3-13 『声』に従う、『母』に反発する
「おっすミエリ、ちょっといいか?」
「ん?一体どうしたのアフタレア?」
皆で食事を済ませ、ミエリが自分の部屋に持ち込んだレガナを寝かしつけ終えたタイミングでアフタレアが部屋に入ってくる。
「シャラムのヤツはどこにいる?」
「今シャワー浴びに行ってるよ」
「そうか、ならちょうどいいな、ミエリお前にちょっと話がある」
そう言うとアフタレアは床にベタ座りして懐から資料のような物を取り出した。
「昨日沼地でみんな逸れちまっただろ?んでその時シャラムが端末で連絡を取ろうとしたんだが……」
「私の端末が壊れてたから連絡つかなかったんでしょ、ジェインズさんたちから聞いたよ」
ミエリもちょっと抵抗を感じつつも、アフタレアにならって床に座る。
「なんだ聞いてたのか、まあそう言うことだ、シャラムの奴が救援要請した時についでにお前とイサオにも連絡入れたらしいんだが、何故か壊れてて繋がんなかったそうだ」
「え?イサオさんも連絡つかなかったの?」
(そういえばジェインズさんたちがそんなこと言ってたかも……)
口ではそう言いつつも、ジェインズ達がそんなことをサラッと言っていたことをミエリが思い出す。
「ああ、その様子だとそれについてシャラム達からは何も聞いてねえみたいだな」
「アフタレアも知ってるでしょ、あの二人は適当だって、いつも大事なことを伝えないんだよ」
ミエリが頬を膨らましながら答える。
「はははっ!そうだったな、まあそれでアタシは端末が使用不可になったのは沼地の異変でフェイクラムが絡んでたんじゃねえかって思ってたんだよ」
「違うの?」
「結論から言うとそうだな、ギルドにも相談して解析データを見せてもらったが、あのデカブツにはそんな能力を使ってた痕跡もないし、奴のサンプルからも機械類に異常をきたす作用は見つからなかった」
取り出した資料を開き、アフタレアが丁寧にミエリに指差しながら伝える。
「えっと……つまり……わたしたちの端末が使えなくなったのはその……別の原因があると……?」
ミエリが頭の中で言われた情報を繋ぎ合わせながら言葉を発する。
「つまるところ原因は分からない」という話すら、脳筋だと思っていた人物の知的な行動と発言のギャップでミエリの頭は混乱してまとめられなかった。
「そうなるな、だからわたしはこれの原因が誰かが故意に持ち込んだ物の影響だと考えている」
「えーと、つまり?」
「おそらく、まだギルドが認知していない流されモノをあの時ダンジョンに持ち込んでいた奴が潜んでたんだ、あの異常事態のあとに何人も解明者がダンジョンに入ったらしいが誰の端末にも異常は出なかったらしい」
そう言ってアフタレアが別の資料を開く。
「一応二人の端末の通信状態も調べてもらったが通信障害が起きたタイミングはバラバラで詳しい原因も分からなかった」
「へぇ〜、よくそこまで調べられたね」
「アマユちゃんが協力してくれたんだよ」
「アマユさんが……?」
「あの人はああ見えて真面目なんだ、今日会った時もお前のことを心配してたぞ」
「え?でも昨日あった時は……」
「あの時はおくびにも出してなかったが今日あった時に言われたんだよ、ダンジョンから戻ってきてから様子がおかしいから確認してくれってな、後でちゃんと顔くらい見せて大丈夫だって言っておけよ」
「…………」
「とにかく、あの時なにかやべえヤツがいた可能性がある、それもダンジョンを出入りできる存在がな」
「ダンジョンを出入りできる危険な存在……」
ミエリの顔が少し青ざめる、想像もつかない怪物がこの世界を彷徨いていると考えると恐怖を抑えきれないのだ。
「一応そのやべえヤツの目星はついてるから、次のダンジョンに入るときにメンバー全員に話そうってシャラムたちと話し合ったからミエリもその時は聞いとけよ?」
「う、うん……」
「まあだからこれからは気をつけろってことってことが言いたかっただけだ」
「……わかった、ありがとうアフタレア」
「今は仲間なんだから当然だろ?特にお前は無茶するからな」
今は仲間……そんなことを言って微笑んでいたアフタレアの表情が急変する、その目は真剣でいつものふざけた雰囲気はなかった。
「さて、アタシがここに来たのはこれを言いたかったからじゃない、お前に聞きたいことがあったからだ」
「え……?ま、まだなにかあるの……?」
突然のことに驚きを隠せないミエリにアフタレアは淡々と続ける。
「今日アマユちゃんと話したと言っただろう?様子がおかしいってさ、それでアタシがヤバい死に方したからナーバスになってるんだろうって言ったらアマユちゃん驚いていたんだ」
そこまで聞いたミエリの顔から滝のような汗が流れ出す。
「解明者が蘇生されるとギルド側に通知がくる、それの管理を任されているのがアマユちゃんとユーマルちゃんだが……今はほとんどアマユちゃん一人で管理している状態だ、だがその管理者が何も知らない……」
そこまで言ってアフタレアがミエリに迫る、その影がミエリに被さり放たれる威圧感に容姿の幼い彼女は縮こまった。
「さてここで質問だ、お前はどうやって生き返った?」
立ち上がったアフタレアの放つ気はミエリのような小さい存在に歯向かうことを許さず、彼女に逃げ場が無いことを悟らせるだけの十分な迫力があった。
「うっ……誤魔化すことはできなさそうだね……イサオさんも知ってるし正直に話すよ」
ミエリは深呼吸すると観念したかのように口を開いた。
「ねえ?アフタレアは夢の話って聞いたことある?」
「夢?もしかしてこの世界に来る時に見るとかいう女の声の話か?」
「!?その反応、アフタレアも見たことあるんだね!?」
「まあその……私は再生の洞窟で蘇生した時に見たんだよ、この世界に来た時もアタシと会話したと声の女は言ってたけど、正直覚えてないんだ」
「再生の洞窟?」
突如謎の単語が出てきたことでミエリが首を傾げる。
「今気にしなくていい、それよりその夢がどうしたんだ?」
「その夢と、多分だけど同じ女の人が私に言ったの……『貴方の事が気に入ったから何度でも生き返らせてあげる、だから私を楽しませて』って」
その言葉を聞いたアフタレアがどこか合点の言ったような表情と共にため息を吐く。
「なるほどなぁ、つまりお前はアレのお気に入りって事か、それほど入れ込まれてるって相当だぞ?少なくとも私は聞いた事がない」
「そうだろうね……いきなり生き返ったことにジェインズさんたちも驚いてたし」
「ん?あの連中もこのこと知ってるのか?」
「まあ、あの人たちの目の前で生き返ったからね、それとあの人たちがイサオさんと知り合いなのもその夢の事がキッカケらしいよ」
「マジか……」
予想外の情報を出された衝撃でアフタレアが言葉を失う。
「あの声は自分を『グリザイユの貴婦人』と呼んでた」
「グリザイユの貴婦人……」
「そしてわたしにある目的を言ってきたの『自分を探して欲しい』って……だからそれを達成するまでは止まれない、お願いだからこのことは黙ってて欲しいの!」
ミエリの必死の姿勢に今度はアフタレアが敵わないといった表情でやれやれと言いながら頭を掻いた。
「この夢のことはギルドに言ってもダンマリのきな臭い話題だ、安心しろ誰にも言わねえよ」
「アフタレア……」
アフタレアの言葉にミエリはホッとしたように胸に手を当てる。
「それにこの話はおっさん以外知らないんだろう?」
「いや、イサオさんには夢の声から何かを言われたってことしか話してないよ?」
「ゲッ……なんでアタシにだけ全部話したんだよ……とりあえずこのことは誰にも話すなよ!もうすぐエンロニゼが帰ってくるしここにいたらシャラムに変な誤解されそうだから部屋に戻るけどマジで誰にも喋るなよ!?」
自分の得た情報の重さに動揺するアフタレアが音量を抑えた声でミエリに忠告する。
「もちろんそのつもりだよ、というかエンロニゼと一緒の部屋なんだね」
「アイツにイサオとアタシどっちの部屋にするか聞いたら良い香りがするからって理由でアタシになったんだ、まあ変なことしたら絞め殺すって釘を刺されたけどな」
「安全性だけ考えたらイサオさんの方が良さそうだけどね」
「失礼だな、ちゃんとヤる時は許可を取るさ、それにおっさんの部屋は汗臭そうだから嫌なんだと」
「あはは……今の発言はシャラムとイサオさんには言えないね」
アフタレアの言葉にミエリが苦笑する。
「まあこれからは色々気をつけろよ、解明者になる以上自分の身は自分で守れるようにならねえとアタシたちが守れないこともあるだろうからな」
そう言いながらアフタレアがドアの前に立ちドアノブを回して部屋を出ようとする。
「あ、そうだ」
が、そこで振り向いてミエリに声をかける。
「まだなにかあるの?」
「今ウチのパーティはかなり仲間が増えたからな、お前に指示を仰ぐこともあるだろうが本当に苦しい時は戦闘以外でも遠慮なくアタシやシャラムを頼れよ、お前はまだ新人でアタシたちは先輩なんだからな」
「……そうだね、わかったよ」
「わかったならそれでいい、言いたいのはそれだけさ」
「アフタレアって優しいんだね」
再び背中を見せるアフタレアにミエリが優しい声でそう告げる。
「言われなくても知ってるよ」
そんなことを言いながら去っていくアフタレアの背中を見送ってから、ミエリがベッドにダイブする。
(少しずつだけど順調にパーティのメンバーが増えていってる……そろそろ貴婦人ちゃんの言ってた謎を解いて欲しいっていう場所に行けるかもしれない……)
そう考えながらミエリが寝返りをうつと目の前にレガナの籠が現れた。
(でもわたしの都合でみんなを振り回していいのかな……レガナだって危険な場所には行きたくないだろうし……)
そんなことを朧げな意識の中でミエリは一人考えながらまどろみの中に沈んでいった。
………………
同時刻、イファスコロニーのリサーチャーズギルド。
ミエリが夢心地のなっているその時、ビルセティはギルド施設の奥にある重役用の応接室で例の少年と向かい合っていた。
「ちゃんと言うこと聞けて偉い偉い」
「貴方が脅迫しなければ私はここには来ませんでした、ミエリの解明者資格の剥奪などやり方が陰湿です」
「あの女は『声』による介入を定期的に受けている、そんな奴こちらで利用できないのなら身動きを封じるのは当然だろ?」
「それはそちらの勝手な都合です」
ビルセティが険しい表情で少年を睨む、そんな彼女に対し飄々とした態度を崩さず少年は話を続ける。
「やれやれ、僕は『母さん』の言うことを聞いているだけだと言うのに兄弟の問題まで手を回さないといけないのは結構しんどいよ」
「私はもうアレに従う気は無いんです、いくら超越した存在だとしてもここはアレを上回る混沌と虚無が潜んでいるような気がします、驕れるのは勝手ですがそれの道連れになる気はさらさらありません」
「『母さん』に対してそんな根拠のない主張を強気に言えるなんて尊敬するよ」
そう嘲る表情でビルセティに皮肉を言い放つと少年は脚を組み直す。
「最近はテロ組織紛いの連中に混ざって暴れてる兄弟もいるらしいし、僕としては血を分けた者としてもっと連帯感を感じて欲しいんだけど」
「御託は十分です、今回私を呼んだ理由はなんですか?」
必要最低限の言葉だけを発してビルセティが本題へと誘導する。
「会話の楽しみがないなぁ……今回頼みたいのはさっき君が言ってたようにここの世界はヤバイからを調査してほしいんだ」
「そんな雑な指示で何をしろと?」
「この世界は深淵や宇宙の果て、白痴の夢などよりもよっぽど不可解な存在だ、僕たちですらこの世界を相手取るのは中々骨が折れる」
「そうですね、そんな不可思議な世界だからこそミエリはこの世界の真実に近づこうとしているのでしょう」
「……それも僕が教えたことなのになんで自分はよくわかってますみたいな態度を取れるんだ……というか君はあの女と一緒にいたのになんで『声』と特別な関係だと知らなかったんだよ?」
「私はミエリを信じています、記憶の抽出なんて背信行為をするわけにはいきません」
真剣な表情でそう宣言し少年を真っ直ぐ見るビルセティに対して、そんな惚気に興味のない少年はふーん……とだけ言うと腕を頭の後ろに持っていき大きくのけぞる。
「ふぁ〜あ……まあそれはひとまず置いといて、今回の調査対象はこれだ」
そう言うと少年は瓶を取り出して机に置いた、瓶の中には7、8mm程度の透明度の高い小石が数個入っている。
小石……と表現したが形を把握するのが困難で固形ということしか分からず、その透明な中に複雑な虹彩が煌めき、ビルセティはその小石の中に別の世界があるように錯覚した。
「これは……?」
ビルセティは瓶を手に取ると、顔を間近まで持っていきしげしげと中身を観察する。
「それはカデヌラーデ、『無』の対極にある存在……『有』そのもの」
「訳がわかりませんね、無の対極だの有そのものだの、そんなこと誰が証明したんです?」
「さあね、僕もよく分かってないよ」
大袈裟なジェスチャーと共に無責任なことを言い放つ少年にビルセティの眉間の皺がさらに寄る。
「まあそいつが無限の可能性を持つ危険な物質なのは間違いないよ、ギルドが1グラムに対して一生遊んで暮らせるほどの大金をはたいて買取という名の回収をするくらいには、ね」
「これをどうしろと?」
「こいつを外で見つけて『母さん』の元に届けて欲しい、ここにあるのは当然持ち出せないし僕もここから出られないからね」
「届けた後は?」
「しらね、あとは『母さん』が自分で全部やってくれるってさ、だから見つけて届けるか届けられそうな兄弟に渡してくれればそれでいい」
軽薄な態度で返答する少年にビルセティは呆れてしまい、なるべく反応しないよう無視するような態度をし始めた。
「アレがそれほど意識しているということは危険な物だというのは間違いなさそうですね」
「そんなわけでよろしく頼むよ、もちろん見つけたのに持っていかないなんてやったら『母さん』にバレるから正直に行動しなよ?」
「随分と偉そうに言いますね、貴方がギルドに引き篭もるなんておかしな行動を取らなければ人に頼まずに済んだのではないのですか?」
「これは『母さん』の意思だ、僕が勝手にやってるわけじゃない、それに君の方がよっぽどおかしな行動を取ってるよ?」
「なにを……」
「あのミエリって女、確かに『声』に気に入られている特別な存在だけどさ、君が彼女に付き纏っているのは単純な恋愛感情なんだろ?」
「その通りですがそれが何か?私はミエリという人間に惹かれて共に行動しているんです」
「でもあの短時間でそこまでゾッコンになって主従関係まで築くなんて違和感しかない、君は『母さん』から人の世界に溶け込むことを命じられている……その恋心も『人』になるために自身に思い込ませてるだけじゃないのかい?」
「そんなことは……」
少年を挑発しようと嫌味を言い放ったビルセティだったが、逆に突きつけられた言葉に対して口を噤んでしまう。
「ま、君が人を学ぶために何をするのかなんて興味ないし、それで君がどんな行動を起こそうがどうでもいいけど僕たちの邪魔だけはしないでくれよ」
そう言うと少年は立ち上がり出入り口のドアを開けて退出する。
「じゃあおつかれ、お互いしっかり役目を果たせるといいね」
そう言い残し少年が去っていく、一人残されたビルセティは悔しさから歯と拳に力を入れて溢れ出る怒りを押し殺した。
「私は……人の真似事などしていません……ミエリのことも、本心で……くっ!」
どれほど自分に言い聞かせても頭の片隅にある『人として生きることを学び、使命を果たせ』という意思がその考えを否定し、それを振り払うようにビルセティは部屋を飛び出した。




