天舞
見下ろしているそれはどう考えても普通の幼聖とは違った。
幼聖は人間のように頭、胴、脚と分かれているのは同じだがその他は全く違うと言っていい。翅が生えている、腕がない、白目が無いとかだ。もしかしたらまだ会っていない者には違う特徴があるかもしれない。
しかしながらこの化け物じみたコレはどうだろう。作り物のような漆黒の長い髪が一つに編まれて腰まであり、細い首筋やしなやかな手足は女性のようで、しかし胸元には女性特有の膨らみは無く筋肉質だ。割れてすらいる。
そう、人間の姿をとっているのだ。
透けるほど薄い布を身にまとい、足首には金の極細い鎖を巻き付けている。布が肩の上を漂いとても軽やかだ。
黒目がちな瞳が面白そうに好奇心で輝いている。
《ふふ、言葉も無いアルか。間抜けな面をしてるネ》
(!?…この話し方はあれか。帝国のいけ好かねぇ奴らだ)
ソレの訛りは故郷で聞いたことがある。
カクラという、二千年を優に越す歴史を持つ皇帝一族が統べるツァイテン帝国の民独特のもので、ヘイダルの大得意さまさまである。彼の国は金はもちろん、紅い宝石を好んで買うという特徴が有り注文書を見てすぐにわかる。ヘサームは個人的に彼らが嫌いだった。(あくまでヘサーム個人の見解であることを強調するが)偉そうで動作がいちいち尊大なのだ。しかも皇后は大抵美人でつり目。皇帝の好みがわかるというものだ。皇帝をヘサームは心の中でスケベじじいと呼んでいる。
《貴様、我が友人を侮辱するか》
と、ヘサームの心が読めるらしくソレが目を細めた。声が絶対零度の冷気を纏い、実際に部屋の温度を下げていく。ピシィっと床が凍りつき吐く息が白く色づく。
「なんだか、寒気がする」
ソレのすぐ下にいるキルヴィがぶるりと身を震わせ布団の中に潜り、
「きゃはは!」
いつの間にキルヴィのもとへ移動していたリュエルがキルヴィの潜った布団に強引に一緒に入ろうとして側に控える黒服につまみ出されていた。
《おお、何てこと。キルヴィが寒がってるネ。》
布団の中に避難したキルヴィを見下ろしてソレが意外にもオロオロと、どうしたらいいのかわからずに両手の指を体の前でわさわささせている。
黒服がまるで見えているかのように慌てるソレのいる場所をじっと見つめる。
(おまえが落ち着けばいいと思う)
《そ、そうか》
ソレにたいする畏れは消え去りヘサームのなかでのソレの評価は右肩下がりだった。
リュエルとはまた違う面倒くささがある。
ソレはヘサームを見ていまだそわそわする。瞬きがうるさい。
「っくし」
布団がぴょこんと跳ねてキルヴィがくしゃみをした。
ソレが大げさに目を見開く。
《む、風邪か?我のせいか?》
人間に混じってキルヴィを心配する姿はあまりに滑稽だ。初めに感じた威厳はキルヴィのくしゃみで吹き飛ばされたらしい。
「えっくし」
再びのくしゃみ。
ソレはヘサームのいる方と反対の壁に顔をそむけた。
「ふぇっくしょん」
三度目でソレは顔を覆い天を仰いだ。
≪やめ…そんな目で…わかってるネ…わかってるアル…≫
(確実にお前だよな)
≪……≫
初めが初めだけに恥ずかしさもひとしおだろう。指の間から覗く顔は人間のように赤かった。
(お前、幼聖か?他の奴らとだいぶ違うが)
≪…我は…聖霊…天舞アル≫
キルヴィを囲んで険しい顔の人間と、恥じらう聖霊。
かなりカオスだと思った。




