第二十七節「圧倒的な力」
出発から一週間。
フェアライトの里がある樹海を抜けた。
その先に広がったのは、辺り一面が緑の草原。
その上を踏みしめながら、空から照り付ける太陽が眩しく、ポカポカとしてどこか心地良かった。
心地良かったんだ。
でも今、樹海を抜けて一日が経過して、緑の景色を抜けた先が荒野になってて、乾燥した暑さが照り付ける状態。
正直言うと喉が渇くし、肌が痛いし、心地よさとは程遠かった。
僕は地面にラシアの剣の刀身を地面に刺し込む。
「ラシア、まだ人の住んでる場所に辿り着けない?」
暑い中、ラシアに尋ねてみる。
森を出てから、神剣ラシアについて沢山知った。
現状で知っているのは、ラシアが地の理力を持っているという事。
理力とは理を司る力で、簡単に言えば自然の力。
ただ、フェアライトが定期的に浴びるべき自然エネルギーのエアロイズとは違う。
求めて得られる自然力を理力と呼ぶのに対し、エアロイズとは常に供給される力で、自然力の奔流をいう。
つまり、エアロイズは理力のように求める必要がなく、太陽からの日差し、踏みしめる地面、吹き付ける風からエアロイズは供給され、受けることができる。
但し人工的に創られたものからエアロイズは得られないから、フェアライトは文明的な国家には長く居られないらしい。
ラシアが今使う地の理力は、地盤軌道路と呼ばれる、地面の下に存在する道にアクセスできるという。
具体的なアクセス方法は地面に刀身を突き刺すことでその道を読み取るというもの。
いわば、地盤軌道路というのは地下に存在する道である以上に、地上の情報を蓄積して拡散するネットワークみたいなもの。
ラシアの説明によれば、地盤軌道路には多くの情報が流れてくるらしい。
但し、膨大な道筋と複雑に交錯し合う地盤軌道路は、一つの情報を辿るのも困難な上に、完全に使い手に依存するらしくて、使い手の能力が高ければ高いほど、より深い情報の入手と探査範囲を得るのだと。
これを聞いた時、ディーナスはそれを見越しながらこの任務を頼んだのかと思った。
まぁそれは、本人に聞かないと分からないんだけどね。
僕はラシアに尋ねた。
樹海から出て一日が経った時点で、何か進展がないのかどうか、人の気配を地盤軌道路上で感じないかどうかを。
『……。』
ラシアは暫く何も話さない。
沈黙が流れる。
気長に待つこと数分。
『この先、真っ直ぐに行けば集落がありますね。
コンヴァルタの集落らしいですが、一日も歩けば付くと思います。』
一日歩けばコンヴァルタの集落。
食料も水もとっくに尽きてしまった。
里を出てから自給自足の一週間。
僕としたことが、二日分の食料と水しか持ち合わせていなかった。
しかしどうやら、デルトリアという種族は喉の渇き、食事の摂取不足で死ぬことは無いらしい。
ここ数日でそれを身に染みて実感した。
実際、今は三日目以降何一つ口の中と食堂の中には通していない。
通しているのは酸素と自然の匂いだけだ。
お腹は減るし、喉は死ぬほど渇いているけど、死ぬ事がない。
いっそ死んでしまった方が楽だろうと思う。
僕の胃は何かを求めるようにキュゥッと締め付けてくる日々。
でも、今は何も手持ちがない。
この痛みに耐える以外に術はなかった。
今目の前に動物が通ろうものなら、全力で狩りをしてかぶりついていると思う。
だけどこの荒野では、それすら叶わない。
せいぜい周りに生えている雑草くらいで、流石にそれにかぶりつきたいとは思わない。
もしかしたら、かぶりつきたいと思わないほどに空腹ではないのかもしれない。
天候操作で雨を降らせれば水の確保は容易で、僕の喉も大いに潤いを得ることが出来ると思う。
だけど僕の力は覚醒したばかりで、うまくコントロールできない。
それに、デルトリアがどれ程の力を有しているのかを自分でも把握していない今は、変にエネルギーを使う訳にはいかない。
かえって苦しむ羽目になるだろうから。
現状で戦闘以外ではあまり使いたくはないというのが正直なところ。
『っ!! クレイヴ、高速でこちらに向かってくる存在が居ます。
地盤軌道路を通ってきてます! 少なくとも味方ではないと思いますよ。』
接続していると、唐突にラシアがこちらに向かってくる存在を教えてくれた。
こんな時に敵。
ハッキリ言ってまともに戦えそうにない。
何かの間違いだったら良いけれど、恐らくそれは期待するだけ無駄だと思う。
「……し、仕方ないってことだよね? というか、ラシアを扱うのは今回で初めてなんだけど…。」
恐ろしく不安だった。
背中に嫌な汗がかきそうな気がする。
全身が緊張する。
それでも戦わないといけないのなら、全力で対抗するほかない。
僕は初めて、神剣ラシアを戦闘のために握りしめ、地面から刀身を引き抜いた。
ラシアは驚くほどに軽い。
大きく深呼吸して精神を落ち着かせる。
『求めよ さらば与られん 汝の望むままに 我が力を授け 汝がその力を受けて剣を振るいし時 勝利を我がもとに授けよ 力の授受によって より強大な力を生み出す』
「求め 受けた力の解放 われが望むままに 汝の力を与えたまえ われに授けた力で剣を振るいし時 勝利を汝のもとへ授けよう 力の授受によって より強大な力を生み出す」
二者の詠唱が響く。
神々しさを孕んだラシアの詠唱。
頭の中で流れる言の葉に声を重ねていく僕の詠唱。
同時に行われた解放の詠唱を口にするにつれ、刀身はどこまでも赤く、鮮血のように赤く、業火のように赤く、見る見る間に変化していった。
赤く輝く刀身が目の前で煌めき、僕の右手甲に刻まれた六芒星が赤い光を放つ。
初陣の戦闘準備は整った。
すると突然、数十メートル離れた地面がボコッと大きく隆起する。
直後に岩が大きく砕かれ、大量の砂を巻き上げて砂埃を立てながら、一体の巨大な芋虫のような怪物が現れる。
「ギャアァァアアァァアアアァァアアアア!!!!!」
耳につんざく甲高い咆哮を上げて出てきた怪物の目はなく、イボイボの表皮はグロテスクな茶色をしていて、大きな丸状の口の周りに細かく大きな牙が幾本も生えていた。
見るからに肉食のその怪物は、巻き上がる砂埃にズズンとそのずんぐりとした巨体を倒した。
クチャクチャと粘液が混じり合い、擦れるような嫌な音を立てながらこちらに口を向けている。
『これはこれは…グロテスクな敵が現れましたねぇ。
こんな奴に…ラシアちゃんの純情で清純で穢れの知らない刀身を以て切り裂かなければならないとはっ! なんと…クレイヴもお人が悪いのでしょうか…』
ラシアの軽口が炸裂する。
何が純情で清純で穢れの知らない、だよ。
剣のくせに。
「ラシア…こうなったのは僕のせいじゃないよ。
それに、ここでこいつを倒さないと、僕らはあの臭そうな口の中に入らないといけないんでしょう?」
僕はラシアの軽口をため息交じりに受け流す。
なんといっても、目の前には今まさに自分たちを食べようとしている怪物がいるんだ。
冗談でも軽口を叩けるような現状じゃない。
そう。
僕は軽口を叩けなくなるくらい、現状に切羽詰まっていた。
僕の精神は神剣を初めて戦闘で扱うことに対して、明らかな緊張を覚えていた。
それをラシアのひょんな軽口で、幾分か和らげられた。
ある意味ではラシアのその軽い言葉が、僕を焦りや緊張から救い出してくれていた。
きっとラシアも、それを感じたからこそこうして軽口で話しかけてくれたんだ。
ここで礼を言ってしまえばそれはそれで無粋だと思う。
本気で精神的にダメになりそうな僕を助けようとするのなら、軽口を叩かずに普通に接してくれるはず。
そして「緊張しなくても、私がいます。 クレイヴは気楽で頑張ってください」と言ってくれるだろう。
そうしなかったのはひとえに、ラシア自身が僕にその心情を隠しながら励まそうとしたから。
だから、隠そうとしたその心情を、僕が無理矢理引き出してしまったらそれは空気が読めないと一蹴されても文句は言えない。
『ま、こんな奴相手でも、このラシアちゃんは絶対に負けませんからね。
クレイヴは目を閉じながら優雅に踊っていれば、その内チョチョイのチョイでぶっ倒しちゃいますよ!』
相変わらず軽い調子で言った。
もしラシアが人間の姿になれるのなら、今の言葉で満面の笑みを浮かべていたに違いない。
女の子なのか男の子なのかはわからないけど、きっと素敵な笑顔のはずだ。
その軽い言の葉は太陽のように、全てを照らす光のように、ラシアは明るく僕の心を照らしてくれた。
もう僕は一人じゃない。
それが全身で感じられる。
大切な人はたくさん死んだり、たくさんの悲しみや虚無感に苛まれたけれど、今この時を於いて僕は仲間がいると実感できていた。
全身に力が湧いてくる。
戦う力が。
「ギャアアアアァァアァアァァアァアアア!!!」
巨大な芋虫は蛇行で体をくねらせながら、ガガガガ!!っと地面を削りながらこちらに高速接近してくる。
何十メートルあるのかな。
とにかく巨大で、圧倒的差の重量を持った芋虫が、数十メートル離れた僕たちに向かってきた。
大口を開け、今にも飛びつかんとするその気迫もまた圧倒的だった。
でも、僕は酷く冷静だった。
何も恐れるものはなく、寧ろ、目の前の芋虫がただの小さな芋虫にさえ見える。
向かってくる巨体を前にして恐怖や焦りなんてものは一片もなかった。
あるのは目の前の相手を攻撃する闘争本能だけ。
「暁」
『暁』
同時に言葉にする。
それは一つの言葉。
それは朝であり、始まりであり、すべての原点を意味する言葉。
言葉を言い放った瞬間、剣の周りと僕の体の周囲に、まるで結界の如く大小様々な岩石が超高速で展開される。
地面からのものではなく、神剣ラシアから展開された岩石だった。
その岩石は僕の周囲に圧倒的数量で展開される。
まるで一つの巨大な崖のように、巨大な岩石の壁のように、大小の岩石も数が揃えばそれだけ巨大なものを形成するまでにもなるということだろうか。
刀身の切っ先を上に上げると同時に、それら壁と形容してもいいほどの無数の岩石が一緒に宙に上がる。
そして、それら一つ一つにボボボッと炎が点火した。
その炎は点火と同時に激しく燃え上がり、あたり一面の温度を急上昇させた。
まるで溶岩のような様は、周囲の空気を焼きながら浮遊していた。
僕自身は暑さを感じず、それを全て体感したのは芋虫の化け物だったみたいだ。
「ギギギギ…ギガアアアァァアァアァァアアア!!!」
芋虫の化け物は甲高い悲鳴を上げながら土の中に潜り始めた。
どうやら、高温には弱いらしい。
地面の中なら、下に行けば太陽の熱が遮られて冷えるところもある。
それを利用して生きる生命体でもあったらしい。
でも、僕たちが繰り出した炎の岩石によって、気温が急上昇したことで、化け物にとって居心地の悪い空間に変わってしまったみたいだ。
そんな化け物をよそに頭に流れた言葉に声を重ね、叫んだ。
「爆炎流星!!!」
『爆炎流星!!!』
それと同時に刀身の切っ先を空に向けて掲げた神剣ラシアを、思いっきり振り下ろした。
刹那、溶岩の如く超高温の岩石が、一斉に地面に潜った化け物に向かう。
その速度は弾丸などより遥かに早い。
目に見えるはずの大小様々な岩石は、ただただ炎の軌跡を残すのみ。
まるで流星群を彷彿とさせた。
壁を形成するほどの無数の岩石が溶岩のように炎を纏い、地面に叩き付けられる、超高温高速の炎獄多連撃。
その一撃一撃で月面クレーターのように地面を穿ち、地面は深く深く掘り進められていった。
そしてひときわ巨大な岩石が地中に向けて落とされる。
その巨大な岩石は、これまでの圧倒的数量で破壊された地面深くに潜り込んでいく。
ドオオオオオォォォォッォォォォン!!!
何物にも形容しがたい強烈な轟音と大爆発、遅れて地面が悲鳴をあげるように激しく振動する。
さらに遅れて地下深くから上がる、橙色の炎の柱。
白昼に上げられたその炎の柱は、まるで暗闇に照らされる朝日のように、一際大きな光を放った。
まるで隕石でも落ちたかのように強烈な地面と空気の衝撃。
火柱が収まると同時に、ガラガラガラっと地面が沈んでいった。
地下深くで大爆発を起こし、地表の重さに耐えきれなくなって崩れてしまったのかもしれない。
広大な荒野に、超巨大な大穴が開いてしまった。
『……。…。こ、ここまで、破壊しちゃうとは…思ってもみませんでした。』
「これはどういうこと? なんだか、すごい壊しちゃったんだけど。」
『お、恐らく…私の力というより、クレイヴのデルトリアとしての力が大半だと思いますが…もしかして、全力で振っちゃいました?』
「そ、そうかも…。」
全力で振る振らないの問題なのか? そもそも、こんな破壊力を生み出さなくても、普通に斬ったらよかったんじゃないかって今更ながら思う。
でも手遅れで、破壊された地面を修復するなんてできない。
最早クレーターを通り越して、断崖絶壁と化してしまった地面を見下ろしながら、乾いた笑いをするしかなかった。
こんな力を持ってしまって、僕は何をしたいんだ? 世界よりも今の自分の力の方が恐ろしい。
本気を出して振れば、地形を変えるほどの力を出してしまう。
しかも、たかだか炎を灯した岩石が、ここまでの破壊をもたらすのだろうか。
神剣は持ち手の能力に依存するらしいけど、これほどの力が僕に備わっているのなら、怖くならないはずはないじゃないか。
『そ、それよりも早くここから離れましょう。
何かに巻き込まれるのは嫌です。』
「そ、そうだね。」
この衝撃を受けて調査しにくる人たちがいないとも限らない。
何かに巻き込まれる前に、さっさとここから退避した方がいいかもしれない。
僕はラシアの提案に促されて先を急いだ。
それにしても、自分が考えている以上に恐ろしい力を持っていた。
デルトリアの力でさっきの攻撃が繰り出されたのなら、もっと強いラシアの攻撃を発動すれば、一体どれだけの被害が出てしまうのだろう。
それが何よりも怖い。
ただ破壊するだけの力。
圧倒的な破壊の力。
僕はそうした恐怖や不安を頭の隅に押し出しながら、コンヴァルタの集落目指して歩き始めた。




