第三十六節「裏切り」
都市は大混乱の只中だった。
僕とシェイラはひとまず宿に戻る。
漆塗りのような黒髪を腰辺りまで伸ばし、後ろに一つ括りにしたシャムスが、黄玉色の瞳をこちらに向けた。
「なんか、大規模なテロが起こったらしいな。
お前たちが行っていた東地区だったが、無事だったか。」
「さすがにセルヴィたちも驚きました。」
白銀の髪をツーサイドアップにしたセルヴィが、不安げな雰囲気を宿した青紫色の瞳を兄同様に向けてくる。
「まぁ、僕たちが居た場所よりは離れていたからね。
ただ…向こうはなんというか…全体的に治安が悪そうな印象だったよ。」
「だろうな…あそこは完全に帝国から見放された犯罪街地区だからよ。」
真剣な表情でシャムスが答える。
「それはそうと…その様子だと、あまり大した収穫もなかった…と見ても宜しいのでしょうか?」
「そうだね…めぼしいものは何も…。」
「そう、ですか…。」
「あ、あの…。」
控えめな雰囲気でシェイラが手を挙げる。
「さ、さっきのテロ騒動で…帝国の大部分の…その、警備隊や軍隊が…現場に向かった……みたいなの。」
その言葉に全員が息を呑む。
「なるほど…ではつまり、帝国内の大部分の戦力が、テロ騒動の収集に取り掛かっているですよね。
しかもテロ現場は犯罪街地帯…只でさえ治安が悪いせいで国家自体が警戒するほどの場所。
いくら見捨てたといってもそこから反乱分子が現れれば…帝国側も黙っていないはずですね。」
コンヴァルタ兄妹が顎に手を添えて考える。
僕も思考を開始する。
これからどうするか…もしくは、セルヴィたちは何を求めるのか。
求められるものなら従う。
「ってことは、モンテス・イェルブルクヘ侵入し、構造を把握するならば…テロ騒動の間の僅かな期間のみってことか。」
「今夜…ですね。
それではクレイヴさん、シェイラさん、モンテス・イェルブルクの侵入と構造把握をお願いします。」
セルヴィが僕たちに向かって指示を出した。
その指示に黙って頷く。
すぐさま行動に移した。
経済力の把握完了。
統治力の把握完了。
差別意識の把握完了。
軍事力、生産力、国力、人口、治安維持状況、天候状況…その他諸々の情報把握はモンテス・イェルブルクにて把握予定。
僕が課せられた任務の諸所は順調に進んでいる。
そして、依頼されたものも大半を終わらせた。
僕とシェイラは城内の前庭の隅…闇夜に紛れ、高々と聳える木の陰の下に身を隠していた。
ここで城内構造を地図として書き記しているところだった。
シェイラは自然エネルギーであるエアロイズの流れを読み取ることで、空間認識能力と空間把握能力を極限的に高め、何処にどんなものが存在するのかを把握する能力を持っていた。
そもそもエアロイズとは、人工物以外の自然的に存在するあらゆるものに流れている。
人間、動植物、空気に至るまでエアロイズは存在し、人工物に変えた途端にその流動は停止。
人工物にエアロイズは流れなくなり、人工物として完成する。
つまり、エアロイズは建造物や家具以外を通しているから、エアロイズが通っていない部分を観測すれば、建物の構造を把握することも容易ということ。
「そろそろ…終わるの…。」
「よし、じゃあシェイラ…それが終わったらここから出よう。」
互いに小声で呟く。
最小限に気配を消し、姿を闇の中に消している間はバレることは万が一にもありえない。
ただ、それすらも感知するほどの強者が近づいて来ないとも限らないから、僕はさっさとここから離れたい気分だった。
「………。よし、できた。」
シェイラが精巧極まりない地図を完成させ、紙を丸めると手に持った。
これでコンヴァルタ兄妹の依頼は全てこなした。
僕たちは城壁を飛び越え、モンテス・イェルブルクから脱出。
「ね、ねぇ…クレイヴ…あの…。」
「ん? どうかした?」
「………う、ううん…やっぱり、その…なんでもないの。」
「……?」
シェイラは酷く不安げな顔で何かを言いたそうだった。
「なにかあるなら…聞くけど?」
「い、いや…大丈夫、だから…大丈夫…なの…。」
僕が問いかけると、シェイラは首を振った。
その後の彼女の瞳は、どこか覚悟を決めたような雰囲気を宿していた。
「ありがとうございます! これで…これで、セルヴィたちにも希望が見出してきました!」
セルヴィはものすごく喜んでいる。
その横ではシャムスが既に寝息を立てていた。
「ぼ、僕たちも力になれて何よりだよ。」
「そ、そう…だね…。」
なんとなく照れくさくなって後頭部を掻きながら応じる。
シェイラはさきほど同様、何か思い悩んだような雰囲気を纏いながら、僕に続いて呟いた。
「シェイラ…どうし…」
「クレイヴさん…これ、今回の依頼のお礼です。
受け取ってください。」
彼女に何があったのかを改めて聞こうとした途端、セルヴィが遮るように(気のせいかもしれないけど)話しかけ、大量の金貨が入った麻袋を差し出してくれた。
「え…いや、別にお礼なんてそんな…。」
さすがに依頼の内容をこなしたとっても、これほどの報酬を貰うのは悪いと感じた。
突き詰めれば僕は彼女たちを騙し、ついでに国のことを知っただけなんだから。
「いえいえ、気にしちゃダメですよ。
それくらい、助かっちゃったんですから…。」
セルヴィは心底嬉しそうに押し付けてくる。
(あれ…?)
何かが心に引っ掛かる。
何かがおかしいと訴える。
セルヴィはものすごく嬉しそうに笑っている。
シェイラは酷く不安げな雰囲気を纏っている。
この状況下で、果たしてセルヴィはシェイラを置いて、僕に対してだけお礼を言うのだろうか?
そもそもセルヴィはシェイラと仲良くしていたし、仲違いした様子はなかった。
まず、仲違いしたのならシェイラはきっと、テロ騒動の時点で居心地悪そうにするはずだ。
僕の記憶が正しければ彼女たちは喧嘩なんてしていない。
まして、セルヴィがシェイラを避けるなんてことはあり得ない…というのは、短い間だったけど理解できる。
この状況に酷く違和感を抱いた。
そもそもモンテス・イェルブルクのことは付属的に考えるという前提だったし、成功の見込みはないと伝えていた。
それなのに、テロ騒動から何の疑いもなく、何の相談もなく、城内構造を調べるよう指示した。
可笑しい。
どう考えても可笑しかった。
「だから、今度はこちらが助けてあげないと…ね!!!」
刹那、紫の閃光が迸る。
ギャリィィィィィィィン!!!
鉄と鉄が衝突する音が部屋中に響き渡る。
気が付けばシェイラが僕とセルヴィの間に入っていた。
「え…。」
僕は呆然と立ち尽くしてしまった。
セルヴィの手に持たれているのは紫の刃をした死神の鎌。
対してシェイラが手に持つのは青い刃の片刃の大剣。
「あら…受け止めてしまいましたね…。」
「クレイヴに、手出しはさせないの!」
セルヴィが目を瞬かせ、シェイラが睨みつける。
「ふふふ…えいっ。」
セルヴィが余裕粛々といった風情で鎌を押し出すと、凄まじい衝撃波が僕たちを襲った。
「「っ!!!?」」
途端に呼吸が止まった。
あまりの衝撃に呼吸する余裕すらなかった。
宿の壁を突き抜け、民家を突き抜け、突き抜け、突き抜け、三軒突き抜けた先の石壁に背中を強打。
「ぐ、はっ!!」
喉で止まっていた息が、肺に溜まっていた息が、壁に叩きつけられる衝撃で一気に押し出された。
ドゴオオォォォォン!!っという轟音と共に、石壁にヒビが刻まれる。
「クレイヴ…ごめんなさい、なの……大丈夫?」
シェイラが謝り、僕から離れると手を差し出してくる。
「あ、あぁ…大丈夫。
問題ないよ…それより…。」
「あの二人に、裏切られちゃったみたいなの。」
僕の問いかけに答えるように、項垂れながら彼女は答えた。
攻撃を受ける直前に勘付いた。
ただ、信じたくはなかった。
認めたくなかった。
命の恩人が僕の、僕たちの命を狙うなんて…。
あのまま荒野で寝たままなら、恐らく力尽きていた。
それを救ってくれたのはあの兄妹だったから…裏切ってなどいない、と思いたかった。
だけど、現実は違った。
僕たちは裏切られた。
元から利用するつもりだったのかもしれないけれど、裏切られたのは紛れもない事実だ。
「あら…まだ生きていたのですね。」
「デルトリア…だから…。」
真っ赤な月を背後に横に並び、僕たちを見下ろす影が二つ。
一人は青紫色の瞳を持った少女で、もう一人は黄玉色の瞳を持つ少年。
少女が手にする得物は、紫の刃をした死神の鎌。
その刃の大きさは軽く少女の三倍はある。
形は緩やかな曲線を描き、どこに触れても両断できるのではないかと思うほど鋭く、その色が禍々しさをより一層誇張させている。
対する少年が手にする得物は、銀の鋭刃に緑の筋が通っている究極の巨槍。
この全長は彼の身長の三、四倍はあり、見るからに少女の持つ死神の大鎌よりも巨大だ。
柄は彼の身長ほどもあり、槍の刃はドリルのように柄との境界が広く、切っ先になればなるほど鋭い。
切っ先はそれこそ、何物も突き刺し貫く針のような究極の鋭利さを誇っていた。
突き刺すためだけに存在する兇悪極まりない巨槍。
これに突貫され、切っ先に触れれば斬れないもの、貫けないものなど存在しない…そんな威圧すらある。
少女は狂気に満ち満ちた笑みを浮かべ、少年は感情がないかのように、どこまでも続く虚無のような無表情を浮かべて僕たちを見下ろしていた。




