敬語
ベッドの上でうずくまって気持ち悪さをこらえていると、
「殿下!殿下!」
トルティが駆けつけてくれたらしく焦った声を掛けられた。
「トルティ、アル、アルは?」
「気絶しているだけですから大丈夫ですよ。それよりも殿下、具合がどのようなのか詳しく教えてください。」
「めまいがする、それと、気持ち悪い、だるい、体と頭が熱い」
「めまいはいつから?」
「えっと…ん…黒い服の人が来たくらい…?」
「気持ち悪さは?」
「同じくらい…だるいのは目を覚ましてからずっと、かな」
「熱は?」
「目を覚ましてから、だと、思う、たぶん」
カリカリとノートに書きつけてから、トルティと黒服さんに手伝ってもらい大きな枕に体を沈めた私をトルティと黒服さんが見下ろした。
「フィエール・シュライデン、殿、とは貴方のことかな」
「はい、わたくしの名でございます、殿下。」
静かで、心安らぐ低い声が答えた。
「…先ほどのは、貴方ではなかった」
「左様でございます」
「なら、聞きたい―――私は貴方や皆と、距離を置かなければならないのかしら」
「…申し訳ありません、どのような意味でございましょうか」
「…偉そうな口調は好きではない。そんなこと、あなた方に対する冒涜だ。こんな情けのない私が使っていいはずがない。だから、アルと同じ扱いでないことを、許してほしい。」
黒服さんならぬフィエールさんは「ふむ」と呟いた。
「恐れながら殿下は、敬語においてわたくしたちとは違うお考えをお持ちのご様子。殿下に、この世界における敬語の概念についてお話し致しましょう。敬語とは、相手に敬意を表す際に用いるものでございますが、どのような方に敬意を表すのでしょうか。それは階級制度に深く関わってございます。」
階級制度。日本では撤廃されている旧制。だからこそ失念していたが、それがこの世界では生きている。
年の功を敬うのではない。階級の高さを敬うのだ。
「階級の高いお方に敬意を表すために、敬語を用いるのでございます。ですから、低い階級に身を置く者と高い階級に身を置かれる方と、同じように敬語をもって接したならば階級の高い方への不敬となってしまいます。殿下はこの国の皇太子殿下であられますから、陛下と王妃殿下へ敬語をお使いになられるがよろしいかと愚考いたすものでございます。」
概念としてそうあるものだと言われると、頑なだった心が納得してしまいそうになる。
「わがままを、言うようで申し訳ない。私は、皆にやってもらうことが当たり前と思うようになってしまうのではないかと、それが怖い。」
「恐れながら殿下は、アレクセイへの感謝の念をお忘れになったことが一度でもお有りですか?」
「ない、あるわけがない」
「そうでございましょう。そういうものでございます。」
口調などでは揺らがない感謝と尊敬の念を持てるようになれば、忘れずにいられるだろうか。
いや、そうあらねばならない。
私はこの国の「皇太子」なのだから。
覚悟を決め目を開きフィエールさんを見た。
「ありがとう、フィエールさん。すっきりしたよ。」
「この身に余る光栄にございます。やはり殿下は陛下の御子であられる。」
「・・・え、ええ。」
「わたくしのことはフィエールとお呼びくださいませ。」
「わ、わかった。善処します。」
さっそく敬語を使う私にトルティとフィエールがくすりと微笑んだのだった。
2017年8月24日少し表現を変えたのと、せりふを足しました。




