第12話 異文化交流
物思いにふけっていたトオルは、ノックの音で現実に引き戻される。
「トオル様、朝食の用意が出来たようですよ」
「朝食か、分かったすぐ行く」トオルは、部屋のドアを開けると口角が上がった。
そこには、可愛らしい使用人さんがいた。
黒髪ショートボブに、使用人さんのような衣装がよく似合っている。
特に白い帽子が、黒髪といい感じに相乗効果を生んでいたのだ。
「キュー、中々似合ってるじゃないか」
今まで見た事がないキューの格好に、ニヤニヤとトオルの口角が上がってしまう。
宿屋の廊下を歩きながら、キューに格好のわけを聞いてみる。
「ありがとうございます、トオル様。しかし、その表情は私以外に向けられない方が良いと思います。統計データによると、女性の約八十パーセントはそのような表情を不快に思います」
「いちいち理屈臭いな……。でもなんでそんな格好になってるんだ?」
二人で連れ立って廊下を歩きながら、キューに格好のわけを聞いてみる。
「アルバ様曰く、働かざる者食うべからずだと。『居候を許す以上は、仕事をしてもらう』という伝言も預かっております」
アルバとは、ラナリの父親の名前だ。貴族や金持ちという訳でもないようだったから、居候をただ遊ばせておく訳にもいかないというのは、道理ではある。
「脱出艇から救助要請をしなきゃいけないのに、仕事をしてる暇なんてないよ」
脱出艇の周りにはあの白熊もどきや、まだ見た事も無い化け物がうろついているかもしれない。どうにかして脱出艇に辿り着いて救助要請をしなければならないのだから、この家の仕事をしている場合ではなかった。
それに加えて、強化戦闘服のヘルメットもまだ壊れたままだ。脱出艇に行く前に直しておかなければならないし、普段の生活でもHUDの機能があるかないかで使い勝手が違ってくる。
ただし、ヘルメットを修理するのはトオルではなくキューだ。しかも脱出艇に行く時に働くのもまた、キューの仕事だ。トオルはその後ろをついて行くだけでいい。
実際のところは、ていのいい理由をつけて、トオルは労働をしたくないだけなのだ。
「キューもアルバ様にそう伝えましたが、理解を示してはもらえませんでした」
一階からトオル達を呼ぶ、ラナリの声が聞こえる。
「久々の座っての食事だな」実に感慨深い。
落ち着いて食事にありつけることの有難さをしみじみと感じる。
トオル達は、アルバ親子がいる一階のテーブルに着席する。
テーブルには、丸パンと例の赤黒いスープがあった。
この赤黒いスープは、トマトに似た野菜と火焔菜という赤黒い野菜で作られている、ホプリス族のごく一般的な家庭料理だそうだ。さらには、この赤黒いスープは栄養価がすこぶる高く、女性を中心とした裕福層にも人気があり、ホプリス族のソウルフードと呼べる料理であると、トオルは昨日の夜にラナリから力説された。
ホプリス族と言うのは、紫髪、紫目のラナリ達の種族の総称である。
「トオル、昨日はよく眠れた?」木のスプーンを片手に、ラナリが話しかける。
「ああ、お陰様で。ラナリの家が、宿屋をやっているとは思わなかった」
ラナリの家は宿屋である。加えて、そこそこ小洒落ている宿屋だ。
トオルは、客室の一つを使わせてもらっており、キューは、ラナリの部屋で寝泊まりをしている。
というのも、なるべく迷惑が掛からないように「俺はキューと同じ部屋にしてくれ」と伝えたのだが、アルバに「それはとんでもない事だ」と断られてしまった。
彼らにとって男女が一緒の部屋は色々とまずいらしい。
それが例え、アンドロイドであっても見た目が少女である以上、倫理的に問題があるようだ。
「ラナリ様の家が宿屋であったのは幸いでした」キューが丸パンを手に取る。
「ここは集会所みたいなものだがな」アルバが食べながら情報を付け加えた。
アルバによると集会所のような側面もある宿屋で、よく近所の男達がラナリを見に来るのだそうだ。
そういった嫁入り前の娘に、ちょっかいを出す不埒な男どもを追い払うのが、アルバの日課でもあった。
アルバがスープを掬いながら、キューの持っている丸パンに視線を向けた。
「というかよ、キューのお嬢ちゃんは人形なんだろ? なんで食ってんだ」
アルバは、やはり普通の少女にしか見えないといった顔だ。
「キューは超小型リアクターの他に、有機物をオイルに変換し燃料に変える器官を持っています。主に通常の身体機能の保持に、このエネルギーは利用されます」
「ますます訳がわからん存在だな」
彼らの生活の中には、アンドロイドなんて概念自体存在しないだろう。
それが、人間と同じような事をしていたら、不思議に思うのも無理はない。
「変換した後の残りカスは、人間のように排泄も出来ますよ」
「ぶふぉっ!?」
キューの突拍子もない言葉に、アルバが盛大にスープを噴き出す。
トオルは、アルバが噴き出した赤黒い液体を大皿で素早くガードする。
キューも食事中に何てこと言い出すんだ全く……ラナリも若干引いてるじゃないか。
トオルは空気の読めないキューを横目に溜息をつく。
朝の食事が終わり、トオルが外に出ようとするとアルバに呼び止められた。
アルバの後ろでは、ラナリとキューが食べ終わった食器を片付けている。
「なあトオル、お前さん達は空の彼方からやって来たんだってな?」
「ええまあ、それがどうかしました? アルバさん」
「ちと昔に、祖母が話してくれた神話を思い出してな。まあただのお伽話なんだがな」
神話か……彼らホプリス族にも神話が存在するのか。
人類の神話に近いのだろうか? それとも全く違うのだろうか?
トオルにとって、とても興味が湧く話ではあるが有用な情報が得られるとは思えなかった。
「気が向いたらキューに、その神話の話をアルバさんのところへ聞きに行かせますよ」
「あのお嬢ちゃん苦手なんだよなぁ」
アルバは、自分の頭を掻き、食器を仕舞っているキューの方をちらっと見る。その目は得体のしれない物とも者とも区別がつかないモノを見ているようだ。
「アルバさん。俺、街を見てみたいんですけど」
「なんとなく、そう言うかと思ってはいたんだ」
アルバはそう告げると、鍵の付いた棚から一枚の羊皮紙を取り出してトオルに手渡した。
「おー、これは羊皮紙……かな。初めて見た」
トオルは場違いな感想を言いながら、そこに書かれている文字を読もうとした。
地球出身のトオルは、当然ホプリス族の文字を読めない。しかしそこはラーニングチップがある。昨日、つまりは騒ぎの翌日だが、ラナリの持っている本の内容をラナリから聞きながら、キューがホプリス族の文字を解析したのだ。トオルはその結果をインストールして、日常的な単語程度なら読み書きができる様になっていた。
ところが、アルバから受け取った羊皮紙には非常に難解な単語が多く、トオルには意味のある文章に見えなかったのだ。ラナリとキューが解析作業をしている傍らで居眠りをしていたので、正真正銘、インストールされた単語しか分からないのである。
「あの、アルバさん、これって何でしょうか」
「それは地区長の証文だ。お前さん達、全然ホプリス族に見えないからな。そのまま街に出たら怪しまれるから、難癖付けられたらそれを見せろ」
「読めない人がいたらどうすれば?」
「右下のところに、地区長の家紋があるだろう。その家紋付きの物を持っている奴をどうこうしたら、牢屋に入れられちまうのはみんな知ってる。領主様に連なる家柄だからな」
言われた通りに証文の右下を見ると、何やら大仰な印鑑みたいな風体で紋章が朱印してある。
「へぇ。あの印籠みたいだな」
「インローって、なんだ」
「ああ、いえ、こっちの話。ありがとうございます、アルバさん」
そう言いながらトオルは羊皮紙を丸めて、開けた襟元から懐に突っ込んだ。トオルの服には、こんなものを持ち運べるポケットがついていないから、こうするしかなかった。
「苦労したんだぞ。昨日、お前さん達が起こした騒ぎの説明を地区長に求められてな。なんとか害の無い事を説明して納得してもらったが、宿屋から出すなとか言われてな」
せっかく牢屋から出られたのに、宿屋に缶詰にされてしまってはたまらない。
「俺、出かけたら駄目ですかね」
「何言ってるんだ、その証文があるから出かけられるだろう。俺の顔に免じて、地区長も書いてくれたんだ」
「アルバさんって、凄いんですね……。ありがとうございます」
「いいってことよ」
トオルから感謝の言葉を受けて、アルバもまんざらではない様子だった。
「それでは、アルバさん。街の方へ行ってきます」
「……ああ、まあ気を付けてな。お前さんが帰るまでに出来そうな仕事は探しておく。……それと、くれぐれも騒ぎは起こさないでくれよ」
「わかってますよ」
アルバの宿から出たトオルは、大通りを気ままに歩き始めた。
ロネの街は、行き交う人々や、客引きをする商人達の声で活気づいていた。
ロネの街は、城が丘の頂上にあるせいで坂が多い。そのアップダウンに悩まされながら、トオルは物珍しげに通りを行く。
見たところ街灯が一本も立っていないのは、技術水準が地球で言う中世程度である為だろうか。おそらく、この街の住人は就寝時間も早いはずだ。そうすると、夜は治安維持の為に住民の自警団や城に仕える衛兵が巡回をすることが、トオルにも想像がついた。
どうやら、日暮れまでには帰った方が良さそうだ。
「欧州の観光都市が、紫髪のウィッグと紫のカラコンつけたコスプレイヤー集団に占領されたって感じだな」
トオルは、取り留めの無い事を言いながら、この街での観光、もとい情報収集をするために、街の中心部へと進んでいく。
何気ないお話。




