282 イーリカの命
「どういう事なんですか? ドラゴン?」
「お前は聞いたか? イーリカの事、どうして生きてるか、そして、何を起きたらダメなのか」
「まぁ、大体」
「なら簡単だ。鐘が遠ざけてたドラゴンというのは、数万年も生きてるドラゴンだ。それを殺して、イーリカにも魔力が取り込まれた場合、その瞬間に死んでしまう」
「ん? どうして?」
「女神に殺されるんだと。お前、本当に聞いたのか?」
聞いたけど、正直全然覚えてないです……思い出せる限りだと、確か、イーリカっていうのは病気で、それは女神様のミスで、だから、二十歳になるまでは絶対に護られるっていう。それだけ?
「二十歳までは生きれるんじゃないんですか?」
「それは条件付きだな。女神に護られてるという事は、逆に言えば女神に監視されてるという事でもある。巨大な魔力を蓄えないように、そして、もしそうなる危険性が出た場合にはすぐ殺せるように」
「…………」
「だから聞きたくないんだ。二十歳まで生きれるというのはそもそも条件が付いている。そして、その条件に関わってくるのが、鐘が遠ざけていたドラゴンなんだ」
「なるほど……」
「私は、もし仮にここへそのドラゴンがやってきたら必ず殺す。一人の命の為に、その他大勢を見殺しにするなんて事は出来ないからな」
「なるほど……」
「この国との仲を取り持って、なんとかして鐘を造らせなければならない。それ以外にないだろう」
まぁ、大体分かりました。つまりは、そのドラゴンを殺したらイーリカが死ぬって事ね。それは、女神様が仕方なく殺すって事ね。そうならない為に、また鐘をここに……
……そのドラゴンって大臣が殺そうとしてるドラゴン? だって、数万年前から生きてるドラゴン……いや、どっちにしろそうなのか、数万年前から生きてるドラゴンであれば、どれであっても殺しちゃダメなんだ。
「……いや、あの、なんか言いづらいんですけど……」
「ん? どうした?」
「大臣が、あの、大臣の次の目標がそれなんです。次の『やりたい事』が」
「……はぁ……」
「大臣は、なんだっけな、首が三つあるドラゴンを殺したいって言ってるんです。それも数万年前から生きてて……」
「……」
今までちゃんと立っていた親方は、壁に背中を預けた。もたれながら、空を仰いでいる。あぁ、神様、なんで大臣にそんな目的を持たせてしまったんだ。
「説得は……」
「ゼッッタイに無駄だ。一人の命で動く人間じゃない」
「邪魔……とかします?」
「アイツを敵に回すのか?」
「たしかに……」
「そもそも、私たちは無理を言う事になるんだ。本来なら死んでいたはずの命が、殺していたはずの命が生かされているという状態の中で、説得なんて出来るわけがない。きっと、最もらしい理屈によって、私たちも一緒に協力する事になるんだ」
「……」
「気付かないはずがない、私たちが妨害をしようとしている事を。そして、気付いた時にどんな事をしてくるのかは、分からない。お前もそれは分かるだろ」
「まぁ、ですよね……」
「だが、諦めるわけにもいかない。イーリカの命だ」
大臣を説得するのは無理。でも、イーリカがただただ死ぬのを見ている訳にもいかない。どうしたら良いんでしょうか? てか、こんな話をしに来たんじゃないんだけど、もっと軽い気持ちでここに来てたんだけど、なんでこんな事になってるんだ。
「とりあえず話はしてみます。分からないんで、というか、ドラゴンは殺すけど、イーリカは助かるみたいな事もあり得るじゃないですか」
「弱味を握られる事になるんじゃないか? まぁ、相談したいならすれば良いとは思うがな」
「……本当にいるんですかね。そんなに長生きのドラゴンなんて」
「さぁな。ただ、あんなに大きな鐘を造った。そして、揉める事は分かってるはずなのに、また造らせようとしている。ここまでして、そんなのは居なかったなんてあり得るか? それとも、ほとんど人に害を与えないただのドラゴンの為に、ここまで揉める必要があるのか? 戦争の危険すらあるのに鐘を造るのか?」
「……」
「本当はその証拠を見つけようとしていたんだ。それが有れば嫌でも造る事になるだろ? そうすれば後はどっちがどれだけ負担するのか、という話にまで持ち込める。最悪、私が魔法でなんとかする。そもそも、アレが無くなったのは、誰のせいでもないんだから話し合えば分かるはずなんだ」
「大臣の目的がドラゴンなら、もう鐘を造る意味とか無いんですかね?」
「造らない方が良いだろうな。そのドラゴンは殺される運命にある。なら無駄になるだけだろう」
どうするんだぁ、てか、小難しい話ばっかりで頭が痛くなっちゃったヨ。
よく分からないけど、とりあえず問題がまた一つ、や二つ増えたのは間違いないな。ただただドラゴン狩れば良いってわけじゃなくなってしまった。複雑だ。
とにかく、まずはイーリカが死ななくても良いようにしなければならない。でも、大臣はドラゴンを殺す。となった時に、どうすれば良いんでしょうかって話か?
難しい、正直出来るか分からない、グダグダになるかもしれん。他にも人が死ぬかもしれない。
ただ、やろうとしないと出来ないのは確かだな。だってイーリカを殺すのは人間じゃなくて女神様なんだから、祈っても無駄だ。
どうにかしなければいけないのは分かってるが、難しかった。でも、やるしかない。