2-5 正体不明のなにか
言葉通り五里霧中の景色を、イサオは進行方向に剣を突き立てながら進んでいた。
「どういう事だ?今までこの沼地でこんな濃霧には遭遇した事ないぞ……」
足元の危険に細心の注意を払いながらふと、イサオは昔聞いた濃霧を生み出す生物の話を思い出していた。
………………
「おい、食いながらでいいから俺の昔の話を聞いてくれないか?」
「ウス、どんな話なんスか師匠」
とあるコロニーの小さな焼肉屋で、イサオは一回りデカい体の師匠の言葉に相槌を打つ。
「イファス区域にクルルメウの沼地とかいうダンジョンがあるだろ?あそこにはな、昔デカいグロブスタがいたんだよ、それを俺を含めたマスター連中でぶっ倒せって言われて暇な奴集めて行ったんだ」
「はあ……どんな奴だったんです?」
「デカい蛇だったな、ワームとは違うまんまの蛇だ。んで、それを最初に言われたのがマランだったんで俺もついていくことにしたんだ、他は次元渡りの魔女とマフマン野郎がいたな」
「ジェネラルとウィザードとドルイドのマスター……錚々たるメンバーっスね」
「結果だけいうと倒すことには成功した、しかし思いの外苦戦してな、奴には情報にはなかった特殊な能力があったんだ」
「どんな能力っスか?」
「簡単に言やぁ、霧を噴き出して視界を遮断することが奴には出来たんだ、あのデカブツが完全に隠れるほどの霧だ、もう何も見えやしない。だから連携もまともに取れなかった、しかもそれだけじゃねぇ」
「まだなんかあったんスか?」
「ほら、あそこにはマーダーバットっていうグロブスタがいるだろ?どうやら連中は元の世界では共生関係みたいでな、あの視界の悪い中を的確に襲ってきやがったんだ、それで俺を庇ってマランが怪我をした……」
「……そんな湿っぽい話をなんで俺にしたんスか」
微妙な表情でイサオが師匠を見る。
「ふと思い出しただけだ、イサオもあの沼地で霧が濃くなったら気をつけろよ、もし守らなきゃいけねえ奴がいたなら絶対に離れるな」
「ヒーローは遅れてやってくる、なんて言ってた人の言葉じゃないっスね」
「それは言われてたことだしもう遥か昔の事だ、今の悪役の俺には似合わねえ、それに……」
師匠は少し俯き黙り込む。
「……師匠?」
「そんな事言われていいのは、救えるだけの力がある奴だけだしな……イサオ、俺が言ったことちゃんと覚えておけよ」
「あ、ウッス……」
………………
「思い出した、これが師匠が言っていた深い霧……くそっ!あいつらを早く見つけなければ!」
危機感を覚え、警戒しながらも進むイサオの上空から何やら大きな羽ばたき音が聞こえてきた。
「こんな時にマーダーバットか……!」
見上げるイサオの真上を飛んでいたのは……細く長い手足を持ち、毛の無い頭部は退化し窪みだけになった眼孔が不気味に伸縮し、その下には短剣ほどの牙が突き出ている大きく裂けた口が備わっていた。名前からは想像できない、何も知らない者が見たら悪魔と錯覚するような怪物が二体、イサオに狙いをつけている。
「くっ……!ミエリ、俺が行くまで死ぬなよ!」
………………
場面は変わり、当の本人であるミエリは自分の危機を救った少女のような「何か」の刺激的な登場と、身体に走るもどかしい刺激のダブルパンチで思考停止していた。
「大丈夫ですか?拳斗さんはあんな事言ってましたが、やはり遅れるのは悪いことですよね」
少女は的外れな事を言いながらミエリに近づく。その口調は丁寧だが、喋りに高揚がなく感情を感じさせなかった。
「…………えーと、とりあえずあんまり近付いて来ないで欲しいかな……」
この急展開をようやく飲み込み、やっとのことで絞り出した言葉は自身の救世主への拒絶であった。
「一応、私は貴女を助けた者なのですが……それでも信じられませんか?」
「信じる信じない以前に、あなたのその腕どうなってるの?全然化け物なんだけど」
そう言いながら少女の触手がうねる腕を指差した。
「ああ、確かにこれは不気味ですよね……ですがこれが何なのか私たちにもわからないです。中身も見たことありませんし」
「は?何言ってるの?中身?」
ミエリの疑問を聞いた少女がおもむろに自身の頭を殴り、その殴った部分が陶器のように割れてその中から触手が飛び出した。
「ふぃひぃ!!??!?」
ミエリがどうやって出したのか分からない声の悲鳴をあげる。
「私たちの外殻は陶器のような材質で出来ており、その中に本体となる「何か」があるようです。ですが、この世界に来る前の記憶がなく、これが何なのか私たちにも分かりません」
そう言いながら少女の腕を前に出すと砕けた腕が急速に修復されていき、その中に触手を収納した。頭の欠けた部分も似たように瞬時に修復されていく。
「ですが私たちは貴方達への敵対行為をするつもりはありません、現に今も貴女を守りました。お願いです私を信じてください」
少女の喋りは平坦ながらもどこか必死さを感じるものだった。
「……じゃあいくつか質問に答えて」
「分かりました、それで信用を得られるのならば」
「あなたの名前は?」
「名前……?私にはまだありません……」
「名前がない?なによそれ、ますます信用できないじゃない」
「それならば……私に、名前を付けて貰えませんか?」
「はい?……いや、意味わかんないんだけど、なんで私が?」
「その名前を忠誠の証とし、貴女をお守りします」
少女はそう言いながら真っ直ぐとミエリを見る。
「忠誠って……そんなの信用に値しないでしょ、というかなんでいきなり会ったばかりの私にそんな尽くそうとしてるの?」
「……私は仲間とはぐれてずっと一人で彷徨ってました、久しぶりに会えた人が貴女だったんです。お願いです、一緒にいさせてください」
(このまま続けてても埒が開かない、でもどうする?この人のような何かはイサオさんたちが教えてくれなかったグロブスタかもしれない……ならば逃げる?でも追いつかれるかも)
ミエリは頭の中で思考を巡らせ続けるが、初めてのダンジョンという緊張感と、先ほどの絶頂の余韻で身も心も疲弊していたためか、考えが纏まらなくなっていた。
(もういいや、この子が助けてくれなかったら死んでたんだし、スライムに殺されるかこの子に殺されるかの違いだけだよね……まあ運良く回収されるのを期待するしかないね)
長い間無言のミエリの様子を見て、少女が不安な面持ちになる。
「やはり信用して貰えませんよね……すみません、困らせてしまって」
「いいよ、名前を付けてあげる」
少女が踵を返そうとした時、ミエリが口を開いた。
「え?」
少女が驚きの表情を浮かべる。
「そうだなぁ、陶器人形ってビスク・ドールとかポーセリン・ドールって言うんだよね、よし!あなたの名前はビルセティ!」
「ビルセティ……」
「先に言っとくけど、ネーミングセンスに文句言わないでね」
「いえ、嬉しいです……ビルセティ……」
少女が柔らかく笑う、そして自分の名前をつぶやくとミエリに向き直った。
「分かりました、先程言いました通り貴女に忠誠を誓います」
「いや、そういうのいいから……」
「では早速、貴女をお守りします」
ビルセティはそういうと右手から触手を突き出し、ミエリの後ろの地面に潜り込ませた。
「え!?なになになに!?」
すると、次の瞬間には何やら根っこのようなものを絡めながら触手が出現し、そのまま根っこを引っ張り出した。
「はあ……!」
根っこの先には4mほどの枯れ木のような化け物がくっついており、触手に引っ張り出された勢いでそれが宙を舞う。
それを見たビルセティは今度は左手から出した触手を対象に巻き付けると、そのまま凄まじい力を加えて怪物を締め裂いた。
「ふう……大丈夫ですか?」
ミエリは呆然とバラバラになって落下する怪物の亡骸を眺めている。
「ねぇ、なんで敵がいるって教えてくれなかったの?」
呆然としたままミエリが質問する。
「すみません、嬉しさのあまり直前まで気づきませんでした」
ビルセティは申し訳なさそうに謝罪する。
「一つお願いしてもいいかな?」
「はい、なんでも申し付けてください」
「絶対危ないって時以外は私の指示を聞いて」
「分かりました」
「あと私より前を歩いて、とりあえずここを離れよう、なんか嫌な予感がする」
「分かりました、必ずお守りします」
そういうとビルセティが歩き出す。
(こっわ〜!!どうしよう、こんなのいたらみんなと合流できてもどう説明すればいいの!?)
ミエリの心配を他所にビルセティは悠々と前を歩く、その足取りはどこか朗らかだった。
ビルセティの設定強すぎるかもしれない
でもまあ敵は更にデタラメな強さになるからいいか。




