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火をつけた煙草を咥えたまま、ゆっくりと体を伸ばしていく。
目覚めた体の調子を確かめつつ窓を開ければ、あら不思議。
そこは雪国でした。
「・・・」
パタン。
フゥー・・・やれやれ。昨日は飲みすぎちまったらしいぞハハ。
まだ寝ぼけてるんだなと両頬をバッッチン!と引っぱたいて気合をいれ・・・悶絶した。
「イテェェ!?すげぇ痛ぇ!?」
どうやら上がった力が遺憾無く仕事をしたらしい。
耐久力も上がっているからこれで済んだのかもしれん・・・小さな子や動物を撫でる時に首もがないように気を付けないといけないなこりゃ・・・ともかく物凄く痛いが、完全に目は覚めた。
もう一度窓を開ける。
「・・・どう見ても雪国だ、な」
うむ・・・・・・
ゆっくりと目を閉じた。
再び目を開いた時には事実をしっかりと認識、思いっきり驚愕した。
えええええぇぇぇ!?
昨日までそこまで寒くなかったぞ!?
海にも近いし、空気冷やすような山も・・・あ~、北西にあったか?
そっちで冷やされて雪になったとか?
・・・うむ、さっぱり分からんな。
そこまで考えてぶるっと震え・・・ないな。
昨日は火照った体でポイポイ服脱いで寝たから薄着だったのに・・・って龍神様の加護か!
うわぁ・・・もらっといて良かったぁ・・・風邪ひいてたかもしれぬ。
いつもの装備に着替えて下に降りると二人が寒そうにしながら朝食を食べていた。
いつも思うがこの二人朝がやけに早い。
シャルさんは元々早起きな方だったが、カリンは組んだばっかの時は遅めだったはず・・・食い気か?
「おはよう二人共。朝起きたらなぜか銀世界なんだが」
「おはよ~!ボクもこの街で冬を迎えるのは初めてだけれど~・・・随分急に変わるんだねぇ?」
「・・・おかしい」
一番長くこの街に居るであろうカリンを見ると、深刻そうな表情だった。
おかしい・・・そう呟いて黙ってしまったカリンにシャルさんと顔を見合わせる。
これが普通・・・ではない?
「どういうことだ?いつもこんな感じじゃないのか?」
「東だともっとゆっくり季節が変わるから分かりやすかった気がするけれど・・・西の国はこういうもの、じゃないみたいだねぇ~」
カリンはゆっくりと首を横に振った。
どうやら思ったよりも事態はヤバイ感じのようです。
周りを見れば宿泊客もザワザワと落ち着かない雰囲気。
聞き耳を立てれば、どうやらこんなのは初めてだとか言っている。
「二人共、ギルドにいってみよう。何か分かるかもしれん」
二人は深刻な表情で頷いた。
冒険者ギルドに入ると、いつもは活気に溢れているはずが妙に落ち着かない雰囲気だった。
不安気な表情の職員を見るに何かあった、か?
「アーシェさんおはよう!」
困った顔の受付アーシェさんに声をかける。
いつもなら入った瞬間に挨拶してくれるのに、声を掛けられて初めて気がついたようだ。
「あぁ、三人共おはよう。ごめんなさいね、今日は依頼は受注出来ないの」
「アーシェさん。何があった?」
返ってきた言葉に思わず尋ねるが、アーシェさんは困った表情のままだ。
「う~ん・・・そうね。貴方達なら問題ない、かしら・・・ね。会議室に行ってくれる?マスター達が詰めているから、詳しい話はそこで聞いてちょうだい」
どうやらこの街にまたなにか問題が起きたらしい。
まったく刺激的な毎日で何よりだよ!!
二階の会議室に入る。
深刻そうな表情の職員達が奥にいるマスター達に何やら報告して、出たり入ったり慌ただしい。
「おはようギルドマスター、おっさんもついでにおはよう」
一番奥に陣取って何やら地図を広げていたギルドマスターが顔を上げた。
ついでってなんだよ!とおっさんが言っているが無視だ。
「む。おぉ、お主達か。ちと問題が起こってな・・・ふむ、ここに来たということはアーシェが通したのかの?」
コクリ、頷くとこっちに来いと手招きされた。
地図を覗き込む・・・この街を中心とした周辺地図か。
何やら森の何箇所かに赤いX印が書かれているが、これだけでは何が何だか分からないな。
「突然の降雪・・・交戦箇所が結構深い・・・上級冒険者でも負ける・・・?もしかして・・・白夜、ですか?」
何かに気がついたのか真っ青になったシャルさんがそう聞くが、残念ながら正解であったらしい。
ギルドマスターはゆっくりと頷いた。
白夜。
地球では北極圏なんかで見られる現象だが、この世界では違うらしい。
元は氷雪を司る精霊であったらしいが、何があったか過去に突然凶暴化。
原因は未だに不明であるらしいが、凶暴化する前とは比較にならない程強大な力を持ち、神にも匹敵する程であるとか。
精霊はこの世界の自然に溶け込むようにして暮らしているらしく、基本的に移動はしないらしいが・・・白夜は異なる。
定住することなく、世界を彷徨いながら死を振りまく。
国、街、村、集落、人間、魔物関係なく通りすがりに命を刈り取っていく。
そこに意味があるのかないのかも不明、Sランクの冒険者パーティが12人がかりで戦いを挑んだが一蹴されてしまったらしい。
Sランクといえば、国一番といえる腕利き揃いと聞いているからそんな彼らを一蹴した白夜の強さは半端ではないことが嫌でも理解出来る。
取った後には一面氷の世界しか残らないことから白い夜、白夜と呼ばれるらしい。
白い悪魔じゃないんだな・・・。
「それで・・・フラフラしてるってことはその内どっか飛んでくってことだよな?」
「そうだ。だが、もしも王都方面に行かれたらこの国は終わりだ。交戦した国はだいたい滅びるか、耐えたとしてもガタガタになったところを周辺国に喰らいつかれて終わっちまう。当然ギルドも他人事じゃあすまねぇ。下手すれば・・・」
「この街も全滅、か」
頷くおっさん。
内心はともかくいつも泰然とした姿のおっさんが憔悴している様子・・・それは俺たちに想像以上の衝撃を与えた。
「相手は強大、倒せる確率はほぼゼロとなれば、追い払うのが現実的だろうが・・・Sランクで一蹴されるような相手だ。この街の全戦力を後先考えずに投入しても時間稼ぎにもならねぇ可能性が高ぇ」
おいおい。詰んでるじゃねぇかそれ!?
「交戦場所があるってことは何度か接敵してんだろ?この面子だと・・・姉御とシェイドさんが斥候役か・・・」
「最初は四本爪だ。奴らが最初に交戦したからな・・・その情報を元に二人が斥候に出てる」
あの人達か!!
確かにこと戦闘ならあの人達に勝てる存在はそう多くないはずだ。
なにせ硬い、早い、鋭いと三拍子揃った猛者揃いだ。
逃げに徹すればそうそう犠牲を出さない面子だ。
おっさんの言い方からすると犠牲者は無いんだろうが・・・。
「とすると、この雪も白夜の余波かなにかってことか?」
「そうだ」
自然現象に匹敵する相手かよ・・・ある意味神だぞそれ。
しかし耐寒性の高い装備と肉体じゃなきゃとてもじゃないが戦場にすら立て・・・って加護があるな。
まさかそこまで読んで・・・るわけねぇな!
「耐寒装備もあるが、どこまで通じるか分からねぇ。そういう加護でもありゃ・・・」
「あるよ?龍神様の加護」
「あるのかよ!?テメェなんでもありだな・・・だがそれだけじゃ前に立てる可能性があるってだけだ。だいたいそんなマニアックな加護もらうような変態はお前位だろ?」
「変態ってなんだよ!紳士と呼んでいただきたい」
「なんで紳士!?」
クソッ!加護だけを頼りにするには状況が深刻過ぎる。
何か無いか?相手は元?精霊だ・・・精霊といえば・・・エルフ?
「精霊なら・・・姉御じゃなんともならんか?」
「試してみたが、ダメだった。普通精霊なら交感する事が出来るらしいんだが繋がらないとか言ってたな。精霊魔法で探った感じじゃ完全に別物だそうだ」
この街で一番精霊魔法に詳しい姉御でもコンタクトすら不可能。
死にかけながら竜倒して喜んでたが、世界は広いなぁ・・・。
まったく、そういうのは物語終盤にしてくれないかねぇ?
最強の武器と最強の鎧が欲しい今日この頃だよ・・・中身が伴わないけど。
「こればかりは位置を把握しつつなんとか逸らすしかあるまい」
ギルドマスターが結論を述べたが、誰も反論が思いつかない。
オレが討伐してやる、なんて思ってはいなかったが想像以上の難敵だ。
むしろラスボスだろこれ。
当たってみないと分からないから一当てしたいところだが・・・それで王都方面に進路変更なんてされちまったら死んでも死にきれないし。
「応援は?」
「大陸中のギルドに通達してある。Sランク全員に来てもらうつもりだ」
流石は世界に広がる冒険者ギルド。
何らかの連絡手段があって、既に手は打ってあるらしい。
とすると、今必要であるのは・・・情報。
出来るだけの情報が欲しいところだよな。
近づけるのか、感知範囲、使用する攻撃、性格や交渉が出来るかどうか・・・出来れば弱点。
「俺たちに出来ることはあるか?」
「そう、だな・・・今んとこはねぇ、が耐寒性能のある装備に変えておけ。金属鎧やなんかはエンチャントなしじゃ凍死しにいくようなもんらしい」
なるほど。
もしも接敵したのが栄光の剣であったら・・・全滅していたかもしれない。
あいつら全員金属鎧だもんな。
ギルドマスター達にしばらくは街から出ない事を告げてから退室した。
「オレは工房に行ってみようかと思うんだけど、二人はどうする?」
「ユウが狩った竜で装備作るんだっけ~?ボクらも親方に寸法測らせろって言われているから一緒にいくよ~」
「ん。いく」
三人揃っておやっさんのところに顔を出すことになった。
作っている装備が今回の問題に対応出来るといいんだがなぁ・・・。
煙草の煙を漂わせながら、空を見上げた。
鉛色の空はまるで重い明日を象徴するようで、なんだか気が重くなってくる。
作者インフル軍と戦闘中のため、次話投稿少し遅れるかもしれません。




