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幼聖の戯れ

医者が駆けつけ、というか早歩きでキルヴィのそばへ寄り、目をのぞき込んだり胸に何か当ててみたりしている間、ヘサームは離れた壁際でなるたけ空気を吸わないようにしながらその様子を見つめていた。

鼻の利くヘサームにはここはかなりきつかったが、今どこかへ行ける訳もなく、かと言ってすることもなく、興味深い現象を眺めて気を紛らわせる他なかったのだ。

興味深い現象。


《わあわあ、”神の祝福”よ!!》

《ほんとだ!!》

《触らせて触らせて!!》

《ちょっと邪魔!!》

《はあ!?ってやめてよっ》

《はーなーしーてーっ!!》


(何してんだあいつ等…)

幼聖ようせいがキルヴィにたかって我こそはと闘争を繰り広げているのだが、何を巡ってなのかが全く分からないので手を出すべきか出さざるべきか、悩ましいところなのだ。

うーん、と唸れないのでただ眉間にしわを寄せているせいでキルヴィを睨みつけているようにしか見えないことに、本人は気付かない。

幼聖たちの口論は続く。


《あんたが触ろうなんて生意気なのよこのぉっ》

《うわっ》

《ちょ、巻き込まないでよ!》

《やったわね!》


一匹の幼聖が例の円い発光するものを出現させた。


《わっ馬鹿!!》

《この人が死んじゃう!!》


わあわあと慌てだす幼聖たち。

「ぃいっ!?」

「殿下!?どうなさいましたか!?」

キルヴィが胸を押さえ背中を丸める。場が騒然となり緊張が走る。

(こいつらぁっ!!)

ヘサームは眉間のしわを指でほぐし、仕方がないので出張ることにした。

もたれていた背中を起こし足を踏み出す。

「お待ちください」

銀色の、派手な甲冑に身を包んだ兵士、いやここでは騎士と言うんだったか、がヘサームを制止した。

「ただいま殿下のご容態の確認中です。お控えください。」

きりりと吊った目が真摯な光で満ちている。

あぁ、主人が大事なんだなと意識の徹底が図られた組織に感心を覚える、が今はそれどころではないのである。

(今その主人の命が危ないんだが)

この騎士は強い。ちょっとやそっとでは退かない確信がある。

ヘサームは一人静かに覚悟を決め、最も攻撃力のある足で騎士の横っ腹を全身全霊、全力で蹴った。

油断していたのか騎士はあっけなく、どころか廊下の彼方へ吹っ飛んでいった。

他の騎士たちは目も口もあんぐりと開けて騎士の飛んでいった方を見遣る。数人が、さっきの騎士の部下なのか「隊長おおおおおおお」と叫びながらそちらへ走って行った。

(やべ、やりすぎたか)

と思いつつキルヴィとの距離を詰め素早く幼聖どもを追い払った。

と、幼聖の魔法陣から鋭い光が放たれてヘサームの手をやすやすと貫く。


《触るな、人間風情が》


忌々し気な言葉と共に。

「っ!!」

真っ赤な鮮血が腕から吹き出し宙に舞った。慌てて左手で抑えるが指の間からどくどくと流れる。

「あ…治まった…すごい!って、ええっ!?血がっ」

抑えていた手を放し状態を起こすキルヴィ。と、ヘサームの血が少しかかってしまったらしく驚いて声を上げる。

「あなたは一体何を…」

医者が呆然と呟く。

「トルティ何してるの、早く手当てを!」

キルヴィの急いた声に頷く医者。トルティというらしい。

(いや、真っ青な顔の人間に心配される程じゃないんだが)

キルヴィのただでさえ白い顔が青白くなり、しかもぜえぜえと喘いでいる。

青白く見えたのはもしかしたら月光のせいだけではなかったのかもしれない、と思った。

ヘサームは結構だ、という意味で首を振った。

「安心してください。トルティは医者です。危害は加えないと約束いたします。」

キルヴィが、何を勘違いしたのか微笑む。

「…ぃ、がっ……」

違う、と言いたいのに出てくるのは喉が絞り出した何か。

「…声が」

キルヴィの労わるような視線が刺さる。

やめてくれ、柄じゃないんだそういうの。

同情は大嫌いだ。

「まさか毒が!?」

「えっ!?トルティ早く!」

と、また見事に勘違いした医者に詰め寄られ背中が壁につく。

(どうしてこうなった)

ああ、やっぱり俺この国好きじゃねえ。


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