勘違いと幼聖再び
文章力が落ちている気が…
「っ!!」
誰かが呻いた。
途端に、さっきまであった胸の痛みが嘘のように消える。
「あ…治まった…すごい!」
嬉しくて体を起こすと私の白い服に血が飛び散っていた。
「って、ええっ!?血がっ」
さっき無血掃討を成し遂げたはずなのに、と困惑しているとトルティの呆然とした声が聞こえたので顔を向けると、あの目つきの悪い青年が血の出ている腕を押さえて眉間にしわを寄せていた。
「トルティ何してるの、早く手当てを!」
ぴくっと肩が跳ね、トルティが頷く。
トルティが近づこうと腰を浮かせた瞬間、青年は首を横に振って近づかれることを拒んだ。
それも仕方がないことだ。
さっきの少女は恐らく彼に仕向けられた刺客だ。彼女の内部に干渉したとき断片的に得た情報から、自分なりに解釈してみた。
私は泣く子どもに向けるつもりで笑顔を作り、
「安心してください。トルティは医者です。危害は加えないと約束いたします。」
と言った。トルティが目を潤ませてこちらを見た。口が、ありがとうございますと動き感動しただけかとちょっと安心する。
トルティは昔から変態じみていたから身構えてしまうのだ。
心の中で謝っておいた。
「…ぃ、がっ……」
青年がうなった。
返事をしたつもりなのだろうか。
喉仏がにゅうっと上下したが青年は苦々しい表情で閉口した。
私は彼が言わんとすることを悟り居たたまれなくなった。
「…声が」
出ないのですね、とは言えなかった。
日本人の感覚が染みついているからか、どうにもそういうデリケートな話題は苦手なのだ。
それに、話せないとなると耳も不自由な場合が多い。顔を合わせた時から話しかけまくっていたが、
(もしかしてほとんど理解してなかったの!?)
恥ずかしくて急に心臓がばくばくとうるさくなった。
しかしトルティの慌てた声でそんな気持ちは吹き飛んだ。
「まさか毒が!?」
”暗殺”の二文字が頭の中で踊り狂う。
「えっ!?トルティ早く!」
トルティの想定に毒殺が入っていることに驚くが、私は皇太子で、彼もやんごとない身分に違いない。と言うか、そういえば彼はアーデル・ヘイダルの王子ではなかっただろうか。チキンを前にして興奮を抑えきれていなかった彼だ。今の雰囲気に呑まれて全く気がつかなかった。家族の前とそうでないときの差がこうもあるということは、人見知りか基本的に他人を信じないかのどちらかだろう。
身分上、そうならざるを得なかったのかと思うとキルヴィはとても恵まれている。
(あれ、そもそもどうして血を流しているのかしら)
何が何だかよくわからない。
壁に背中をつけた青年と相変わらず格闘するトルティ。早く手当てをと焦るこちらとは裏腹に、青年は鋭い目で威嚇するばかりで決してトルティに触らせようとはしなかった。
(あ、伝わってないか…ううん、どうしよう)
耳が聞こえないとなると身振り手振りで伝えるしかないか。
《聞こえるよ》
《そいつ、聞こえてる》
《話せないだけ》
《身の程知らずめ》
《人間のくせに》
《まあ私はそう思わなくてよ》
《まあまあ》
「—————え?」
方法を求めたら今度は声が答えた。さっきのように文字が頭に浮かんできたわけじゃない。本当に生きた『声』がした。少女と鯨が現れる直前に聞こえた声と似て頼りないが確かに『声』だった。
「リュエル、何か言った?」
「お兄様…?あたしは何も」
「あれ、じゃあ誰の声…」
《あぁこの気配、間違いない》
《世界に祝福をもたらせし救世の人》
《どうか我らに祝福を》
「手…?っあぁ…あっ…っぅうっ!?」
きっと腹を刺されたらこんな痛みが襲うのだろうか、と妙に冷静な頭が分析する。
全身強打する痛みを一度味わっているのだからマシだと言うだろうか。ところがどっこい、人間、辛い記憶ほど簡単に忘れる。
まぁ、声は抑えるけれど。人前で弱いところを見せるのは昔から苦手だから。
「お兄様!?」
「殿下!!」
みぞおちを押さえた私にリュエルとトルティが声を掛けてくれる。
息を詰めないと声が出てしまいそうで歯を食いしばって呼吸を飲み込む。
「グルルルルルル」
トルティの後ろから、獣の吠える声がした。
怒りに満ちた低い声が。
《なっ》
《人じゃない!?》
《だから言ったじゃないの》
《獅子だと知っていたなら教えてよもう!》
『声』たちがきゃいきゃい叫んで、一つ、また一つと痛みが消えていく。
「…っ…はあっ…はあ、ふぅ」
「お兄様?ちょっとトルティ!さっきからわけわかんない!何なのよもう!」
手を床に下して詰めていた呼吸を吐き出すと肺が空気を求めて勢いよく吸い込んだ。生き返る心地がする。
限界を迎えたリュエルの叫びに苦笑してやはり空気がないと死ぬのはこっちの人間も一緒なんだなぁと思っていたら、世界が灰色になった。体への負荷が限度を超えたらしい。
背中に添えられたリュエルの手の感触が遠ざかり、頭がくらくらした。
(あ…やば)
瞼が落ちる瞬間、額がふにっとした何かにぶつかった気がした。




