急襲
遅くなってまことに申し訳ありません。
それと、待っていてくださった方々がいたことに感激の念が絶えません!!
ありがとうございます!!
窓を背に、ふたりの王子が妙な距離を保って座っている。
それをじっと見つめる者があった。
鼻から下を黒いヴェールで覆い、キャラメル色の肌にあって鋭く光る大きな瞳を歪め、少女はふたりを見下ろす。
「っち」
忌々しげに舌打ちをする。
不思議なことに少女は空中に座り両の手をついている。少女のほかに何物もそこには存在するようには見えない。
《我 汝に乞う》
少女が微かに声を発する。
《偉大なる聖霊よ 古よりの大いなる力を顕現し給え》
人間には言語と捉えられない、あまりに当たり前で慣れすぎた音。
少女の声に呼応し、丸みを帯びた大きな体が少女の下に出現する。それは世界によっては白鯨と呼ばれるものに似ていた。
少女はその先に待つ未来を思い微笑む。
「さらばだ、王子さま」
少女の、髪色と同じこげ茶色の瞳には無残な死体が一つだけ映る。
***
ヘイダルの王族との挨拶の後、いかにも紳士な細身の男性とぷるっぷるな唇の少女が私と父さまの前に進み出た。
少し前から鈍く頭が痛み始めぼーっとしかけること数度、少女の顔を見た瞬間に意識が覚醒するようだった。
(化粧、濃すぎやしませんか)
ばさばさと重そうなまつげにてらてらな桃色の口紅。粉を塗りたくって壁と化している肌。
それともう一つ。
「んぐっ」
むせ返るほどの香水の匂いがむわっと周りを取り囲み呼吸が一時中断される。
「こふっ」
飛び出した苦しげな咳を袖口で覆って隠し、通りかかった使用人の持つ盆からグラスを一つ取りぐいっと半分ほど飲むと、喉のむずがゆさは軽減したものの今度は顔が熱くなって動悸がしてきた。
「キルヴィ、どうかしたか?」
父さまが不安そうに、横から私の顔を覗き込んだ。
「いいえ、陛下。失礼致しました。」
頭がぐらぐらし、かつ鈍く痛み、呼吸がし辛いのを柔らかな微笑の下に隠して頭を下げた。
わざわざ挨拶に来てくれた人を前にして飲食をするなどということは、興味がないとの意思表示と受け取られる。ここが王宮だからというわけではなく一般でもそう言われているだろう恥ずべき行為だ。
(ああ、やってしまった)
さっき飲んだグラスの中身は、どうやら酒だったようだ。
頭痛とともに胸のむかつきがひどくなる。
(なんだろう、なんか気持ち悪い)
だが顔を下げるわけにはいかない。
「…………で、………は本当に……で………でございますな。」
「……」
「…キルヴィ?」
「…ぁ、はい、陛下」
父さまが眉間にしわを寄せている。
「平気か」
「…はい。大丈夫です。」
大丈夫と言う奴ほど大丈夫ではない、という言葉が何故だか頭を過った。
「殿下、お顔色が優れませんわ。」
そう言ったのは、厚化粧の少女だ。言いつつ、こちらへ歩み寄る。
さすがにその行動に男性も驚いたらしく、
「ミネルバ、控えなさい。」
と焦ったように言ったものの、少女は私の目の前まで来ていた。
(うっ、香水…)
当然私は後ろへさがる。
少女は近づこうとまた足を踏み出す。
私はさがる。
少女が迫る。
私はテーブルのふちに手を掛けた。載っている食器がかちゃりと鳴る。
「捕まえた」
少女がそう、嬉しそうに囁いた。
だが私に微笑み返す気力は無い。
「けほっ、こほっ」
喉がむずむずしてしかたない。目に染みて涙すら出てきた。
気持ち悪さが加速していく。
男性が悲鳴のような声を上げた。
「ミネルバ!!いい加減にしなさい!!」
少女がビクッと肩を震わせ、俯いて微かに「ごめんなさい」と言った。
少女が離れてすぐ、私は変な笑顔で父さまに向かって、
「風にあたってきます」
と告げて返事も聞かずに背中を向けた。
その背中を、蒼いドレスを纏った凛々しい少女が拳を震わせて見送り、キルヴィが扉の向こうに消えたと見えるや裾を大きく翻して躍り上った。そして白く細い、筋肉質な脚に力を込めた。
「お兄様に何すんのよこのっ…」
少女の顔を見て何と呼んだものかと言葉に詰まり、結局言わぬままリュエルは脚を振り切った。
***
静かな廊下に、かつかつと硬い足音が反響する。
ここに敷いてあった絨毯はリュエルによって穴があけられているのが見つかり急いで撤去された。
「気持ち悪…」
背中を曲げ口を押えている今の姿は誰にも見せられない。
暗かった廊下に月光が伸びる。それをなぞって視線をあげると、光を浴びて不機嫌な顔をする青年が窓の外を睨み付けていた。
(げ…人がいる)
無意識に背筋が伸びた。青年には、そうさせる刃のような鋭い気配があったのだ。
青年がはっとこちらに気が付いた。
「おや?あなたは…」
私は平静を装うので精いっぱいだ。それなのに彼は悟られまいとしているのかちらちらと、身のすくむような、値踏みをするかのような視線を寄越す。
(ああ…私こういう人苦手だなぁ)
引きつりそうになる笑顔を筋肉で保って、
「申し訳ありません、お隣、お邪魔してもよろしいですか」
波風立たない実に穏やかな声音でそう言った。
言ったつもりだ。
それなのに彼の険しい表情はその険しさを増し、忌避するかのように異常に端に身を寄せる。
(もうやだ…)
私は頭痛が増した気がして、倒れこむように椅子に座った。
≪カナシイ…クルシイ…カワイソウ≫
「え?」
背後から声がして、驚いた私は振り向いた。
そこには大きな鯨と、鯨に乗った少女がいた。
「は?」
少女と目が合う。
少女は瞠目して、一瞬の後。
バリィィィィィィンンッ
窓に激突した。




