272 名前の知らない良い人
バランスの取れない不安定な空の旅を終えると、雪が降ってきた。ここは寒いとこなのか? 風が寒すぎて、体温を魔法で上げていたので分からなかった。ここまで来るのも長かったし。
降り出した雪を眺めながら、網から解放されるのを待っていた。
「待たせたな。寒いだろ」
「あ、そうですね。寒い……」
「はは。早く解いてやるからな」
思ったよりも友好的な関係になれたみたいで良かった。ここは治安も悪くない感じか?
街の高い所にいた。明かりがチラホラと見える。ここは塔だった。それは街の中に複数個建っていた。ここから、遠くの方に海が見えた気がした。錯覚かもしれない。
「ほら。もう自由だ」
「あ、ありがとうございます」
「こっちに来い。話を聞かせてもらうからな」
「ははは。よろしくね」
俺たちが塔の階段を降りていくと、ドラゴンはどこかへ飛び立った。待たせなくても良いのかな。
「行っちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」
「ん? ドラゴンか? それなら問題ない」
「へぇ……帰ってくるんですか?」
「巣に帰っただけだよ。自分達の巣にな」
「あぁ、そうなんですね」
ドラゴンの巣、っていうと、あの馬鹿でかいのを想像してしまうんだけど、そんな事ないよね? てか、今更だけど、アレって壊す意味あったのかな? まぁ、気にしてもしょうがないんだけど。
塔の中は青っぽい色をした石造りになっていた。松明が階段を照らしていたが、足元は少し見辛い。みんな下を向きながら歩いていた。
通路に出てからも少し歩いたが、とある部屋に入っていったのを見て、目的地に着いたのか? と思った。
部屋の中は大きなテーブル、壁にかけられた世界地図。それに、見覚えのあるような三匹のドラゴン……ん? なんで見覚えがあるんだろう?
「さぁ。そこに腰掛けてくれ。どうしてあんなところに居たんだ? そして、どうして家が?」
「ははは。家は僕たちにも分からない。あそこに居た理由は迷っていたからだね」
「それは聞いたな。具体的に頼む」
「うん。洞窟があったでしょ? 僕たちはその中を仮の拠点にしてたんだよ。迷っちゃってたからさ」
「なるほど」
「でも、ここに来たのは数日前かな。とにかく迷っててさ」
「なるほどな。グレィースだったか? どうしてあんな遠い所から? しかも、どうやって?」
「どうやって? ははは、それは君が説明してあげて?」
「え!? 俺ですか!?」
「ははは! そう、君の方が詳しいでしょ? ははは!」
大臣は嘘が上手だなぁ、とか思いながらボケーッと会話を聞いていると、いきなり話を振られた。これって本当の事言ったらダメなやつだよね? えー、無理難題を押し付けられた。
横で笑ってる大臣を見ていると、ふざけて話を振ってきたような印象も受ける。はぁ、どうすれば。
「えー……そうですねぇ……あの……」
「どうした? 言えないのか?」
「あのドラゴンを追いかけてたら……」
「……グレィースにドラゴンが?」
「いや、あの、旅をしてて……」
「旅かぁ……本当か?」
「はい……」
「逃げ出したのか。まぁ、それも良いが、そうなると面倒だな……」
「え?」
「ははは! 面倒でしょ? それなら僕たちの事は見なかった事にしてくれれば良いよ。大変でしょ?」
「そうだなぁ……しかし……」
「今ならまだ間に合うよ。朝が来たら、きっとバレちゃう」
「こんなに寒いんだぞ? 外に出るのか?」
「ははは。グレィースに居たからね」
「……なるほど……」
「ただ、地図は貰っても良いかな? でも、それ以外はなにも要らないよ?」
「分かった。見て見ぬふりをする。地図も渡してやろう」
「はは! ありがとね? ははは」
「お前達も秘密にするんだぞ。後で面倒な事になるのは嫌だからな」
「ははは。もちろん」
良く分からんが、上手くいってるのか? ガサゴソと机の引き出しを漁っているあの人……そういえばこの人の名前知らない。
リーダーっぽかったその人は地図を俺たちに手渡した。見てみた、ふむふむ、なるほど、全然分からないって感じだ。
「ありがとう。それじゃあ、もうそろそろ出ていこうかな?」
「見つかってもいいようにコレを着てくれ。フードは深く被るように」
「ははは、そうだね」
俺たちは魔法使いが着ていそうな服を渡されたので、それを着てみる。意外と暖かい。
バレないようにまた塔の階段をグルグルと降りていき、最終的には塔の外に出る。これなら普通にドラゴンで帰りたいんだけど……ドラゴンはもう飛び立っちゃったのか。
「ここまで来れば後は大丈夫だろう。気を付けるんだぞ」
「ははは。そうするよ」
「また会う事が有れば良いな」
「これ返すよ」
「ローブなしで大丈夫なのか?」
「はは。問題ないよ。それに、僕たちが来た痕跡は少ない方が良いでしょ?」
「確かにそうだな。それなら返してもらう、死ぬんじゃないぞ?」
「ありがとね。それじゃあまた」
「またな」
地味に名残惜しい気持ちが湧いてきていたが、まぁ、こんな事もあるだろう。てか、普通にめちゃくちゃ良い人だったな。名前の知らないあの人。
「えっと、これからどうしますか?」
「まぁ、野宿だよね? 今度は目立たないようにしないとね」
「そうですねぇ……もう眠たくなってきましたし」
「ははは。それなら早く寝ちゃおう。テントとか作れる?」
「テントですか? 分かりました!」
「もう少し森の中にしようか。ははは」
「あ、はい!」
いやいや、色々ありました。いきなり知らない人達に会ったのもびっくりだったし、そもそも、本当に井戸の先? 正確にはもう全然井戸の先じゃないんだけど、井戸の先から別の場所に出てるのがびっくり。
はぁ……でも、疲れました。
空腹と疲労を抱え、雪の降る森の中を歩いた……ネムイ。