第13話 ラナリとキュー
ラナリは、トオル達が来てからというもの、日常に色が付いたかのように毎日が楽しいと感じていた。
なぜなら、空の彼方からやって来た彼らと、今こうして交流できている事こそが、彼女が望んでいた非日常であるからだ。
それは、今までのただ時間が過ぎ去るだけの退屈な日常とは違う。
しかも、現在自分の身に起こっている事は、今までどんな本にも書かれていない新鮮な体験だった。
ラナリは、キューの事をとても可愛らしい女の子とさえ思った。
その彼女は、トオルの強化戦闘服を黙々と修理していた。
少し前に、納屋に向かうキューの後ろ姿を見つけたラナリは、彼女に何をしに行くのかと聞いた。すると、キューはトオルの鎧を修理すると言う。空から来たトオルが着ている鎧だから、きっと不思議なものだろうと考えたラナリは、キューと一緒に納屋に入った。そんなラナリを、キューは歓迎するでも追い払うでもなく『つまらないと思いますよ』と一言だけ告げたのだった。
「ラナリ様。退屈ではありませんか?」
じっと作業を見ているラナリに対して、キューが声をかけた。
「そんなことないよ。……見てたら、邪魔になる?」
「作業効率は低下しません。何もお話にならないので、退屈を我慢しておられるのかと判断しました」
「お話したら、邪魔になると思って」
「問題ありません。何でも仰って下さい」
「そお? じゃあね、その鎧、強化戦闘服……だったっけ。どんな事が出来るの?」
ラナリが見る限り、トオルの強化戦闘服はロネの街で時々見かける領主の兵士や、騎士の鎧とは全く違っていた。灰色の全身鎧だが、パーツを組み合わせるようなプレートアーマーではなく、ツナギ服に防御用の板が貼り付けてあるように見える。まじまじと観察していたラナリは、脚の後ろにはあまり厚い装甲がない事を発見していた。
「そうですね……」
珍しくキューは考える仕草をしてみせた。
「ラナリ様、冬の凍った池を見たことはありますか?」
「あるよ」
「それに入ったことは?」
「無いよ! そんなことしたら死んじゃうよ!」
ラナリはキューが唐突な事を言い出すので、びっくりして大きな声を出してしまった。
「この鎧を着ていれば、そのような場合でも死ぬ事はありません。平気です。更に、水の中でも息ができます。また、怪我をしても鎧が血を止めてくれます」
「すごい!」
「それに、初めて見たものを調べてくれる辞書と、それを記録するノート、見たものを瞬時に絵にしてくれる機能があります」
「それの中に本や絵が入っているの? 絵は誰が描くの?」
好奇心を押さえきれないという様子で、ラナリが身を乗り出す。
「本と言っても、手で触ることはできません。絵を描くと言っても、画家が描く訳ではありません。これは口では説明が難しいですね」
「そうなんだ。あとで見せてくれる?」
「トオル様が許可すれば、お見せします。」
キューは、スカートの下から伸びる、二本の黒い紐のような修理器具を使っていた。
片方の先端は金属部分は赤く熱を帯びているようだ。
そして、この二本の修理器具で素早く、トオルの強化戦闘服の配線を繋ぎ直していた。
うねうねと動く様は、まるで意思を持った尻尾のようである。
「キューのそれ、尻尾みたいだね」
「それは面白い表現ですね」キューがコクコクと頷く。
キューの、尻尾のような修理器具が腰に格納される。二本の修理器具が、するするとスカートの中に入っていった。どうやら滞りなく強化戦闘服の修理が終わったようだ。
やはり、こうして普通に話をしているとキューが人形とは思えない。
不思議なキューと、もっと親睦を深めたい。友達になりたい。
友達になれたら、きっと毎日が今以上に楽しくなる。ラナリはそう心から思った。
「キューに友達はいるの?」
「……友達ですか。そのような事を聞かれたのは初めてです。そうですね……キューに、友達と呼べる存在はいないでしょう」
そう述べたキューの顔は、どことなく寂しそうにラナリには見えた。
キューが寂しそうに見えたのは、友達になりたいと思うラナリの心理が働いたからなのだろう。
「それなら私と友達になるのはどう、かな?」 ラナリは、表情を緩めながら提案する。
「アンドロイドの私とですか? そのような事を言われたのも初めてですね」
キューは修理の終えた強化戦闘服を持ちながら、ラナリの事をただ真っ直ぐ見ていた。
真っ直ぐとこちらを見る、キューの緑色の両眼は宝石のように綺麗だ。
「うん。どうしてもキューと友達になりたい」
「……分かりました。それでは、よろしくお願いします、ラナリ様」キューが頭を下げる。
「敬称はつけずに、普通に呼び捨てでも大丈夫だよ」
「では改めて、よろしくお願いします、ラナリ」
「うん。これからよろしくね、キュー」
ラナリとキューの友人関係はこうして始まった。
この関係がアンドロイドであるキューにどのような変化をもたらすのか、ラナリは勿論、キュー自身にも良く解っていなかった。
何気ない話その二。




