を聞いたヴェル博士は、ひとしきり頷き眼鏡の位置を調整するとさっきの質問の意図について説明を始めた。
「さっきの質問は、セクハラをしようとした訳では無いわ。私達の血液に含まれるナノマシンは、実は血液だけではなく微量ながら他の体液全般に含まれているのよ」
ヴェル博士は、トオルを指さしながら続いて説明する。




