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第14話 続、異文化交流 前編


 

 アルバの宿を出発したトオルは、ロネの街を気ままに散策していた。中世の欧州都市をそのまま映し出したかのような街並みは、トオルにとっては故郷の地球を思い出させる景色で、なんとなく懐かしさを感じていた。


 少し歩き回って分かったことは、丘の上には領主の城があること、そのせいで起伏に富んだ街並みで坂が多いこと、そして防御の為に街の地区が防壁で区切られており、関所が設けられているということだった。


 トオルは服装から髪の毛の色からホプリス族らしさが無いため、当然、悪目立ちする。関所に近づく前から衛兵にじろじろと怪しげな視線を向けられていた。しかし、その衛兵にアルバから預かった証文を見せると、衛兵はかしこまった様子でうやうやしい態度を見せ、通ってよいことを示してきた。


「アルバさんって、すごいんだな……」


 証文を懐というか襟元から服に突っ込みながら、トオルは一人呟く。

 関所を通った先はこれまでと違って比較的平坦な広場で、大量の露天商が店を並べていた他、物売りもかなりの数たむろしてしていた。


 そんな中に、物珍しそうな様子でホプリス族ではないトオルが入っていくのだから、物売り達が注目しないはずもない。瞬く間に、トオルは果物やら菓子やら小物やらの物売りに取り囲まれる形になった。


「おにいさん外国の人でしょ、この果物はおいしいよ!」


「この菓子は最近評判で流行りのものさ! 一つどうだい!」


「お国へのおみやげに、この幸運のお守りを是非!」


 押しかける物売り達に、しかしトオルは慣れた様子であしらっていく。トオルが商品を買う気が無いと見るや、物売り達は潮が引くように離れていった。

 

 こんなことは、ちょっと治安の悪いステーションでは日常茶飯事だ。訳の分からない土産物屋が押し寄せてきて、何か買わせようとする。最初のうちはキューに対応させていたのだが、隙をつかれてスリにやられたことがあってからは、キューにはスリ対策を任せ、トオルが物売りをあしらうようになっていた。


 ぶらぶらと露店を冷やかしていたトオルだったが、ふと、とある露店の前で足を止めた。その露天商が売っているのはペンダントを始めとする装飾品だった。店主は恰幅の良い中年の男性で、着ている服も高価な様子である。


 店の前で立ち止まったトオルに、露天商が声を掛けてくる。半笑いの癪に障る声掛けだったが、彼らの紫の髪とは違う黒い髪がおかしく思うのだろうと我慢した。


「どうだい、兄ちゃん。彼女に買ってやりなよ」


「彼女、ねえ……」


 俺は生まれてこの年になるまで恋人なんていなかったけどな、とトオルは心中で自嘲する。


 トオルはどうせ暇だからと、適当に物色を始めた。すると、店主は「これなんか、どうだい」と一つのペンダントを指し示す。


 指し示されたペンダントは、赤、青、緑といった色とりどりの宝石が金属細工に収まっている見事なものだった。少なくとも、トオルの素人目には露店で買ったようには見えない出来栄えに思えた。


 これをキューに買ってやろうか、と思ったトオルは、すぐにその思いを消す。

 どうせ彼女のことだから『装飾品は不要です』とか何とか、かわいげの無いことを言ってくるに決まっている。

 

 それなら、恩義のあるラナリに渡す方がまだ意義もあるというものだ。


「ごめんよ、おじさん。俺、ちょっとこの国の金に手持ちが無くてさ」


「なんだ、やっぱりよその国の人か」

 

 そう言うと、店主はくいっと顎をしゃくってみせた。

 

 トオルがその方向を見ると、天秤を持った露天商が店を広げている。


「あいつが両替商さ。お国のカネを換えてもらってきなよ」


 トオルは店主に「すぐ戻るから」と言って小走りで両替商の元へ向かった。


 両替商は先ほどの露天商よりも煌びやかに装飾していた。


 鷲鼻が立派な男だ。その鼻と装飾過多な風体が凄く怪しい。


「兄ちゃん両替かい? 俺っちは、海向こうの金貨だって換えてやるぜ」


 両替商が天秤を差し示して見せる。彼にとっては誇りある商売道具なのだろう。


「ああ、うん。……いや、換金なんだけど」


 トオルは何か換金できそうな物を探して服を探る。


 お札は使えないだろうし、何より財布がない。全て脱出艇の中である。


 トオルは何かないかとズボンの後ろポケットを触る。


 ――するとポケットに良いものがあった。空薬莢である。


「これでどうかな」


「なんだい、こりゃあ」


 トオルが両替商に空薬莢を三つ渡すと、彼は空薬莢を不思議そうに眺め回した。


 ホプリス族の文明レベルならば合金を作ることも、それを精巧な円筒形に形成するのも難しいだろう。それに、真鍮は地球でも金の代用品としても使われてきた歴史がある。


「ちょっと手持ちがそれしかなくて……」


「金属みたいだから、まあ、大目に見るよ」


 トオルは両替商が空薬莢を天秤に乗せて査定するのを黙って見守った。


 この国での両替は、金や銀の重さを測って含有量がどれくらいかを見るのだろう。


 ということは――


「これは金みたいだけど、金じゃないね。貧者の金ってやつだ。まあ、珍しい形してるし、銀貨九枚でどうかな?」


「九枚でお願いします……」


 すぐに大した価値はないとバレるということである。だが、両替商は優しくもトオルが一日遊べるのには困らない額と交換してくれた。


「お国から出てきたってのに、金が無いんじゃ面白くないだろうよ。早くお国から送ってもらいな」


「ありがとうございました」


 トオルは心の中で怪しいと思ったことを謝罪する。


 急いで装飾品の露店へ戻ったトオルは、誰かに見られているような視線を感じた。辺りを見回してみるが、露店と物売りがひしめき合っていて、とても人を見付けられるような状態ではない。


「どうかしたかい」


 トオルが妙な様子なので、店主がいぶかしげに声をかけてきた。


「いえ、なんでもないです。……さっきのペンダント、いくらですか」


「そうだねえ」


 店主は最初に会った時からの半笑いで、両手の指を九つ立てて見せた。


「銀貨で、これだけってことで」


「だけ、って……」


 さすがのトオルもこれには苛立った。たぶん、店主はトオルが換金する様子を見ていたのだろう。手持ちを全部吐き出させようとは、商魂たくましいと言えば聞こえはいいが、要するにがめついのである。


「どうするね」


 半笑いで聞いてくる店主に対し、トオルはあからさまに不機嫌そうな顔を作り、ぷいっと横を向いて店を後にしようとする。


「おっと、お客さん、どこに行くんだい!」


「客? 俺が? それは知らなかったな」


「おいおいおい、つれない事を言いなさんなよ。分かった分かった、七枚、七枚だ」


「二枚、だね」


「そんな値段じゃ商売あがったりだよ! まけられても六枚だ!」


「三枚。じゃなきゃ、他の店に行こうかな」


「うちはそこいらの店より安くて高品質なんだよ! 五枚!」


「外国人の俺には、そんなこと確かめようが無いしなあ。……四枚」


 トオルの出した値段に、店主は難しい顔だ。しかし、たぶん実態としてはまだかなりの利益が出るだろうと、トオルは踏んでいた。そして、銀貨四枚で手を打つつもりでもいた。


 観光で旅行ができる者というのは、要するに裕福な者だ。裕福な者に高い値段を吹っ掛けることは、はたして悪だろうか。


 トオルが値引きをしたのは、両替商に親切にしてもらった後で吹っ掛けられて気分を害したからで、溜飲が下がってきた今では吹っ掛けられた値段の半分程度ならそれでいいという気になっていた。


「分かったよ、お客さん。四枚。銀貨四枚だ」


「あんまり吹っ掛けないでくれよ。今のところ、俺の全財産なんだ」


 店主は首をすくめながらペンダントを化粧箱に入れて、トオルに手渡してきた。引き替えに、トオルは銀貨四枚を店主に渡す。


 ペンダントを受け取ったトオルは、再び誰かに見られているような視線を感じた。


「じゃあね」


 トオルは店主に軽く別れを告げると、さり気なく早足で立ち去った。向かう先は、アルバの宿だ。


 装飾品の露天商でも分かったのだから、トオルを観察する者がいれば大金を持っていることはすぐにバレる。物売りならすぐ声をかけてくるだろうが、広場に入ってきた時にあしらったせいでトオルへ近寄ってくる物売りはいない。だとすれば、残る可能性はスリか物盗りだ。

 

 スリなら、雑踏から離れればある程度予防できる。しかし、困ったことに物盗り、追い剥ぎや強盗の類だと、雑踏から離れた方が犯行に出やすく危険になってしまう。

 

 衛兵に助けを求めることを考えたが、この文明レベルでは発生していない犯罪について何か対応を求めることは無駄のように思えた。そうすると、自衛するしかない。


「アルバさんの宿まで、走るか……」


 関所を抜けたトオルは、朝から歩いてきた道を一目散に駆け出した。

 その後ろ姿を、衛兵が不思議なものを見るような目で見ていたのだった。


何気ない話その三。次話に新キャラちらっと登場。

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