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何時間経ったのだろうか、着せ替え人形にされ続けぴかぴかに磨き上げられた鏡の私は自分で言うのも何だが可愛かった。その目は死んでいたが。やっぱり女性を磨く技術ってどの世界でも発達しているんだなあ。この平凡な顔立ちでもこんなに綺麗に仕上げてくれるんだから。
ドレスの裾を踏まないように気をつけて歩きながら衣装部屋を出るとお義姉さまが迎えてくれた。
「エルナ、すごく可愛いわ! さすが私の可愛い妹ね! 」
目を輝かせてお義姉さまが走り寄ってくる。着飾ってなくても貴女の方が素敵です、お義姉さま。私がいくら化けてもお義姉さまにはかないません。
「お義姉さまは神殿に一緒に行けないのですよね……。」
残念だ。お義姉さまが神殿に行くというのならぴかぴかに磨かれたもっと可愛らしいお義姉さまが見れるだろうに。だけどお義姉さまは身体が弱い。神殿に行っても体調を崩してしまっては意味がないし、仕方ない。
「ごめんね、エルナ。私も一緒に行きたかったのだけど。楽しんできてね。」
「はい! 」
邸の外に出ると馬車の前で侯爵夫妻、もといお養母さまとお養父さまが待っていた。私が来るのを認めるや否やお養父さまはさっさと馬車に乗りこんでしまわれた。……あー、エルナ・カステルの記憶を探ればお養父さまは私を嫌ってるような感じだったもんな……。
そんなお養父さまとは反対にお養母さまは馬車の前までてくてくと歩いてきた私を抱きあげて頬ずりをなさってきた。純粋な6歳なら喜ぶかもしれませんが中身が中身な私は素直に喜べません。というかお養母さま、恥ずかしいです。
「さすがわたくしのエルナだわ、とっても可愛いわね。」
お養母さまに抱っこされたまま馬車に乗り込む。上座に座っているお養父さまの表情をうかがうとやはり不機嫌そうだった。
「アグネス、何故それを同じ馬車に乗せる。」
うわぁ……。それ呼ばわりですか。養女はそんなにお嫌いですか。
「それ呼ばわりなんて失礼ですわね。エルナはフリーデと同じわたくしたちの可愛い娘ですのよ。そんなにこの子と同じ馬車に乗るのが嫌ならあなたが違う馬車に移ってくださいな。わたくしはエルナを手放す気はありませんからね。」
涼しい顔をして言いきるお養母さまがカッコいい。眉間の皺をさらに数本増やしたお養父さまはふいっと顔を背けて窓の外の景色を眺め出した。
「エルナ、馬車酔いをしてしまったらすぐに言うのよ。良いわね? 」
「はい、お養母さま。」
こくりと頷いてみせればお養母さまはふわりと笑顔を浮かべた。天使たるお義姉さまの実母だけあって美しい方です。
そっぽを向いているお養父さまに知らないふりをしてお養母さまと二人で他愛もない話をしていたらいつの間にか神殿に着いていた。お養母さまがまた私を抱きあげて降りようとしたので必死で止めて自分で降りると言い張った。身体は6歳とはいえ精神は女子高生である。抱っこされて馬車から降りるなんてちょっと、いやかなり恥ずかしいんだってば……。
神殿での儀式といいつつも大仰なものではなかった。神官長に『お嬢様に神の祝福を』と祝われてちょっと会食するような感じ。もしかしたらお養父さまは私を面白く思っていないから簡単な儀式にしたのかも……。下手に大げさなものでも嫌だから別にいいんだけどね。まあ、お養母さまとお養父さまの力関係を見るにそれはないような気もするけど。
そして私は今、帰りの馬車に揺られている。
「エルナ、今日はしっかり休んでね。明日から家庭教師の方が来るから。」
「……え? 」
待ってください。そんな話一言も聞いてませんけど。
「あの、家庭教師の方って……。」
「あら、言っていなかったかしら。ごめんなさい。わたくしの従弟が来るのよ。エルナの入学試験のための勉強を教えるために……。」
「にゅうがくしけん……? 」
「それも聞いていない? 半年後に王都の学院に入学するための試験があるのよ。だからエルナはそれを受けるの。」
ごめんなさい、貴族の子供なら普通に入れると思っていました。試験なんて受けなくても。
「……わかりました。」
「エルナならきっと受かるから大丈夫よ。あまり気負わないでね。」
お養母さまに頭を撫でられる。王都の学院……。どんなところなんだろうか。そして家庭教師の先生ってどんな方なんだろう。
お養母さまの従弟ってことはつまりお養母さまくらいの年齢の男性ってことで、……まあこの世界はあっち見てもこっち見てもイケメンとか美女だらけだから……さぞ容姿端麗な方なんでしょう。きっと目の保養になるに違いない。私のことは毛嫌いしているけど40すぎたおじさんのはずのカステル侯爵だって美男と言っていいような感じだし。ましてや麗しのお義姉さまの実母たるお養母さまの従弟。
……どんな美しい方がいらっしゃるのだろうか。
お読みいただいてありがとうございます。亀更新で申し訳ありません。