娘の想い・2
まるで、この場所だけ空間が閉じられているかのように、何の音も入ってこない家。人の気配すらあるのかないのか分からなくなるほど、シン……と静まり返っていた。唯一あるとすれば壁掛けの時計の、秒針が動く音と六十秒毎に動く分針の音だけだった。
「……お父ちゃんね、昔から体が弱くて、戦争に行かれなかったんだ」
「……」
ふと、ハナはそう言いながら膝を抱えた。
遠い記憶を思い出すように、少し視線を下げて語り始める。
彼女が亡くなったのは、戦時中、空から撒かれた焼夷弾に当たったせいだと言う。
空襲警報が街中に鳴り響き、各家々から人々が必要最低限のものを風呂敷に包んで担ぎ、防空壕目指して駆け出す。誰もが必死に生きることへの執着を見せている最中の、不遇の一致だった。
「家から出たら、雨のように沢山の焼夷弾が降ってきて、背中に背負ってた荷物に火が移ったんだ」
「……」
「周りに水も無かったし、すでに火に囲まれてたし、逃げ場がなかったんだよね」
困ったように笑うハナに、栄清は言葉もない。
どこか作り話のようにも聞こえてしまうが、彼女の今の様子は、どこから見ても嘘はない。
「その時、お父さんは……?」
自然にそう尋ね返すと、ハナは顔を上げて栄清を見る。
「その日はね、お父ちゃん、町の公民館に行ってたんだ。兵隊としてお国に尽くせない分、もっと違う形でお国の為になろうとしてた」
「……」
「色々頑張ってたんだよ。お父ちゃん。でも、事情が事情で兵隊さんになれなかったお父ちゃんのこと、周りは皆白い目で見てた。私もお母ちゃんも分かってたし、凄く……辛かった」
お国の為に命を賭せない非国民が。
そう後ろ指を指されていた時代があった、と言うのはよく聞く話だ。だが、今改めてそう聞くと、何やら胸が重くなる。
「私、お父ちゃんに元気でいて欲しいんだ。私が先に行っちゃったこと、凄く親不孝だったなって思う。周りが、お父ちゃんのことよく言わなくても、私にとってお父ちゃんは尊敬できる人だから」
自慢できる、最高のお父さんだった。
ハナには、それを胸を張って言える。それだけ、彼女の父親は誰よりも家族を愛し、気にかけ、自分なりに一生懸命守ろうと足掻いたのだろう。
――そう、か……。
栄清はふと、自分自身のことを振り返ってみる。
自分は果たして、家族に対しても胸を張れるだけの人間だっただろうか。子供に尊敬してもらえるだけの、父親だっただろうか……。
そこまで考えて、思い返してみると何とも言葉がない。
――そうじゃないから、俺は今、独りなんだ。
父親として、成すべきことはしていた。
家族の為に、家族が困らないように日々仕事に励んできた。それ自体は間違いじゃないが、それだけではダメだった。
「君の、お父さんは立派な人だったんだな」
少し視線を下げてそう呟くと、ハナは満面の笑みを浮かべる。
「うん!」
そう言って大きく頷くと同時に、家の奥に行っていた男性が、盆の上に食事を載せて現れた。
「お待たせしましたね。あり合わせしかないんですけど……」
そう言いながら机に置いた盆には、みそ汁と漬物、そして小さな焼き魚に、青菜と油揚げの醤油炒めだった。
「……」
誰かの温かな手料理が栄清には久し振りで、胸が詰まる。
「……すみません。ありがとうございます」
ふいに出た言葉に、栄清は僅かに目を開いた。




