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王たる者

ガラスの割れる音がした。

「っ!」

広間の警備にあたる兵士はみな一様に顔をもたげ耳に神経をとがらせた。

客はリュエル姫のご乱心に気を取られ今の音には気が付いていない。

今ばかりはリュエル姫の横暴が頼もしく心強かった。

(そんなことを思う日が来るとは)

魔法騎士団護衛部隊隊長ソルテは笑いそうになったがさすがに今の緊張感の中笑えるほど非常識クレイジーではなかった。

「隊長、敵襲です」

副隊長が慌てそうになるのを抑えつつ冷静さを欠かない声で伝えてきた。

「場所は」

「前の廊下の左側、大きな窓からです」

「なっ目と鼻の先じゃないか!何故侵入を許した」

「すみません!立ち入り禁止区域でしたので警備が手薄になっていました。それに下からの侵入も考えづらかったので」

「言い訳はいらん。状況は?」

「詳しくは入って来てません」

「行くのが早いか…ここにはアレクセイがいる。デレクとアレンとダースを残し我々は侵入者の掃討に向かう!」

「わかりました」

副隊長は他の隊員を集めるため離れていった。

本来敵の掃討は警備部隊の管轄だが割り振りなどその場の状況によって容易に変わる。臨機応変に対応するのが優れた騎士だ。


付近にいた騎士を三名連れて左の廊下を進む。

走っては気づかれるのでなるべく走らず早歩きでだ。

「まったく忌々しい。今日はキルヴィ殿下の成人を祝う日だと言うのに、野蛮人め。」

ソルテが吐き捨てた言葉に、ついて来た騎士たちは「この人ほんと、忠実だよなぁ」と微笑ましく思った。本当に微笑むほど馬鹿ではないが。

そろそろ窓が見えようかというところで、ソルテ含め騎士たちは顔から血の気が引くと同時に魔法陣から放たれる金色の光の神々しさに目を細めた。

「どうして殿下が応戦していらっしゃるんだ俺の馬鹿!!」

「隊長!落ち着いてください!」

己の顔を殴るソルテの腕を部下たちが必死に抑える。三人がかりでも吹っ飛ばされそうな腕力に騎士たちは自尊心が叩き割られる音を聞いた。


ソルテはこの金色の光の正体を知っていた。

「しかし驚いた。殿下はこの魔法をどこで学ばれたのだ。」

部下たちの決死の慰めで正気に戻ったソルテの言葉に部下たちが首を傾げた。

「隊長、この魔法をご存知なのですか」

顔を見合わせ代表して一人が問うと、ソルテはにやりと悪役としか思えない残忍な笑みを浮かべた。部下たちが震え上がったのは言うまでもない。

「ガヴィネル王家の血を引く方にのみ扱えるすんごい魔法だ。我らが主の、最強と言われる所以だよ」

「最強と言われる所以…」

騎士たちはそろって喉を鳴らした。

「あの魔法はな、正に名の通り”楽園”を作り出す魔法だ。楽園なんて言葉では陳腐だが、かけた相手に最善の結果を引き寄せてくれる。」

「相手に、ですか?何と言うか、それでは魔法の原理に反するような…」

「自己の望みを実現させる力、ですよね?」

「望むものを想像し、創造する…」

訝し気な声を上げた騎士たちは首を傾げ、同時に上司の言わんとするところにたどり着き一斉に「「「あ」」」と目を見開いた。そしてソルテと同じ表情になる。

「おお、なんと慈悲深いお方だ」

「相手の望みが自らの望みとは…!!」

「誰かの幸せが自分の幸せ、何と言う崇高なご精神…!!」

もちろんキルヴィにそんな”崇高な精神”はないのだが、主人第一の彼らに気付かせてくれる者は、嘆かわしくもこの城内には存在しないのだった。


金色の光は五つ数えおわる頃には微々たるもので、かけられたのであろう少女は余韻に浸るが如く瞳を閉じてぽたっ、と透明なしずくを流した。

すると窓にさっと降り立ったいくつもの人影。

「くっ!望みは加勢か下衆どもが!」

腰の剣に手をかけいつでも飛び出せるように体勢を低くする。

少女は瞼を持ち上げ、予想しなかった事態に困惑している。殿下を見やり、ぎゅっと眉を寄せ泣きながら窓に足をかける少年に飛びついた。少年は慣れない手つきで背中を撫でてやり、少女を引き寄せる。まるでここに来させたくはなかったようではないか。二人とも、後ろに立つ影たちより随分と幼い。まだ十代も半ばと言ったところか。

「下衆は、あいつ等の親分か。あんな子どもたちを使うなんて見下げた主人じゃないか。我らの主人と正反対だ」

ソルテはかけていた手を外した。

少年と、その後ろの影たちがソルテを見て悪戯の成功した子どものようににやりと笑った。

ソルテもそれを鼻で笑って「さっさと行け」と顎で促した。

一寸意外そうに瞬きを繰り返し、少女を抱きしめた少年の集団は夜の闇へと消えていった。

「…ん?」

そこでソルテは気づく。

「後ろの奴ら、どこに立ってたんだ?足かけるところなんてあったっけ?」

「「「た、確かに」」」

騎士たちに沈黙が流れる。

難しい顔で唸る騎士たちを現実に引き戻したのは、侵入者と同じ肌色をした目の鋭い青年だった。ソルテを揺さぶり目で何か訴えかけてくる。

「あ、申し訳ない。何でしょうか」

青年は鼻をつまみ涙目になっていた。

はて、と青年の後ろを見遣る。

「——————っぇえ、おえぇぇっ――――」

微かに聞こえる背筋の凍る音が嫌に生々しく耳の中で響く。人間、聞きたくない音ほど拾うようにできている。そもそもガヴィネル王国民に小さい音などない。

胃液の酸っぱさに怯みそうになっていたとき、颯爽と救世主が現れた。

「お兄様っ!!やっぱりあの女(?)、ぜぇったい許さん!!」

そう怒声をまき散らし見るも無残なドレスを引きずってリュエル姫が吹っ飛んできた。

彼女の脚力には毎度驚かされる。

「リュ…エル……?ぉえええっ、げほっげほっげほっ」

「お兄様…」

そして神経の図太さにも……げふんげふん。肝の据わった意志の強さにも。

リュエル姫は殿下の背をさすり、突然きっとこちらを睨んだ。

彼女に突然振り向かれて身構えないのは新人である証とはよく言ったもので、ソルテは肩が跳ねてしまう口だ。

「ちょっとソルテ!!このあほんだら!!何お兄様放っぽってぼけっとしてんのよ!?お兄様がこんなに苦しんでるって言うのに!!」

「はっ、も、申し訳ありませんでしたっ!!すぐにトリィを呼んできます!!」

リュエルの泣きそうな声でガツンと頭を殴られ目の覚めたソルテは、己の失態を叱りつける前に宮廷医を探しに御前を退いた。

「ああああ俺って死ねばいいと思うっ!!」

上司の叫び声を聞いた部下たちはこの後の試練を思い深いため息を漏らさずにはおれなかった。

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