いつもどおりの朝
なかなか面白い体験だった。未だにあのとき会った三人が誰なのかは思い出せないが。
夢の余韻をしばらく楽しんでいたが、ふと目に入った時計で現実に引き戻された。俺には俺の暮らしがある。もう夢の中に浸かっているわけにはいかない。
慌てて髭を剃り、髪を整え、歯を磨く。それからスーツを着込み、パンを口にくわえて慌ただしく家を飛び出した。
毎朝決まった時間に停車する電車に乗り、毎朝決まった時間に――今日は寝坊しかけたが――出社する。何の変哲もない、至って普通のサラリーマンの暮らしだった。
「おはようございまーす」
間延びした挨拶をして、自分のデスクに向かう。新卒で入った小さな会社。給料は平均と比べると低いがゆるい環境で、ずっと独身の俺は気楽に居座り続けていた。
パソコンを立ち上げてぼんやりメールを眺めていると、デスクの上にコーヒーが入ったマグカップが置かれた。ふと顔を上げると、同期の静田美紗が微笑みを浮かべて立っていた。
「どうぞ」
「ありがと。……これ、ブラックじゃないよね?」
「何年同期やってると思ってるの。ミルクと角砂糖二個。ちゃんと覚えてるよ」
「よろしい」
俺は一口、コーヒーを啜った。会社に置いてある安いコーヒー。だが、長年飲んでいるせいか喫茶店のコーヒーよりこっちのほうが舌に馴染む。
「そんな甘いコーヒー、胃もたれしないの?」
「むしろ俺は、美紗がなんで何も入れずに飲むのかが理解できない」
「なんでよ。コーヒーはブラックでしょ」
「味覚音痴だな」
「どっちが?」
こうした軽口もいつものことだ。ふと、美紗に夢の話を聞いてほしくなった。
「そういえば、俺、初めて明晰夢見たんだよ」
「明晰夢? って、夢の中でも意識があるっていう、あの?」
「そう。なんか中学生と人形劇して、最後は山に登ってた」
「何それ。脈絡ないね」
「まあ、夢だからな。ただ、夢に出てきた中学生が誰なのか、それがどうにも思い出せないんだよなあ。知ってる気がするんだけど」
「昔の同級生じゃないの? あんた記憶力ないし、忘れてそう」
「失礼な」
とは言うものの自分の記憶力に自信がないことは確かだ。しょっちゅう美紗に頼まれた仕事を忘れて怒られている。
「まあ、夢の話に夢中になるのはいいけど、仕事はちゃんと集中してよね」
「分かってるよ」
俺は熱いままのコーヒーをふうふう冷ましながら飲んだ。
さて、仕事に取り掛かるとするか。




