297 イーリカの最後
数日。俺たちはただただ生きてただけだったが、親方や大臣たちによって巨大なドラゴンを倒す準備が出来たようだ。街の人たちも野次馬としてそれを見物する。
セントラルから見えるほど近づいたドラゴンの首は三つあって、そして真っ黒だった。
ドラゴンにみんな驚いている。というか、俺も討伐に参加すると思われていたのか、俺にも驚くので、少し離れた森の中の広場でその顛末を見届ける事にした。もちろん横にはイーリカが居た。
「本当に殺せるのかな」
「手伝ったら?」
「いや、俺が居ても変わんないよ」
「ふーん」
「なんで三つも首があるんだろうね」
「さぁ」
「興味なさそうだね」
「まぁ、もうすぐ死ぬしね」
「……」
なんだそのブラックジョークは。しばらくドラゴンを眺めていると、空中に飛行する点のようなものが見える。小さくてよく分からないが、みんな頑張ってるんだろうなぁ。
「見えないね」
「魔法でなんとかしてよ」
「うーん、双眼鏡でも作るか」
「はやくはやく」
急かされたので急いで作る。どんな感じで作れば良いのかよく分からなかったが、作ってみたら作れた。
「それを覗くと見えるでしょ?」
「うん」
イーリカが覗いたので、俺も覗いた。どうやらカエデさんと親方の二人がドラゴンの周りを飛び回っているようだ。しかも、その手には自らの身長の数倍の剣を持っていた、青白く輝くその剣に、俺は見覚えがあるような気がした。
「すごいね」
「うん」
「……本当に死んじゃうのかな」
「私が?」
「うん」
「死ぬよ。そういう約束だからね」
「……止めたりしたら怒られるかな?」
「止められないって。そういう運命だから」
「運命?」
「女神様はアレを殺す為にアキラを呼んだんだって。だから、アキラは止められないよ?」
「そう」
なら俺がここでボーッと双眼鏡でドラゴンを眺めているのはどうしてなんでしょうか? もう俺の役割が終わったから、女神様は護ることを辞めたんだろうなぁ、まぁ、普通の人は護られてないらしいし、これが当たり前なんだろうけど、いきなりだよな。
そもそもそれなら、俺を殺したのも女神様って事? 呼んだってそういう事になるじゃん。必要になったら人を殺すんだな、神様って。
親方とカエデさんの二人は、何度も何度も何度もドラゴンの首を斬りつける。その度に飛び散る血で、全身が真っ赤になっていた。魔法じゃ無理なのかな。
それから時間は流れて、首が一本取れ、肉眼でも見えるほどの血が首から飛び出しているところが見えた。残りの二つはまだ元気そうだ。もう少しでイーリカの命も終わりを迎える。どうする事も出来ないのかなぁ。
「最後に良い?」
「ん?」
「私は生きててずっと幸せだったから。別に気にしないで良いからね」
「……」
「いつかは死ぬんだから」
「まぁ、そうかもしれないけどさ」
親方とカエデさんの二人は、自分の持てる力を全て使ってドラゴンと向き合っている。俺はただただ現実逃避をしているだけだった。そもそも、あのドラゴンを殺したところでなにが起こるんだ? なにが起こるのが良くないからイーリカを殺すんだ?
記憶の中からそれを辿ってみようとしたが、結局よく分からなかった。そんな無駄な時間を過ごしている間にもイーリカの最後は近づいていた。
「あと一個だね」
「……そうだね」
「なんか言い残したことあるっけ? どう?」
「さぁ、何で俺に聞くの?」
「聞きたい事とかない? 最後だし」
「うーん……」
「良いの? 本当に死んじゃうけど良いの?」って聞きたかったけど、流石に聞けなかった。どうしてこんなに落ち着いていられるのかが不思議だったから、その事についても聞きたかった。もし大人になったらなにがしたいかを聞きたかった。死ぬ前に、なにをしてほしいかを聞きたかったけど、聞いても意味がないから聞かなかった。
「終わりそうだね」
「うん」
「私の事は心配しないでね、女神様がちゃんと幸せにしてくれるから」
「うん」
「じゃあ、バイバイ」
「え? どこに?」
「死んじゃうところなんて見せたくないじゃん」
「……」
「じゃあね。元気でね」
「……あ……」
「元気でね」と言われたので、「元気でね」と返そうとしたが、元気でいられるはずがないので辞めた。そこで頭に出てきたのは、「またね」だったが、もう会えるはずがないので、やめた。そんな事をしていたら、何も言えないまま、イーリカを見送る事になった。
空に、真っ赤な球体が浮かんでいた。それは、ドラゴンの血液が凝固して出来たものだと思う。空中で、そのまま消えた。多分、二人がドラゴンの汚れを、吹き出してきた血液を綺麗に魔法で消したんだと思う。肉眼で見えたそれは綺麗だったし、イーリカが死んでしまった事が分かって悲しかった。
案外しょうもなかったな、ドラゴンの討伐も、イーリカの最後も。
なんだったんだろう、ここまでの人生って。