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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
114/136

11



 車に乗り込み、出発する。

 咲良は浩史の顔が見づらくて、俯いて地図を手に取った。


「今どこか分かるか?」

「あ、うん。この辺、かな」


 差し出した地図を運転の合間に覗き込む父の表情は、いつもと変わらない。ルイスと二人きりになってまで、あの質問をしたのは何でなのだろう?

 口からこぼれそうになった疑問を飲み込んだ。

 咲良に聞かれたくなかったからこそ、あのタイミングに聞いたのだ。本当なら咲良たちは工場の裏手にいたのだから。

 だったら、知らない振りをするべきなのだろう。


「うん、合ってる」

「へへ。大分慣れてきたでしょ?地図の見方」


 いつも通りに、と胸の中で唱えて、地図を置く。

 横からじっと見られている気がするのは、気のせいだ。運転している浩史が長く正面から視線を外しているはずがない。

 分かっているのに会話を盗み聞いたという負い目があるせいで、落ち着かなかった。

 気を紛らわせようとお茶を飲もうとし、ドリンクホルダーに刺さっているトランシーバーに視線が止まる。


「……お父さん、これいつから刺さってるの?」


 そういえば寝てる間にも通信してたっぽい、と思い出して恨みがましく父を見れば、飄々と答えられた。


「渡されたのは霊園でだよ。四台あるから、それぞれの班の前と後ろに、て渡されたんだ」


 つけたのはお前が寝てから、と言われる。耳をすませば、今もノイズが聞こえるから、通信しっぱなしなのだろう。


「寝る前に教えてよ」


 向こうに聞こえないよう、こそっと苦情を言っておく。

 悪い悪い、と浩史も小声で返し、謝罪なのかチョコのお菓子を渡してきた。霊園で買ったのだろう。


「もー、こんなので誤魔化されないんだからね」

「でも食べるのか?」


 おかしそうに言われるが、もちろん食べる。ぽい、と一粒口に放り込み、父にいるか尋ねると「いらない」と言われたので、遠慮せずにもう一粒食べた。


「っと!つかまれ」


 スピードが上がり、グリップに掴まる。

 これにもだいぶ慣れてきたな、と思いながら、窓の外に視線を投げると、流れる景色に人の姿が見えた。


「お父さん、あれって」

「生存者かもな。だが……加納さんの例もある」


 特養で別れたきりの女子大生を思い出し、咲良は頷いて口を噤んだ。あそこで何が起きたのか詳しくは分からなかったが、ここにいない以上、加納も起き上がったのだろう。

 浩史も黙り込み、車内に沈黙が降りる。

 気まずいな。

 ため息を飲み込んでチョコを片付け、ふと顔を上げて咲良は悲鳴をあげた。

 前の車に、横合いから死者が突っ込んでいく。


「お父さん!」

「足突っ張れ!」


 急ブレーキをかけられ、さっきとは比べ物にならないほどの圧が、締まったシートベルト部分にかかる。

 足を突っ張ったが間に合わず、慣性の法則で前に行こうとする身体と、留めようとするシートベルトで一瞬息が詰まって、噎せた。


「咲良!」

「だ、大丈夫」


 浩史の方はブレーキがあったから、足がクッション代わりになったらしい。それほどシートベルトのダメージを受けなかったのだろう。すぐさま操作に戻る。

 

「バックするぞ!」


 んぐ、と呻いて前を見れば、田原たちの車に衝突した死者がこちらを見ていた。タイヤがアスファルトに擦れる音が彼の気を引いたのだろう。

 飛びつくように駆けてくる死者に悲鳴を飲み込む。


「咲良!まだ来てるか!」

「来てる!あと五メートルくらい!」

『中原さん!』

「っはい!」

『そのままバックして、引き付けてください!』

「は?!」

『真ん中の車がやられました!』


 バックするために後ろを見ている浩史に「咲良!」と名を呼ばれ、父に代わって死者の向こうを覗き込み、ゾッとした。


「ドアが凹んでる!」

「勇さん!走行は可能ですか?!」

『分かりません!今、先生が聞いてます!』


 勇の声とノイズの向こう、ルイスの声が微かに聞こえる。田原か久佳か孝志に電話しているのだろう。

 

「咲良、Uターンする!しっかり掴まってろ!」

「分かった!」


 死者との距離が少し空いたのを見計らい、二車線にはみ出しながら強引に車の向きを変える。


「ついて来てるか?」


 前を見た浩史に代わり、咲良が後ろを振り返り死者を確認する。


「来てる。十メートルくらい間が空いてるかも」

「少しスピード落とすぞ」


 父の言葉に冷や汗をかいたが、頷いた。

 決して死者を振り払ってはいけないのだ。残った二台の所にいかれては困る。こちらに引き付け、遠くに連れて行かなければならない。


「どうだ?」

「五メートルくらいで安定してる感じ」

「このまま行くぞ。くそっ」

「お、お父さん?」

「雨が降ってきた!」


 忌々しそうにフロントガラスの向こうを睨む浩史につられて見れば、ぽつぽつと大きな雨粒がガラスに落ちている。


「路面が滑りやすくなるぞ。どこかにしっかり掴まってろ」

「うん。わっ」


 膝の上で振動した電話に驚いて見れば、発信者は勇だ。トランシーバーの電波が届かなくなったらしい。正確な場所は分からなかったが、窓の外を見れば、さっきとはずいぶん景色が違うから、知らぬ間に結構な距離を走っていたのだろう。


「おじさん!」

『こっちは走れそうだ!そっちは今どこ?』

「えぇと、」

「咲良、スピーカーにして空いてるドリンクホルダーに。勇さん、こっちはそばにデカい運動場があります! 名前は、」

「お父さん、あれじゃない?」


 身を乗り出して運動場の名前らしきものを見つけて叫べば、勇が『ああ!』と声を上げる。


『割と近くに遼たちがいるはずです!さっきそこのそばを通ったって連絡がありました!』

「じゃあ、くっついて来てるやつ撒いたらそっちに合流します」


 言うなり加速し、ハンドルを切る。

 咲良は転がりそうになりながら助手席のヘッドレストにしがみついて、後ろを見た。

 追ってきている死者の姿が遠くなり、見えなくなる。

 角を曲がったからかも、と用心をしつつ見つめ続けるが、死者が現れる気配はない。大粒の雨が路面を打つ音のおかげで、こちらのエンジン音が聞こえなくなって見失ったのかもしれない。


 雨で滑りやすくなった路面と、追ってきているかもしれない死者に警戒しながら走り、運動場を離れてしばらくたつと妙に整然とした一角に出た。

 大きな家がきっちりと並んでいる。


「新興住宅?」

「住宅展示場だ」


 ほら、と指さされた先に、大きく「ようこそ!」と書かれた風船のように空気が入ったアーチがあった。その奥にはやはり空気でふわふわと膨らんだ家や犬が置いてある。観覧に来た子供向けのものだろう。

 なるほど、ともう一度後ろを警戒しようと振り返りかけ、浩史の向こうに見えたものに悲鳴をあげた。


 車が突っ込んでくる。

 あちらもこの住宅展示場に逃げ込んだのか、迷い込んだのか、猛スピードだ。

 このままじゃ後部座席に激突されるだろう。


「お父さん!」


 ぐっ、と覚えのある圧迫感を覚え、浩史がアクセルを踏み込んだのが分かった。加速して前に出て躱すつもりなのだ。


 だが間に合わない。

 逃げ損ねた車の後部にぶつかられ、車体が大きく揺さぶられた。手がヘッドレストから滑り、すっぽ抜ける。

 伸ばした手が何かに掴まる間も無く身体が大きく振られて、咲良は頭から何か硬いものに激突した。

 口から悲鳴とも呻きともつかないものが漏れる。

 スマホから勇の叫ぶような呼びかけが聞こえたのを最後に、咲良の意識は暗転した。



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