1-11 食堂での一悶着
「うっわぁ〜……わたし、ヤバイもの見ちゃったかも」
「そうでしょ?ここに来た連中はみんな驚くんだよねー」
「なんだよお前、見るの初めてってもしかして新入りか?」
「じゃあなイサオ、俺たちはギルドに金を受け取りに行くから」
「わたしたちのパーティーはメンバー十分なんで、ルナルドネスはそっちでなんとかしてねー」
「勝手な奴らだな、まあ分かった、ちょうど人手も欲しかったしな」
司祭がいなくなったあと、残された者たちも各々好きなように動き始める。その様子をユーエインはジッと観察していた。
ジェインズのパーティーを見送ったイサオがシャラムたちの元にやってくる。
「なんだ、結構楽しくやってるじゃないか」
「これが楽しそうに見えるんですかイサオさん!」
「おいおい、ちゃんと前衛には媚びを売れよ〜?いざという時に守ってやらないかもしれないからな〜」
「ちょっと!いきなり図々しいよ、ミエリにはこれから私を背負って階段を降りるっていう特訓をさせるんだから離れてよ」
どうやらこれから解明者になると伝えたせいか、深慧莉は先輩からの容赦ないイビリを受けているようだった。
「お前らそれくらいにしろ、そいつは組合に行かなきゃならないんだからあまり疲れさせるな」
そう言うとイサオが二人を退かす。
「あの〜ちょっとよろしいですか?」
そんな場も弁えずに騒ぐ四人に、そばで見ていたユーエインが声をかける。
「あ!ご、ごめんなさい、もう出ていきますんで」
揉みくちゃにされながら深慧莉が謝る。
「いえ構いません、それより皆さんは今からパーティーを組もうとしている人たちですよね?」
予想外の質問に、その場の全員が彼女の方を向く。
「あー……少なくとも俺はそのつもりだ、こいつが解明者になりたいらしくてな、俺たち三人でサポートする想定でパーティーを組むつもりだ」
「え!?こんな得体の知れない奴入れるの!?」
「得体の知れないってなんだよ!ちゃんと名乗っただろ!」
「お前たちは黙っていろ、それで、何が言いたいんだ?」
ユーエインがしばし目を逸らし、うつむき加減に顔を伏せながら何かを考える。そして、決心がついたように口を開いた。
「あの……!私もパーティーに入れてもらえませんか!?」
またもや予想外の言葉にその場の全員が驚きの表情を見せる。
「私はヒーラーとして解明者登録をしています!サポートなら任せてください!」
ユーエインの必死のアピールを聞き、三人娘が顔を見合わせる。
「ヒーラーで登録してるって」
「へー、じゃあ傷とか心配しなくて良いな」
「その場で治療してくれるってことですよね?いいじゃないですか!」
「うん、悪くないね!それじゃ「駄目だ」
シャラムの言葉に割り込むようにイサオが断りを入れる。
「え、イサオさんなんで……」
「断る理由ないだろ!おじさん!」
「残念だが今回は新人育成なんだ、初で組む相手が二人もいるとなると連携が取りづらい、それに……やはり初見では腹を割って話す仲になれても、完全に信用できる仲になるわけじゃないからな」
イサオの言っていることは最もだった。顔を知ったばかりの人間と組むとなると、完全には信用出来ず、連携も疎かになるうえ周囲やその人物への警戒が必要となる。
イサオやシャラムのような経験者ならば初見の人間と何人組んでも問題ないだろうが、新人を守りながらだと話は別だ、おそらくフォローできるのは一人までだろう。
「へぇ、じゃあ私と組んだ時も警戒してたんだねぇ〜……」
「ああ、だがお前はすぐにどこかへ飛んでいくからな、あんな無防備な姿見せられたせいか警戒心はすぐに消えたさ」
「……わかりました、仕方ありませんよね」
ユーエインの声に覇気がなくなる、明らかに落ち込んでいる様子だ。
「ああ、だが勘違いするなよ、今回だけだ」
「え?」
「今回の調査では負担がでかいから入るなと言っているだけだ、こいつが慣れて、このルナルドネスの女が信用できると分かったらお前を呼ぶ、その時はパーティーに加入するといい」
ユーエインの顔が明るくなる。
「不器用な言い方だね、もうちょっと優しさを見せてもいいんじゃない?」
「そんなんじゃモテねえぞー」
「うるさいなお前らは、ほらさっさと行くぞ」
こうして四人は蘇生院をあとにし、ギルドに向かった。
ギルドに到着し、深慧莉が建物を見上げる。その奇妙な佇まいは何度見ても飽きないようで呆けた顔で見上げている。
「さっさと行くぞ、これからうんざりするほど見ることになる、今眺めてもしょうがないんだ」
四人が階段を登り、一人ずつ入り口を潜っていく、一人目は深慧莉だ。
ゲートが下がり、センサーがくまなく調べ上げる。
「シヴィリアンのミエリ様、認証完了、危険物ナシ、お疲れ様です」
ゲートが開き、深慧莉が出て行く。
「シヴィリアン?ってなんですか?」
「簡単に言えば市民って意味かな、解明者以外の職についてる人はこのシヴィリアンになるんだよ」
そう言いながらシャラムがアフタレアを前に押し出す。
「ちょっ!お前!」
不意に押されたせいで前に飛び出たアフタレアをゲートが囲み、センサーが調べ上げる。
「ウォリアーのアフタレア様、認証完了、危険物ナシ、お疲れ様です」
「あ、攻撃職なんだね、これなら割と良いパーティになりそう」
「お前、あとで覚えとけよ……」
残りの二人が認証を済ませる前に深慧莉がカウンターへ赴く、しかし時間もちょうど昼ごろの為かアマユの姿はない。
「どうした、カウンターに誰もいないのか?じゃあ、時間潰すついでに食堂に行くか」
「食堂?」
「ありゃ?知らないのか、ここには解明者なら割引価格で食える食堂があるんだよ、腹も減ったし行ってみようぜ」
そう言って深慧莉の横切ってアフタレアがさっさと進んでいく。
その時、通り過ぎる彼女の長い髪からほのかに良い香りが弾けて、深慧莉の嗅覚を刺激する。
(良い香り……あんな粗暴な感じなのに、こういうオシャレとかするんだ……)
深慧莉はそんなことを考えながら彼女の後をついて行く。
食堂はその名称からは想像つかないほど機能美溢れるスマートな施設だった。
客はタッチパネルで簡単に注文でき、全く待たずに料理が出てくる。
「相変わらずここの技術はすごいですね、こんなに早く出てくるとかちゃんとした料理なんですかね?」
「さあどうだろうな、でも少なくとも味は保証する、さぁてお前も何か食っていけよアタシが奢るからさ」
「あ、ありがとうございます……」
深慧莉がパネルを眺める、メニューにはコーヒーセット、豆のスープ、ステーキといったありふれたものから牛丼、寿司などの日本食、果てにはブマイ、カンテリオ、バラミーと言った謎の料理まで様々なものが載っていた。
深慧莉はそこからキニャルを選びパネルの決定を押した。
「なんだ、これから動くってのにキニャルなんかで大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です、お金とかまだ持って無いので助かりました」
「気にすんなって、じゃあ今日は何にすっかなぁ」
そう言いながらアフタレアがタッチパネルを押しまくる、明らかに一人前とは思えない注文数が表示されている。
「よっし、これだけでいいかな」
そう言うとアフタレアがポケットからタブレットのようなものを取り出して会計と表示されたパネルに押し当てた。
「それってなんですか?」
「え?これは財布だけどまだ貰ってないのか?」
「ええっと、この世界って通貨は何なんです?」
「金と言えるのはこの端末で管理されてる数字だけさ、実物だと管理が難しいし、資源も使わなきゃいけないから全部これになったんだ、この世界の文明圏はもうリサーチャーズギルドのワンマン運営になってるから全部連中の管理下に置かれてるのさ」
それを聞いて、深慧莉は驚きの表情をありありと顔に出した。
(イサオさんたちはギルドは解明者の後ろ盾程度と言ってたけど、そんなレベルじゃ無いじゃない!それどころかギルドがこの世界を統率しているのね)
深慧莉は心の中で、あの適当な二人の説明を真面目に聞いていた事を後悔した。
そんな会話をしていると深慧莉が注文したキニャルがトレイに乗って出てきた。続いてアフタレアの料理が出てくるが……トレイ一つに収まりきれず、次々と料理が流れてくる。
「悪い!ちょっと手伝ってくれ!キニャルはここに置いていいからさ!」
そう言うとアフタレアは深慧莉からキニャルを奪って自分の料理の上にポンと置いてそのトレイを彼女に渡した。
「奢って貰った以上文句は言いませんが、もうちょっと計画性持ちましょうよ」
そう言いながらトレイを持って深慧莉は席を探しにその場を離れる。
食堂のテーブルもまた近未来的で、脚がなく宙に浮いて使用者の行動を阻害しないように出来ており、椅子もまた宙に浮かせることでクッション性と移動性を確保する作りになっていた。
「どこもいっぱいだなー……あっあれは」
見ると奥の方にアマユが一人で座っているのが見えた。
深慧莉はすぐにそっちに向かいそのまま許可もなく席に座った。
「ふぅ〜こんにちはアマユ、調子はどう?」
深慧莉の気さくな挨拶に、野菜サラダを食べていたアマユは手を止めて貼り付けたような笑顔で彼女を見る。
「う〜ん、さっきまで良かったんだけど、ちょっと不愉快なことが起きたから今は微妙かな〜」
「はぁ〜大変だった、やぁアマユちゃん、一緒に食事が出来て嬉しいよ」
そう言いながらアフタレアは料理が山ほど積まれたトレイを二つ持って深慧莉の横に座る。
「あなたは……確かアフタレアさんでしたっけ?一週間ほど見ませんでしたが何を?」
「実はさー、ちょっとダンジョンで張り切りすぎちまって死んじゃったんだよねー」
アフタレアが頭をかきながら照れ臭そうに言う。
「で、回収されてついさっき蘇生して貰ったってわけ」
「随分と簡単に言いますけど、回収者への報酬はあなたの所持資産から引かれるんですよ?分かってるんですか、そんなに無駄遣いして」
「え!?」
深慧莉の声が食堂に響き、周りの客の視線が三人に注がれる。
「ちょっとミエリ!声がでかいぞ!」
「そういうことはちゃんと言ってくださいよ!人に奢ってる場合じゃないですって!」
「いいだろ別に!これから羽ばたこうとする後輩に飯の一つも奢ってやるのが悪いことかよ!」
「そういうことじゃなくて!」
二人はヒソヒソ話のレベルまで音量を抑えつつ激しい押し問答を繰り返す。するとアマユがキョトンとした顔で深慧莉の方を向く。
「ひょっとしてミエリ、解明者になるつもりなの?」
「うん、そのつもりだよ」
「やめた方がいいわ」
アマユがキッパリという、その表情は先程違って真面目な固さがある。
「あなたと初めて会ったとき直感したの、この人はものを殺すことは出来ないし、過酷な世界じゃ生きられないって、どんな理由か知らないけど、無茶なことはするべきじゃないわ」
どうやらこんなことを言われるとは思わなかったらしく、予想外の言葉にミエリが固まる。
「おいおい、直感で否定するのはやめとけよ」
「直感だけじゃないわ、そう感じた人を過去に何度も見てきたけど、解明者になった末路は死体になって帰ってきてそのまま引退か、未だに行方知れずのどちらかだったわ、この警告はギルド職員としてやってきた経験則からでもあるのよ」
アフタレアの批判にアマユは淡々と答え、そしてまた深慧莉の方を向く。
「個人的にあなたのことは嫌いよ、だからこれはギルド職員アマユとしての貴重なアドバイスよ、あなたが受け入れるべきね」
アマユの強気な意見に対し、深慧莉は俯き黙っている、そんな二人の様子をアフタレアは心配そうに見ながら料理を口にかき込んでいた。
「………ふふ、あはは!」
と、突然深慧莉が笑い出す、予想外の反応に今度はアマユが固まる。
「もしかしてそれ脅しのつもり?だったら意味ないよ」
「はぁ?私はただ意見を言ってるだけよ、蘇生情報の管理がめんどくさいからこれ以上馬鹿を増やしたくないだけ」
「え〜?そんな理由で止めるんだぁ、私解明者になる以外生きる理由何もないから、なれないんならいっそここで暴れてちゃおうかな〜?」
「な!?」
「ここにいるアマユさんに虐められたので私暴れてまーす!って言いながらいろんな人に迷惑かけちゃうよ〜?」
その言葉に、興奮したアマユは机を叩きながら立ち上がり深慧莉を睨んだ。
「ふざけないで!やっぱりアンタ友達いないでしょ!もう勝手にすれば!?せっかく人がし……アドバイスしてやったのに!」
激怒したアマユが捲し立てる。と、その時お昼終了のベルがなった。
「お、業務再開だな、という訳で先に行って待ってるよアマユちゃん」
あの大量の料理を既に食べ終わっていたアフタレアが、トレイと食器を担いで返却口に向かう。
「あ、待ってくださいアフタレアさん!」
深慧莉は一口も食べていないキニャルを掴むと立ち上がり、そして呆れながら座り直すアマユの方を向いた。
「何よ?まだ何かあるの」
「ごめんねアマユ、それでも私は行かないといけないの。でも、心配してくれてありがとう」
「え、う、へぇ!?べ、別に心配なんかしてないわよ!」
アマユの動揺をよそに深慧莉がアフタレアの後を追っていく。
「ホントになんなのよもう……」
残されたアマユはひとりそう呟いた。