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おきあがり  作者: 鳶鷹
四章
112/136

9



 車を運転する。

 本来なら普通免許を取れるのは十八歳なのに良いのだろうか、という罪悪感めいたものはあったが、少しだけワクワクしたのも本当だ。

 車を運転して何をしたい、という希望があったわけでは無いが、何となく運転という行為に憧れめいたものを抱いていた。が、


「……無理」


 頭がパンクしそう、と咲良は呻いた。

 隣りでは典子が車を指さして名称を呟いているが、所々間違えているし、目が彷徨っている。

 

「まぁ教本も無いからな」


 苦笑したのは浩史だ。

 ここに留まるのは二時間、と決めてから、はじめの一時間は勇が基本を教えて卓己と浩史は休み、次の一時間は交代すると決め、勇と交代したばかりだった。

 二人に「復習を」と言われて車の各部の名称と役割を答えようとしたのだが、名前を間違えたり答えに詰まったりで散々だ。

 教わっていたのは咲良と典子と桐野以外に、数年は運転していないが免許を持っているというペーパー運転手の久佳と、子供たちを悦子に頼んだ同じくペーパーの恵美、免許はまだ無いが講習を受けていたという田原。

 田原は何とか、桐野はすんなり、二人の試験をパスしたが、残りの女性陣はボロボロだった。特にまるで知識の無い咲良と典子はボンネットの中身が覚えられない。


「イラストの図解があれば分かりやすいとは思うんだが」


 卓己がボンネットを閉めながら言う。


「これから先、燃料を直に入れ替える事も出てくるかもしれないからな。覚えておいた方が良いんだが……まぁ、典子には遼がいるしな」


 ぶつぶつ言っている典子を見て、諦めた様にため息をついた。

 

「典子、とりあえず実践だ。咲良ちゃんも。浩さん、横に座ってちょっと走らせてみよう」


 了解、と浩史は軽く返事をしたが、咲良は焦った。

 アクセルもブレーキもサイドブレーキも覚えたが、ボンネットの中は謎の部品だらけだ。思い返せば、道すがらもニュースでも、壊れた車が爆発したり燃えていた。

 つまり車は爆発する事があるのだ。ついさっきまであったワクワクは、とうに無くなっている。

 ちょっと恐怖すら覚えながら他の人間を見れば、久佳と恵美もペーパー歴が長かったからか、かなり緊張しているようだった。


「それじゃ一回りしてみよう。桐野くん、君からだ」


 手招きされ、桐野が卓己と一緒に、卓己の運転していた車に乗り込む。

 咲良たちにお手本を見せるために選ばれたのか、桐野はきちんと乗る前のチェックをし、スムーズに走り出した。


「……咲ちゃん、覚えたぁ?」

「自信無い……」


 桐野がやった通りにやれば良いんだ、とは思うが、不安すぎて典子と囁き合っていると、田原が浩史に呼ばれる。


「時間が無いから田原くんこれ乗って。他の人たちは一応ここで戻ってくるのを待っていてください。ただ小町が吠えたらすぐに事務所の中に」


 咲良たちが頷くと、浩史は小町に「頼んだぞ」と一声かけ、田原に車をチェックさせ、一緒に乗っていってしまった。

 遠ざかっていく車を見ながら、今度は咲良が典子に尋ねる。


「……二回目だけど手順覚えられた?典ちゃん」

「無理ぃ」

「私も………」

「あんな丁寧な点検、教習所でくらいよ。普段はやらないわ」

「そうそう。実際は車の前とか後ろに子供がいないか、とか障害物は無いか、とかちょっと見るくらいで……」


 頭を抱えた二人に久佳と恵美が慰める様に言うが、どちらも目線が残った車の上を泳いでいる。手順を思い出そうとしているのだろう。

 視線が合うと互いに不安を感じているのが分かった。


「……とりあえず、残った車で指さし確認でもしましょうか」


 久佳の提案に即座に頷き、四人であれだこれだと言い合っていると、卓己と桐野が乗った車が返ってくる。

 

「じゃあ交代。典子」

「はいぃぃい!」




 結局、四人が四人ともどこかしらに問題点を残して、それでも一通りの運転は教わり、二班に別れた。

 咲良は父の運転する助手席でぐったりしながら、エアで運転をなぞってみる。


「どうだ?」

「………無理」

「まぁ一回じゃな。普通は座学も実際の運転も、何回かに分けて教わるものだし」

「だよね……」

 

 遼は散々けなしていたが、咲良たちの車の前を行く田原の運転は、普通に走っていれば危なげは無い。流石に死者たちが出て来た時は車体がぶれたりするが、それ以外は通常運転だ。

 先頭車両の運転手のルイスのお陰で、あまり危険は無い。ルイスが撥ねた死者が起き上がって襲ってくるより、後続車が走り去る方が早いからだ。

 ルイスは結構なスピードを出して走り去るから、むしろ置いて行かれないようについて行く事の方が重要だった。


「これって合流地点は決まってるの?」


 咲良たちが運転の名残でぐったりしている間に、運転手を務める男性たちの話し合いは終わっていて、山ほど買い込んだペットボトルを両手いっぱいに渡されたかと思うと、すぐに出発したのだ。

 だから咲良は行き先を知らなかったのだが、娘の質問に浩史は首を振った。


「おおよそは決めたらしいが、どこまで行けるか分からないからな。連絡を取り合って、最終的な野営地点を決める予定だ」

「野営?」

「ああ。多分、今日中にあちらにはつけない。進みが遅すぎる」


 進めた距離を見てご覧、と地図を指されて見て見れば、確かにあまり進んでいない。まだ市内だ。

 時間は十時過ぎ。朝からここに来るまでにかかった時間や休憩時間をとったのを思えば、三台になって身軽になった分、これからはもう少し遠くまで行けそうな気もするが、道の選び方や今夜泊まるところを探す事を考えたら、今日中に到着するのは無理だろう。

 

「疲れたら寝ていていいぞ」

「でも助手席で寝るのって運転してる人には嫌だって聞いた事あるよ?」

「人それぞれだな。俺はさっき一時間休ませて貰って寝たから、別に横で寝られても気にはならないし」

「じゃあちょっと目閉じてる。覚えた事が頭からこぼれそうなんだもん」


 頭の中にちらつくアクセルやブレーキにため息を漏らすと、浩史が笑う。

 その声をBGMに咲良は目を閉じた。

 本当に寝入るつもりはなかったが、疲れていたのだろう。

 気がつけば眠りに落ちていた。




 ガクン、と衝撃を受け、咲良は目を開いた。

 

「起きたか?」


 横を見れば前を見て運転する浩史がいて、移動中だった事を思い出した。


「私、寝てた?」

「寝てたな。んー、一時間くらいか。疲れてたんだろう。揺れる度にもぞもぞしてたから何度か起きたかと思ったけど」

「ごめん、全然気づかないで寝てた……わっ」


 何か踏んだのか、撥ねた車に慌ててグリップを掴み、窓の外を見て驚く。

 いつの間にか住宅やビルがある地域に入っていたらしい。


「どこ?すごい進んでる気がするんだけど……」

「ああ。三台だからずんずん進んでるな。スピード出してるから、時々、靴とか鞄とか物が落ちても避けられないんで危ない」


 なら先程の衝撃も、何かしらの物を踏んだせいなのだろう。


「もしかして今日中に麓くらいまで行ける?」

「この調子だと行けそうな気もするが、」

『中原さん』


 いきなりのノイズ交じりの声が聞こえ、咲良は飛び上がった。

 この車に乗っているのは咲良と浩史と小町だけなのに。

 どこから、誰が、と視線をキョロキョロする咲良に、浩史がぷふっと吹き出しながらドリンクホルダーを指さす。

 見ればトランシーバーが一台、そこに刺さっていた。


「聞こえてます。どうぞ」


 娘の反応に笑いを堪えながら応える父の肩に手を伸ばして軽くひっぱたくと、トランシーバーからノイズ交じりの勇の声が聞こえてくる。


『?これからなんですけど、少し休憩しましょうって』


 笑い交じりの浩史の声とパシッという音を疑問に思ったのだろう。不思議そうな勇の声に、浩史は一つ咳をして答える。


「こちらはついて行くだけなので構いませんが……休憩、ですか?」


 つい一時間前まで休んでいたのに、と問いかけると、困ったように返事が返ってきた。


『遼たちの方の進みが遅いんです。あっちは小さい子供が三人いるから、休憩をちょこちょことってるらしくて。こちらもどこかで休憩を入れないと、距離が開いてしまって、夜に合流するのが難しくなりそうなんですよ』


 なるほど、と浩史が頷く。

 莉子と悠馬のおむつ替えや授乳、美優のトイレの問題だろう。朝発ってから霊園まで我慢させ続けた反動があるのかもしれない。後は山下や遼の精神的疲労か。

 あちらは戦力の分散の為、先頭車両は卓己が一人、最後尾の山下の車に桐野が、山下家の妻子は莉子の授乳の関係もあって上野家の車に移っているはずだ。

 慣れない相手と車内という密室にいるのだから、卓己以外の運転手の疲労は大きいだろう。


「どこで休憩をとりますか?」

『もう少し行ったところ、左手の丘の上に古い工場があるんです。廃業した工場なので、そこに』

「了解しました」


 じゃあ、と言って途切れた声に咲良はトランシーバーを見る。

 通信中のランプがついているから、特養からスーパーへの移動中と同じく、常に回線が開きっぱなしの状態なのだろう。耳を澄ませば、微かなノイズと誰かと話しているらしい勇の小さな声が聞こえた。

 

「……何でトランシーバーの事教えてくれなかったの」


 変な寝言言ってなかったかな、と不安になりつつ浩史に抗議すると、すまんすまん、と苦笑された。


「言おうと思ってたんだけど、機会を逃した。大丈夫、聞こえて恥ずかしい事は言ってないから」

「もうっ」



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