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窓を開けると、朝の空気を目一杯肺に取り込むように深く深呼吸した。
地球に居た頃は毎朝仕事に行きたくないとナーバスになったり、体の何処かに不調があったりしたものだが、こちらにきてからそれもない。
本当にありがたいことだなぁ。
プカリプカリと紫煙を吐き出しながらぼんやりと漂う煙を見つめた。
餌を求めているのか、それともただ飛びたいだけなのか小鳥達が空を駆けまわっているのが見える。
宿の親父さんに聞いた話ではあの鳥が元気に飛んでいる日は晴れるらしい。
「おはよう」
「おはよ~」
「ん」
二人に挨拶しながら席に着くと、宿の看板娘が朝食を持ってきてくれた。
彼女は熊みたいなおっさんの遺伝子が全く感じられない位に小さくて可愛らしい7才位の女の子だ。
ちなみに親父さんはこの娘を溺愛しているので、変な真似をしようものなら・・・親父さんが変な真似と思えば全て変な真似になるわけだが・・・大変なことになる。
「ありがとうエリちゃん。いただきます」
エリちゃんにお礼を言って食べ始める。
今日の朝食は・・・ご飯だ!!
驚いて親父さんを見るとニヤリと笑って親指を立てた。
数日前に東の諸島群から交易船が来たらしく、この街にも売りに来たらしい。
その中に米も混じっていて、世間話でオレが話したお米の話を思い出した親父さんが商人から聞いた作り方を試したところ気に入ったので宿でも出るようになったらしい。
手が空いた親父さんとそんな話をしながら、ご飯をじっくりと見つめた。
うむ。きちんと精米されているらしくちゃんと白米だ。
糠の食感や匂いが気にならなければ玄米のが体にいいんだろうが・・・こっちの世界では魔力が体調が良いパターンを記録していて、体調を崩したり栄養が足りなくなるってことがあまりないらしい。
なら魔力を摂取すれば飯いらず?と思いきやそんな事は無いそうで・・・カリンに色々教えてもらったが、難し過ぎてよく分からなかった。
まぁ・・・ご飯はきちんと食べましょう!って事だよ!うん!
そういうわけで栄養は軽視される、というわけでもないが特に重要視されていないので医療專門の場所でも無ければ味が重視されているのがこの世界の特徴だ。
そういう食事事情だとカロリーやコレステロールは高くなる傾向にあるが・・・この世界の人達は代謝がとんでもなく高いのか太った人はほとんど見ない。
たるんできたお腹が悲しい中年にはありがたい世界だよ・・・ほんと。
さて、久しぶりのご飯に感動した後はギルドに向かう。
大毒蛙の納品しないとな。
「おめでとう。これでBランクに必要な依頼実績達成よ!」
「おお!ありがとう!」
どうやらあと1つ依頼が必要であったらしい。
多分カリンもそうなのだろう。
パーティ単位で討伐したことにしようと思ったのだが、カリンに関わってないからと断られた。
結構しっかりしている娘だなぁ。
「ユウ君とカリンちゃんは護衛依頼はしたこと無かったわよね?Bランクになる為には最低1回の護衛経験が必要なの」
なるほどな・・・同じBランクでも得意不得意、戦闘に強いとか調査関係に強いとか色々あるのだろうが、標準的なBランクとして求められる能力の一つが護衛出来る事、なんだろう。
となれば、カリンがBランク条件に達したら護衛依頼を受けてみるか。
「それならカリンがBランクの条件に達したら護衛依頼を受けてみるよ」
「ん。それがいい」
うむ、と頷くカリンの頭を撫でながらそう伝えると、分かったわと苦笑しながら頷かれた。
過保護だと思われたかな?
アーシェさんに手を振ってジョージのおっさんに会いに訓練場に向かう。
カリンはシャルさんと依頼を受けてみるらしい。
オレはその後で、ドロスのおやっさんの所に顔を出す予定だ。
ティアマトの素材を見せて、ああ、黒の槍もだな。
ついでに貰った長槍と方天戟も見てもらおう。
「おっさぁん!おっさぁぁぁぁん!」
「うるせぇぇぇぇぇ!」
適当に声をかけると返事があったので、声がする方に向かった。
何やら新人らしい冒険者に剣を教えているところらしい。
驚いた顔でこっちを見てくる駆け出しっぽい冒険者。
あ~・・・強面のおっさんにおっさんって言ったから驚かせちゃったかな・・・。
「ありゃ、邪魔だったみたいだな。また出直してくるよ」
「いや、問題ねぇ。それじゃ小僧。今言った事を意識しながら素振りしてみろ。ちゃんと敵を想定してやれよ?」
「はいっ!」
うむ・・・初々しいですなぁ。
うんうん頷きながら見ていたら殴られた。
「理不尽ッ!?」
「初々しいなぁみてぇな顔してんじゃねぇよ!お前もまだ1年未満の未熟者だろうが!」
「えー、オレは素振りから習ってないぞ?」
「てめぇは女神・・・じゃなかった。師匠から習ったんだろうが。だいたいてめぇの剣はわけわかんねぇ動きしやがるから教えることなんざねぇんだよ」
なんと!?
教官なのに教育を放棄しやがったぞ!?
「わけわかんねぇってそんなわけあるか!人間なんだから動ける範疇ってもんがあるだろうがよ」
「たまに範疇を越えてくんだよてめぇは!」
「あ、ちょっと意味がよく分からないんですけど」
「オレが変な事言ってる奴みてぇな目で見てんじゃねぇよ!」
「まぁそんなことよりさ、おっさん竜人族って知ってる?」
まったくこのガキは・・・ブツブツと何か言っていたが、話は聞いているらしい。
竜人族と聞いて真面目な顔になった。
「あ?竜人族なんて言い方するってことはお前奴らと話したのか。いやまてよ、この街を拠点にしてる奴が竜人族の奴らと会うなんてこたぁ・・・まさか森か?」
「やっぱ知ってたか。うん、森の中でさ・・・」
大毒蛙を狩りに行ったはずが邪竜退治になった話をしてあげた。
おっさんは呆れた顔で聞いていたが、最後には可哀想な子を見る目になった。
「おまえ・・・・馬鹿なの?」
「し、仕方ねぇだろ!?なんか付いてったらそうなったんだからさ!」
「普通そこで内容も聞かずに付いていかねぇんだよ!馬鹿のやることだぜ!ほんと馬鹿ッ!」
そこまで言わなくてもよくね!?という程馬鹿にされました。
うぅむ・・・面白そうだったから仕方ないよな。
仕方ない、よね?
「まぁそういうわけで友好的な種族っぽいんだけど、その辺ギルド的にはどうなの?」
おっさんは腕を組んで唸った。
「なんでてめぇの持ってくる話は全て面倒くせぇんだよ・・・ったく。もしも友好的な種族と確認が取れるようであれば上が何かしらの契約を結ぶだろうな。様子を見て問題無さそうなら間口を広げてって話になるだろうが・・・その話はギルド長のじじいにしておいた方がいいな」
あら、脳味噌まで筋肉で出来てるくせに意外に理性的な意見。
「おい、なんだその目は。バカにしてんだろ?そうなんだな!?よぉし久しぶりに模擬戦だな!」
「いやちょっとオレこれからギルド長のとこに」
「はい、はじめ。しねぇぇっ!!!」
「あぶねぇ!?なんだその掛け声!?オレまだやるっていって・・・うわぁぁぁ」
急に襲いかかってきたおっさんの木剣の腹を叩いて、すり抜けざまに足払い。
当たり前のように避けられたが、そのまま通りぬけて模擬戦用の武器が置いてある場所まで全力で走る。
というより誘導されてるなこれ。
畜生!ギルドに逃げ込もうと思ったのに防がれた!
後ろからの殺気にサイドステップ。
体があった場所に木剣が通り過ぎていくのを見て冷や汗が出てくる。
「おい!あぶねぇだろうが!オレのプリティな後頭部に穴が空いたらどうしてくれんだ!」
「クソッ!避けんじゃねぇよ!!穴が空いてた方が格好いいだろうが!」
「普通に死ぬわッ!このバカ!筋肉バカ!!」
「てめぇの方がバカだね!バーカバーカァ!」
「この・・・もう怒った!ボッコボコにしてやっからなッ!!」
「ハッ!どうせ返り討ちです残念でしたぁ!」
なんって大人げないオッサンなんだこいつは!!
目をつぶって傍から見てると子供の喧嘩のようだが、やっていることは自分で言うのもなんだが・・・エグい。
動き回りながら牽制で砂をかけるなんてのは当たり前。
剣だって普通はやらないが投げる、斬ると見せかけて関節を取りにいく、急所攻撃もアリとか・・・もはや剣闘士にでもなったのか?という程の戦いになっていく。
最初はそれなりに気を使われて手を抜いてくれてたはずが、最近では毎回こんな感じだ。
素振りしていた少年が目を見開いて見ているのが視界に映った。
あ~、こんなの見せたら自信喪失しちゃうかもしれないな。
基本を教えておいて無茶苦茶な動きしてるように見えるだろうし。
「おっさん!前途有望な若者を潰す気か!こんなの見せるんじゃねぇよ!」
おっさんの剣を弾き返しながら叫ぶが、攻撃が止む様子はない。
「ハッ!見るのも訓練なんだよバカめ!お?もしかしてもう疲れちゃいまちたかぁ?」
「んなわけあるかッ!筋肉ダルマめ!!」
斬る、突く、薙ぐと見せかけて剣を投げつけて逆手に持った小太刀型の木剣で突っかける。
全ての攻撃に合わせられて受け止められるが、流石のおっさんも至近距離から投擲した剣を避けて体勢が崩れる。
今だ!
すり抜けるように走る、と見せかけて小太刀も投擲。
流石に意表を突いたのか、慌てて剣で受けるが無理な体勢で受けた為に隙だらけだ。
そのまま飛び上がって、顎に膝蹴りを食らわす、が感触は軽い。
自分で飛びやがった!
「しつっこいな!さっさと落ちろ!」
「てめぇ、がおち、ろ!!」
のけぞったおっさんの膝を蹴って頭上を飛ぶ。
踵で引っ掛けるように首を刈って引き倒すが、横から剣が振ってくるのを見て距離を取る。
「だぁ!キリがねぇ!日に日に気持ち悪ぃ動きするようになりやがって・・・」
「全部受け止めておいてよく言うわ!いい加減倒されろよ」
お互いに叫び合うと、ギルド長に会いに行くことにした。
一応、報告はしておかないとね。
報告は割と簡単に終わった。
どうもこの手の友好的な種族と折衝を行う部門が冒険者ギルド内にあるようだ。
詳しい場所は戦友達に迷惑が掛かったら申し訳ないので伝えてはいないが、その道のプロが対応すると聞いて少し安心した。
冒険者ギルドはその性質上、遺跡発見や新種の動植物、魔物の素材、友好・敵対種族との邂逅などの専門的な知識や経験が必要な内容を求められる場合が多いので、それ専門の部門を作って対応しているのだそうだ。
この街に味噌や魚醤が入るようになればさらに和食が食べられるようになるだろう。
俺はご機嫌でドロス武具店に向かった。
「おやっさん!いるかい!」
「おう!今日はなンのようだ?」
何やら鞘らしき物に革を巻いていたおやっさんが顔を上げた。
「ちょっと見て欲しい武器と素材があるんだけど」
そう言って工房スペースに入らせてもらった。
大物加工用に広めに作られた地下工房でティアマトの素材を出す。
「うぉ!?こりゃ・・・竜か!しかも黒い竜だと?」
驚くおやっさんに経緯を説明すると、おやっさんも呆れた顔になった。
「冒険も良いが・・・程々にしとかんと早死しちまうぞ?・・・それで、これをどうすンだ?」
「なんか武器に出来ないかな?黒鉄鋼の武器が折れちまって・・・」
そう言ってポールアクスを取り出すと、しげしげと折り曲がった柄を見つめて首を振った。
「馬鹿力で叩きつけたはいいが、跳ね返されたってとこか。竜の鱗相手じゃ黒鉄鋼製でも荷が重いじゃろうが・・・ふむ。牙はねぇのかい?」
「流石おやっさん。頭はあっちが欲しいと言うから置いてきたんだよ」
おやっさんは腕を組んで顎鬚を撫でながら黙った。
不機嫌そうに見えるが、滅多に見ない竜の素材に瞳の輝きを隠せてない。
「なら爪じゃな。爪を削ると脆くなるもんじゃが・・・竜の爪ならば問題ねぇだろ。鱗は防具に使えンな。尾先の針は麻痺毒って言ったな?なら突剣がいいと思うが・・・槍でもいいな」
「そうだなぁ。槍はいい物貰ったからレイピア作ってくれる?レイピアって言っても相当長物になりそうだけど」
「そこは加工するから問題ねぇ。剣先から柄まで一体型のモンを作りゃええ。しかしこんだけでけぇと鱗も余るな。どうする?」
「剣も考えたけど・・・鱗を加工して短剣とか鉈に出来ないか?」
「鱗を加工・・・普通そのまま使うんじゃがな。だがこれだけの素材ならええかもしれん」
「そうそうおやっさん。竜と言えば、ヴォータンって知ってる?」
そう言うとおやっさんの目が見開かれた。
なんだ!?
「ヴォータンじゃとぉ!?」
な、なんだこの反応?
ぐおぉ・・・キリが悪くて申し訳ないです。




