長谷部の過去
「長! あの二人だけでは危険です! 漆原さんも疲労していますし、せめて漆原さんに治癒魔法だけでもかけさせてください」
「まあまあ、熱くなるなんて墨村らしくないよ。見ててご覧。きっと面白くなるから」
上空では怒る墨村と見物する須夜崎が口論していた。その時、蛟が高く跳躍して、丁度二人の真下にやってきた。
「でも、何もしないで帰ると後々いろいろ言われちゃうな……これくらいの手助けは良いか」
須夜崎は細い銃身のハンドガンを蛟の後頭部に向かって、無造作に一発放った。その衝撃はか細い銃身から発射されたものとは思えないほど強力で、そのまま蛟は体勢を崩して落下した。
蛟の攻撃が止んだ瞬間、蛟がバランスを崩して落ちてきた。
「長谷部君、今だ!」
既に立ち上がっていた長谷部はきっちり落ちてくる蛟の額に狙いを定め、蛟の核を破壊した。ガラスが割れるような儚い音の後、鈍い音がして蛟が地上に落ちた。
「長谷部、真山、よくやった! でも、いきなりあんな前線に出て分をわきまえて!」
目の下に隈を作った漆原が真っ先に飛んできて、長谷部と真山を撫でまわした。長谷部は憮然としながらもなすがままにされていた。
「大丈夫でしたか、皆さん」
墨村が音も無く着地し、漆原と朔也たちを気遣った。
「姫さんが来てたなら、もっとさっさと終わったのに。あたしはちょっと疲れた。悪いけど姫さん、一発やってもらえる?」
「わかりました」
「黒の魔力って一番馴染みにくいって聞きましたけど、違うんですか?」
「間違っていませんよ。玻璃が一番効果的で次に白、緑と青と黄、赤そして黒と続きますが、同色同士の方が相性がいいので魔力供給の効率が良いんです」
墨村が漆原に治癒魔法をかけながら説明した。
「さっきも長に治癒魔法だけでもかけさせてくれって頼んだんですが、あの方笑ってばかりで……そういうためにもメインアタッカーになる色の増援が求められるんですよ」
なるほどと朔也が頷いた。
「長谷部さんも治癒魔法かけますか?」
大丈夫ですと長谷部はそっぽを向いて答えた。その頬には切れたように血の線が滲んでいた。
「ごめん、僕の防御魔法不十分だったから、怪我したの?」
違うと長谷部は聖石銃をガンベルトにしまいながら言った。
「防御壁の横から小石が飛んできて切っただけだ。もう治ってる」
「長谷部さん、最後の一撃はお見事でしたが、少し先走り過ぎでしたよ」
「反省してます」
長谷部は小さく礼をした。
「それじゃあ、学園に帰りましょう。長はとっくに帰られたみたいですし。あとはユニットの皆さんにお任せします」
「了解、姫さん。治癒魔法ありがと」
三人は学園に向かって飛び立った。
学園に帰ってくるともう辺りは暗かった。
「やれやれ、この季節は日が落ちるのも早いですね。それでは今日はお疲れ様でした。ごきげんよう」
トンボを返却すると墨村は一人でさっさと帰っていった。朔也と長谷部もそれぞれ無言で装備を返し、自室に引き上げた。それから朔也は一人で少し遅い夕食を摂った後、寮に戻ると談話室に長谷部がいることに気が付いた。
「長谷部君、ご飯食べた? 早くしないと食堂閉じちゃうよ」
朔也は恐る恐る長谷部に声をかけた。すると、うなだれていた長谷部が面を上げた。
「真山を待ってたんだ……少し、話そうと思って」
驚く朔也に対面のソファーへ座るよう無言で長谷部は促した。
「あの時……蛟が跳躍した時、俺は完全に自分が死んだと思った。生きているのは真山のお陰だ。感謝する」
長谷部が真山に綺麗な一礼をした。
「そんな……咄嗟のことだったし、当然のことだよ」
「俺は初めて蛟と対峙して、怒りが溢れて目の前が見えなくなっていた……あんなおぞましい存在がいるなんて許せなくて」
長谷部はその端正な顔立ちを歪ませ、手を血管が浮き出るほど強く握った。
「……何かあったの?」
長谷部は少し黙考した後、黒いカード型の携帯端末を取り出し、一枚の写真を見せた。
「これって……」
そこには入学式と思われる写真で両親とみられる男女、幼い長谷部、そして可愛らしい少女が紺のワンピースを着て笑っている。その笑顔はどこか樺倉に似ていた。
「俺の家族だ。二つ下の妹は八歳の時、蛟に襲われて死んだ。母もその場で妹を庇うように死んでいた。妹の死にざまを見たショックで死んだそうだ。遺体は政府の制度に則り、荼毘に付された状態で戻って来た。死に顔も見れなかった」
長谷部は返された端末をそっとなぞった。
「首の付け根から血を啜った挙句、四肢を引きちぎられて……悲惨な姿だったらしい。何も知らない俺は道場から帰ってきたら、家の周りに包囲線が張られていて……その中で妹と母は死んでいたんだ」
長谷部は自嘲するように口元を片方だけ釣り上げた。
「魔法症候群を発症した時、俺は歓喜したよ。ああ、これで奴らを駆逐することができるってね。ありがとう、真山。俺はこの大陸から奴らを、蛟を根絶して見せる」
そういうと話は終わったとばかりに長谷部はすっと立ち上がり、自室に戻っていった。長谷部の蛟への苛烈なまでの憎しみを知った朔也はこれまでの長谷部の言動の一端を理解した気がした。
(復讐か……)
朔也は幸運なことに蛟によって大切な人を失ったことはない。だが、それでもあの凶悪な怪物が無辜の人々を殺している事実に憤りを感じている。
(でも、何故、こんなにも長谷部君が可哀想に思うのだろう)
世の中には長谷部と同じ境遇の人は沢山いるだろう。幼い頃に妹と母親を奪われ、その復讐のために聖銃士として生きることを望んで、それ以外に生きる意味を見出せないでいるのは辛いことではないだろうか。
(きっと、こんな風に思われてると知ったら怒るんだろうな……)
長谷部にも安息の日が来るように朔也は静かに祈った。
お読みいただきありがとうございます。
次回「ユニット会議」をどうぞよろしくお願いいたします。
次より二章に入ります。アップが今日になるか明日になるか未定です!




