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ストレンジフィールド  作者: 大犬座
2章 実戦と濡れた人形
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2-7幻惑と死体と怪生物

場面は変わって、孤立しているイサオは予想外の光景に唖然としていた。


「おかしい……奴らは共生関係ではないのか?」


イサオは濃霧の中でも特殊な器官で的確に状況を把握し、圧倒的有利な攻めをしてくるマーダーバットに苦戦を強いられる覚悟だったのだが現実は違った。


今、彼の前には二体のマーダーバットの死骸が転がっている。


先ほど、彼らは牙を剥き出し急降下すると、近くにあった立ち枯れた巨木に爪を立てて貪るように食らいついた。


その様子は、まるで獲物を狩るような仕草だった。


「どういう事だ……?こいつらは肉を喰らうグロブスタのはず……」


イサオは状況の不可思議さを首を傾げつつも、敵を前に隙を晒し続ける怪物を剣で叩っ斬ったのだ。


「この霧の原因は師匠の戦ったグロブスタではない……?そういえば師匠は霧を出すとしか言っていなかった、だがこの霧は……」


この状況に対して違和感を感じていたイサオはここまでに至った原因をもう一度考える。


そもそもパーティメンバーとはぐれてしまう事自体がおかしかったのだ、霧の影響でパーティは本来より固まった状態で動いているにも関わらず、いつの間にか完全に見失っていた。


いや、はぐれたとしてもそんな簡単に長距離を移動しているはずが無い、大声で合図をすれば誰かが気づいた筈だ、だかどれだけ声を張り上げても返事が返ってくることはなかった。


「この霧には……幻惑効果があるという事か……?」


今分かっている情報を整理してたどり着いた結論は、考え得る中で最悪のケースだった。


「よりにもよってこんな日に……端末も機能しないこの状況でどう動くべきだ?」


先ほどから仲間や組合に連絡するが全く繋がらない、そんな状況でイサオは決断を迫られていた。


「こうなれば……仲間の捜索を続けるしかない」


ダンジョンを脱出して救援を呼ぶ事も考えたが、それでは間に合わないかもしれない。この沼地は死体の捜索が難しいことで有名なダンジョンであり、どんな状態でも早期に発見する必要があるとイサオは判断したのだ。


「クソッ!コロニーから近いというだけでここを選んだのは失敗だったな……」


自分の判断を深く後悔しながらイサオは沼地をあてもなく進んで行った。


………………


状況の悪化を理解した他のパーティメンバーが必死に行動している中、ミエリは謎の従者の存在に頭がいっぱいとなっており、自身の危機に対する意識が薄くなっていた。


「ねぇビルセティ、私たちってどこに向かっているの?」


「え?ご主人様が離れようとおっしゃったので移動してるだけですが?」


「え゛?」


「え?」


二人の間に沈黙が流れる。


「ちょっと待って、一旦落ち着こう」


ミエリが頭を抱えながら尚も歩き出すビルセティを制する。


「じゃあ私たちが今どこにいるのか、あなたにもわからないんだね?」


「そうですね、ご主人様からの指示もなかったので」


「あのさ……そのご主人様ってのやめて、私はハスハマ ミエリって名前なの、ミエリって呼び捨てで呼んで」


「分かりました、では敬語もやめた方がいいですか?」


「いや、そっちは気分良いから続けて大丈夫だよ」


「そうですか、ではこれからの指示をお願いします」


ビルセティが淡々と返す。


「うーん……とは言っても私だって何もわかんないから、どうすればいいのか……」


そんな会話をしていると遠くから誰かが呼ぶ声がミエリの耳に入ってきた。


「ん?誰かいる?」


「……え?」


ビルセティが訝しげな表情でミエリを見る。


しかし、ミエリはビルセティの背後に遠くから霧の中を駆け寄ってくる人影を見た。


「やっぱり誰かいる!おーい!!」


見ると人影は手を振って合図をしている、ミエリも返事をする様に手を振り、走って近づこうした。


「おーい!誰かいますかー?」


そう言いながら手を振ってきたのは耳の長い少女だった。ミエリは人を見た安心感で満たされて少女に近づき声をかけようとしたその時、彼女の体をビルセティの触手が絡めとった。


「ちょっと何するの!」


突然の事に憤りを露わにするミエリ。


「待ってくださいミエリ、あなたにはさっきから何が聞こえているんですか?」


ビルセティの意味不明な質問にミエリはキョトンとする。


「私にはあの人が何も言わずに駆け寄ってきてるようにしか見えません、あの人は一言も喋っていないんです」


その言葉聞いてミエリが恐る恐る振り返るとエルフの少女は目の前まで来ていた。よく見るとその体は所々損傷しており、そこから腐敗している。


そして、その口や目から勢いよく濁った緑色の液体が飛び出してきた。


(……!?これってイサオさんが言ってた死霊のウーズ!)


「危ない!」


襲い掛かるウーズからミエリを守るため、ビルセティがミエリを放り投げる。しかしそのままウーズはビルセティの触手に取り付くと本体に向かって凄まじい速度で登っていく。


「ビルセティ!」


「大丈夫ですミエリ、私の触手はあらゆる物質を吸収できるんです……」


その言葉より先に触手に取り付いたウーズが凄い勢いで吸われていくのがわかった。


「特に、液体ならば吸収速度は乾いた海綿より早いです!」


その発言は嘘ではないようで、既にウーズの姿は跡形も無くなっていた。


後にはウーズに使われていた少女の亡き骸が残るだけとなった。


「…………いや凄すぎるんだけど、とりあえずビルセティがいるなら怖いもの無しだね」


「ですがこの霧はだけは払うことが出来ません、どれほど吸収しても際限なく発生しているため、視界を確保する程度のことしかできないんです」


聞いてもいないことをビルセティが弁明する。


「別にいいよ、さてと……これ、蘇生しないといけないよね……」


ミエリは痛みのひどい少女の死体を見る。詳しいことがわからないミエリにも土気色のこの死体は結構日が経っていることが分かった。


「うう……最悪」


そう言いながらミエリは荷物から死体袋と包帯を取り出す、死体が崩れないように包帯でしっかり形を保持して袋に入れる、登録時の研修で叩き込まれたやり方だ。


「蘇生……?そんなことができるんですか?」


「そうなんだよできちゃうんだよ、だからなるべく死体は回収してあげないとね」


そう言ってモノの入った袋をミエリが背負う。


「それならばこれも抽出してあげないといけませんね」


そう言うとビルセティが触手を揺らす。するとその先端から死体が大量に発生しはじめた!


「うぇえええぇ!?」


「ふぅ……これだけ溜まってましたね」


「溜まってましたねって……これ一体なんなの!?」


「ミエリと会う前から私は魔素を吸収するために、ずっとここのスライムを狩っていたんです。これはその狩っていたスライムの中に溶け込んでいた方々を抽出して戻してあげただけですよ」


「ど、ど、ど、どういうこと!?あんた何サラッととんでもないことしてるの!?」


「そうは言っても、私は触手を扱う事と、吸収、分離、抽出、再構築しか出来ませんよ?」


「いや、十分すぎるでしょ……やっぱりあんた信用できないって、どう考えても化け物じゃない」


少しずつ冷静を取り戻しながらも、ミエリはビルセティと距離を取る。


「そうですか……でも当然ですよね、私自身も自分がどんな存在かよく分かってないのですから……」


ビルセティがしょんぼりとうなだれた。


(…………でも、この子がいなかったら私は死んでた、私を殺すことだって出来たのに……それでもずっと守ってくれている)


「……でもさ、私が襲われた時助けてくれたよね、それはその……ありがとう」


そんな彼女の姿を見たミエリは少し考えた後、そう言いながら頭を下げる。


「え?いえ、お守りしますと言ったんですから当然です」


「でももうこれで三回目だよね、本当はもうあんたのことちゃんと信頼しないといけないのかも」


それを聞いたビルセティの表情がみるみる明るくなる。


「まあそれはそれとして、この死体の山はどうしよう……」


「え、ダメでしたか……?」


「ダメでしたも何も私こんなに運べないし……とりあえずここに置いておこう、あとでなんとかできるでしょ」


そう言うとミエリは袋を縛り付けたバックパックを背負い直す。


「とりあえずあっちに行ってみよう、この方向に何かがありそうな気がするんだ」


「随分とざっくりした予想ですね、分かりました、行ってみましょう」


幻惑効果のある霧を大量に取り込んだミエリは確証もなく沼地の奥へと進んでいく、そんな彼女の後ろ姿を見てビルセティが微かに笑った。

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