第四十八節「すべてを失った日」
「姉さんが死んだのは…お前のせいだ!!!」
ミレアナは憎しみをも孕んだ瞳で僕を睨み付ける。
その瞳は怒りや怨みを宿しているのに、確実な悲しみも同時に含んでいた。
「…クレイヴはそんなこと…」
「アタシは目の前で見たんだよ!! クレイヴが…姉さんを…殺した瞬間をね!!!」
反論しようとするシェイラに、間髪入れずに告げる。
シェイラもその言葉に黙り込んでしまった。
ミレアナはゼルマに羽交い絞めにされながらだったけど、今にも振り解いて斬りかかって来そうな気迫を感じた。
「ったく……樹海が危ないって情報得て、久しぶりに里帰りしてみりゃ、酷ぇ有様だなぁ…。」
「ッ!!?」
突然、僕の背後から声を発する人物がいた。
全くもって気配を感じることなく、今突然現れたかのように、姿を見せた。
近づいたことも、何も感じなかった。
姿を認識する前に声を聞いた気分に陥り、咄嗟にその場から離れる。
「おっ…はっはっはっは!…いい反応じゃないか、デルトリアのクレイヴ。」
豪快に笑う人物は、白銀長髪を後頭部で一つにし、髪とは対照的な漆黒のフード付き外套を身に纏っている。
容姿端麗の女性に見えると同時に、男性の雰囲気を発していることから、女性のような美しさを持つ男性にも見える。
声だけを聞けば女性のように聞こえなくもない。
「アンタ…戻ってたの?」
ミレアナは驚いた様子で現れた人物に尋ねる。
ゼルマが大人しくなったミレアナを離した。
「あ?…あぁ。
だから、言っただろう? 戻ってみりゃあ、ってよ。
…さっき戻ったばっかだ。」
呆れたようにため息を吐くと、その人物は火葬されているディーナスの近くに歩み寄り、片膝をついてジッと見つめた。
「……ディーナス…すまない。
間に合わなかった…。
……本当に…すまない…。
私がもっと早くここに帰ってきていれば…少しは事態が好転したかもしれないというのにね。
でも貴女は、それすら恨むことなく…こうして焼かれているのだろう…。
本当に……貴女には頭が上がらないよ…。」
白銀の人物はゆっくりと立ち上がり、僕の方に身体と視線を向けて来る。
「よし、名乗り遅れたな。
私はクレアスだ…。」
「っ、クレアス…あなたが…。」
ディーナスすら正体が分からないっていう…あの…。
男なのか、女なのかすらも分からず、情報源が何処なのかも分からない謎の人物という。
その人物が僕の目の前に立ち、不敵な笑みを浮かべている。
話にしか聞いたことがなかったけれど…確かによく分からない。
「ディーナスからも聞いてるらしいな。
ま、私の正体なんてどうでも良い。
お前だ、お前。
これから…どうしたいんだ? ここでフェアライトの裏切り者として死ぬか? それとも、裏切りの汚名を背負いながらでも生きていくか?」
「っ…僕は…。」
「…よく考え、早く決断しろ。
どちらを選んでも早急に行動しなければならんのだからな。」
「そんなこと…言われても…。」
いきなり突き付けられた選択。
このまま死ぬか…裏切り者の汚名を背負いながら生きるか…。
どっちがいいのだろう…。
恐らく生きていたとしても死ぬとしても…地獄であることに変わりはないはずだ。
『諦めるのもまた一つの選択ですよ。
しかし、以前は貴方の心に内在した「死を望む自分」を打ち破ったのに…今更死を望んでいいのかは…疑問ですけどね。
そうなれば、少々無責任だと思いますし。
選んだのは…貴方なのですから…。
ラシア個人の意見としては、生きると決めた貴方の道を進むべきではないかと思います。』
『ラシア…でも、これ以上生きていたら…』
『迷惑が掛かる、と? 生きたいという願望は貴方自身の願望でしょう? それを誤魔化して、騙して、それで選んだ「死」という選択が…迷惑ではないとすれば、なんだというのでしょうか…。
「死」を選ばせるために死んだ、ディーナスさんや貴方のご両親は…貴方が最初から「死にたい」という願いを抱いていれば、「死」を選ぶ必要なんてなかったはずでしょう? 自分の「生きたい」を犠牲にして、貴方の「生きたい」を実現させる必要なんかなかったでしょう? その命と犠牲を無駄にするつもりですか? その愛情を無にするおつもりですか?』
ラシアの声音には明らかな怒気を孕んでいた。
分かって欲しい、立ち直って欲しい、そんな願いを言葉として発しているかのように…。
『別に死を望んでいるわけじゃない。
ただ、人に迷惑を掛けてまで行きたくないだけだ! みんなが望むことを叶えてやりたいだけだ。』
『それは…その考えはやはり…あまりに無責任ですよ。』
『っ! ラシアに…ラシアに何が分かるんだよ!!!』
『分かりますよ。
要するにクレイヴは…人に迷惑を掛けたくないから…人のために生きたいから…だから、その人たちが望んだ「死ね」という言葉に従って死を選ぼうとしているのでしょう? そんなの、論理的に破綻しています。
クレイヴは単に、自分の人生を人の所為にしているだけです。
人が言ったから、人が望むから、嫌だけどそうしないといけない……聞こえは確かにいいですし、美徳としたくなるのも分かります。
人に尽くしてきた自分を美化したいのも分かります。
でも…その本質は人の価値観に振り回されてばかりで、貴方自身の価値観を見出せていないだけです。
見出そうとしていないだけです。
自分と向き合おうとせず、自分が本当にしたいことを知ろうともせず、人の意見を自分の意見と捉え、自分と向き合うことから逃げているだけです。』
違う! そうじゃない! そうじゃないんだ!
『では、何だというのですか? 人の為だと綺麗事ばかりを並べて、現実から…自分から逃げている貴方が何を反論しますか!? 貴方が心の奥底で抱いている願いとは何ですか? 求めているものは何ですか? 本当に貴方自身の心は「死を選んでいる」と断言できますか? 自信を持って死ねますか?』
死を選んでいると断言できるか…その言葉に、僕の心は揺らいだ。
本当に僕自身が死を選んでいるか? いくら誰かのためとはいえ、簡単に命を投げ捨てることができるか? 自分を誤魔化さず、自分を偽らず、自分に正直に考えると……答えは一つ…死にたくない。
だけど、生きたいと願うほどのものでもない。
それでも、死にたくない。
どんな目に遭っても、死にたいとは思わない…それが僕の答えだった。
「僕は…生きる。
たとえ裏切り者の汚名を着せられようとも生き延びてやる。
僕は何も悪いことなんてしていないのだから…。」
僕はハッキリと僕自身の望みを口にした。
人の気持ちを考えないものかもしれない。
行きたいと願うわけじゃないけど、死にたいと願うわけではなかったから。
死にたいと願わないのなら、嫌でも生きようと思った。
どれほど敵が増えたとしても…すべて打倒してでも、僕は生きようと思った。
「そうか…お前がそう決めたのならば仕方ない。
ま…私はお前がその言葉を発した時点で、こいつを樹海から追放し、私が監視する。」
「え?」「なっ!?…どういうこと!?」
僕がクレアスの言葉に驚くと同時に、ミレアナは驚きの上に至極不満げな顔をした。
それもそうだろう。
今までフェアライトの味方をしていたクレアスが、ディーナスを殺した僕に何もしないと言い出したのだから。
「どういうことも何も…言葉通りの意味だ。
生きると宣言したコイツに、味方になってくれる奴も、監視する奴も、最早居なくなったのだからな。
帝国と王国の遠征時はシェイラがその役目をしていたようだが、この集落内でも有力な力を持つフェアライトの一人だから…今はクレイヴとの接触は避けた方がいい。
だが……誰かがデルトリアという化け物の監視をしなければならないのだ。
この場で最も…いや、唯一中立的な立場を保っているのは私だけだからな。
シェイラ…お前のように聡明な娘であれば、理解できるだろう? お前の力では、デルトリアの暴走を止めることなどできようはずはないと。」
「………。」
問われたシェイラは俯いていて何も答えない。
肯定の表れだった。
クレアスは、僕をあくまで化け物としてみるらしい。
またあの時に逆戻り。
いや、家族を殺した代償としては、安すぎるくらいだろう。
だからこそ…
「納得できない! アタシは…コイツを今すぐにでも殺したいのに…。」
こうして不満をぶつけてくる人物が出てくる。
自分の姉を目の前で殺された。
その仇が目の前にいる。
そんな状況で見逃すという方針を突き付けられて、黙っていられるはずもない。
僕が両親を殺された直後と同じ心情を、ミレアナは味わってしまっている。
そんな彼女は臨戦態勢を完全に整えていた。
「おい、ミレアナ…いい加減にしやがれ! コイツに…クレイヴに当たったところで何の意味もねぇぞ。」
「そうです!…ディーナス様は貴女がこのようなことをされることなど…望んでは…」
「うるさいよ…アタシは当たりたくて当たってるんじゃないのよ…当てるべきだから当てているの。
邪魔立てするのなら、アンタ達も容赦しないから…。」
止めにかかるゼルマとアレックを睨み付けるミレアナ。
それほど大きな憎悪ということだろう。
「少し黙っておけ。」
「ぐッ!!」
いつの間にか、クレアスはミレアナを抑えていた。
地面を頭に叩き付けていて、冷酷な目で見ていた。
「仇を取るような現状ではないんだよ。
どうしても仇を取りたいってんなら、少なくとも私よりも強くなることだな…。
デルトリアは私など比べ物にならないほどに強くなるのだから。」
まるで鬼のように、圧倒的且つ強大な殺気を身に纏い、銀髪は風もないのに揺れ動いていた。
目に見えないほどの超高速で接近し、目を離さなかった僕ですら反応できなかったほどの速度。
元々身体能力の高いデルトリアでも、クレアスの前では捉えることすらもできなくなる。
そして、何よりも圧倒的且つ強大な殺気。
クレアスの放った殺気は、目の前のミレアナだけでなく、その周りにいた者たち全員に対しても流れ弾のように放たれていた。
それは数々の、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきたといってもいい、そんなベタな考えしか思い浮かばせないような殺気だった。
「他の者も反論はなさそうだな。
クレイヴ、まずは樹海を抜けろ。
こんなところに長居しても無駄だからな。」
ミレアナから離れたクレアスは僕の方に向いた。
僕に対して顎で出口を示す。
僕は、示された方向へ歩を進めた。
家族から、離れていった。
「クレイヴ……憶えていなさいよ…。
いつか必ず…お前を殺して、復讐を果たしてやるんだから!!」
後ろから発せられたミレアナの言葉。
怨嗟の言葉。
僕を憎み、恨み、殺そうとする決意とともに発せられた一つの言葉。
その声を、僕は聞き流しながら足を動かした。
この場から離れ、一人で生きていくために足を動かし続ける。
生きると選択したけど、生きる気力はあまりなかった。
ただ、死にたくないから死を選ばなかっただけに過ぎない。
生きたいから生きると決意すれば、もう少しマシなのかもしれないけど…「裏切り者」の重みは、僕にとっては重すぎた。
死を望んでいるけど生を望んでいない中途半端な考えは…僕の生きる気力を失いさせるには充分だった。
『ラシア…』
返事がない
『ラシア?』
陽気な声が聞こえない。
『ラシア? どうしたんだ?』
何も聞こえてこない。
響いても来ない。
元気な声も うるさい声も 何も
まるで何もないかのように
壮大な独り言のように
自分に話しかけ、自分が聞いているだけで終わる、思考と独り言のように
ラシアの声は消えてしまった
この時点で、僕は理解した。
僕は何もかもを失ってしまったのだと。
家族も 武器も 仲間も 何もかも
大切だと思っていた悉くを、僕は失ったのだと。
そして、残っているのは僕自身なのだと。
本当の意味で一人で生きていかなければならないのだと、理解した。
この日、僕はすべてを失うことになってしまった。




