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ライオン?

うっすらと浮上した意識がはちみつの中を泳いでいるような感覚に陥って随分と悪い寝覚めに顔をしかめる。目を開いて、いまだぼんやりしていた寝起きの頭が一気に覚醒した。

「殿下」

「アル…ここはどこ?」

待っていたかのようなタイミングでのぞき込んできたアルに私はそんなことを聞いていた。

目を開いた瞬間の風景が低すぎる天井ではそんなことを聞きたくなるというものだ。

この城のなかはどこも抜けるように高い。建物自体が高い塔なので頷ける。よく見たらその低い天井は草花の装飾がなされたベッドの天蓋と呼ばれるものであるらしかった。ベッドの四方を木の柱が支え、合わせて六枚のレースのカーテンが束ねられていた。

それともう一つ。

「僕の部屋…こんなに広かったっけ」

光の差し方が違う。目を細めるほど眩しいのが常だが、ここは間接照明のように目に優しい。窓が遠いせいだ。家具の配置や、そもそもその家具が記憶にある姿と異なる。こんなに豪華ではなかったはず、と混乱する頭はまだきっと寝ぼけているんだとあくびをして目をこすってみてもそれら一切は変わらず鎮座していた。

「ここは間違いなく殿下のお部屋です。今度から、と言う方が正しいでしょうか。」

「今度から?」

「はい。陛下と妃殿下のご意向で同じ塔にお部屋をお移しするようにと。成人の祝宴の後でご案内することになっておりました。」

「そう…」

どうやら本当に違う部屋で、ここが私の部屋になるらしい。

思わずクスリと笑ってしまった。

「広すぎやしないか?」

笑う私にアルは真面目に「以前のお部屋が殿下には狭かったのです」と言うので一寸頬が引きつってしまったのはご愛嬌だ。

「…ようやく、ようやく日の下に、殿下をお連れできました。長らくお待たせしたこと、お許しください。」

アルが胸に満ち満ちた感動を滲ませているのがわかって、心配ばかりかけてしまうことが申し訳なかった。

「許すだなんて、おこがましい。アルがいなかったら僕は…本当にありがとう」

「身に余るお言葉、勿体のうございます」

私を見るアルの安堵した表情が柔らかい。何だかくすぐったくなってアルから目を逸らして部屋を見回した。

「殿下」

私がアルと話し終えるのを待っていてくれたらしい。反対側ではトルティが微笑んでいた。微笑んではいたが、ひどいクマが出来ている。

「トルティ、おはよう。ひどいクマだね。」

「お気遣い頂きありがとうございます。」

挨拶の次が”ひどいクマだね”だったことについては寝起きということで勘弁して欲しい。

「…今日は診る日?」

どうしてここにいるのかと訝しく思っていると、アルと不安になるアイコンタクトをしたトルティが深刻なまなざしで私をひたと見つめた。

「…覚えておいでではないと?」

「え」

何だ意味深な。

「…何を?」

恐る恐る尋ねる。

「パーティーに出席なさったことは?」

「ぱーてぃー?……あ」

「思い出されましたか」

トルティが私に質問しダムが放出する水の如く鮮明な映像が一気に押し寄せてきた。

パーティー。

割れるガラスと少女と空飛ぶ鯨。

空飛ぶ鯨?

魔法。

ヘイダルの王子さまとライオン。

ライオン?

「おかしい」

「どうされました」

「鯨は空を飛ばないし、廊下にライオンなんているはずないのに。幻覚かな?」

至って真剣な私に、トルティとアルは「それはそうでしょう。少し説明が必要ですね。」とその後のことを話してくれた。

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