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 シャルさんお勧めの喫茶店は入り組んだ所にある分かりにくい場所にあった。

店内は品のいいアンティーク調の家具で揃えられていて、マスターらしきお爺さんがカップを磨いている。

おお・・・なんか名店って雰囲気がプンプンするぜ!

驚いている俺達を見てシャルさんがニヤリと笑った。


「おや、いらっしゃいませ。こちらのお席にどうぞ」


品のいいマスターに勧められるままカウンター席のスツールに腰掛けた。

マスターの背後の棚には沢山の壺が置かれていて、茶の名前なのだろうか?プレートがそれぞれに付いている。


「マスタ~、ボクは紅茶を。二人はどうする?」


「ん。紅茶がいい」


「お嬢様は苦いのと甘いのどちらが好みですか?」


「・・・甘いのがいい」


「承知しました。そちらの方はどうしますか?」


「そうだな・・・苦いのあるかい?コーヒーはないだろうが・・・」


「おや、珍しい。コーヒーをご存知とは・・・」


「あるのですか?」


思わず驚いてマスターを見る。

よく見るとこのマスター、全く隙がない。

すげぇ・・・こんなところでお店やってるような人物じゃないだろこれ・・・。

物腰といい、武術の心得といい・・・指を見る感じ剣かな?この人一体何者だ?


「ほっほ、ありますよ。滅多に頼む方がいらっしゃらないので専ら私が1人で飲んでいますが」


「おお・・・!?ならコーヒーを頼む。それと軽く食べる物があれば」


「承知しました。では少々お待ちを」


そう言ってマスターは湯を沸かし始めた。

その手慣れた手つきを見ながら、横を見るとカリンの様子がおかしい・・・?

マスターを驚いた顔で凝視している。

そういえばカリンだけお嬢様・・・・そういうことか?


「カリン、もしかして」


「ん。屋敷にいた爺や」


「ええ?シュバイツ家の執事をやってたっていう~?」


カリンはコクリと頷いた。

その割には他所他所しいような・・・?


「ほっほ、引退した身ですよ」


「爺や、久しぶり」


「お久しぶりですな、お嬢様。・・・お二人はご存知で?」


コクリと頷くカリンにマスターは安堵したように笑った。

ああ・・・そういうことか。


「大丈夫だよマスター。俺達二人ともカリンの事情は聞いているから。遅れたけれど、冒険者パーティ風花のリーダーをやっているユウです。知ってるかもしれないけどこっちはシャルさん」


「これはご丁寧に。私シュバイツ伯で執事をしておりましたオルアラムと申します。今は引退しておりますので喫茶店店主ですな。お嬢様、お二人に武の気配があるからもしやと思えば冒険者になられたのですか?」


マスターは驚いた顔でカリンを見た。

どうやらカリンが冒険者になるとは露とも思わなかったらしい。

まぁ・・・そりゃそうか。

カリンのやつ、なんとなくで冒険者になったらしいからな・・・。


「ん。爺やが引退してから・・・家出た」


カリンの言葉を聞いてマスターは悲しそうに肩を落とした。


「そうでしたか・・・あの方は変わりませんでしたか・・・あれだけ伝えたというのに」


「ん。無駄」


「そのような・・・いえ・・・そうですな」


「今は楽しい」


哀しみと罪悪感に沈むマスターにカリンが一生懸命伝えている。


「マスター。カリンはとんでもない天才ですよ!カリン、オークキングの話してやれよ」


「ん。私とユウが森の中で・・・」



カリンが語るにつれて、マスターの表情も柔らかくなっていった。

カリンの聞いた通り幼少の頃から面倒を見ていたのは伊達ではないようで、本当に今を楽しんでいるのが分かるのだろう。

最初に余所余所しい態度であったのは俺達がどういう人物か分からなかったから。


「そこで大きな落とし穴に・・・」


カリンは夢中で話している。

あんなに一生懸命に話しているカリンを見るのは初めてだ。

言葉少ない彼女が何を考えているのか、少しは分かるようになったがそれでも家族に見せる表情のカリンにオレもシャルさんも黙って頷き、いつの間にか出されていたお茶をすすった。


シャルさんに加護の件を伝えて、今日は絡まれたばかりでまだ捜索されているかもしれない為明日もう一度神殿に行ってみるということで合意した辺りでカリンの話しが終わったらしい。

マスターも慰めじゃなくカリンが楽しんでいたことに安心したようだ。


「ほっほっほ。お嬢様は楽しい毎日を送っていらっしゃるのがよく分かりました」


「ん」


「ですが・・・一つだけ伺いたいことが」


そう言ってマスターがこちらを見た。

ん?

なんだか殺気を感じるんですが。


「間もないシャル様はともかく。まさかとは思いますがお嬢様に手を出したりは・・・」


驚いてコーヒーを吹いた。

ええ?

オレがカリンに手を出した!?

視界の端でカリンも紅茶を吹いているのが見える。

珍しく顔が真っ赤になっている。


「いやいやいや。そんな事実はないよ!出そうとしたこともない!」


「ふむ・・・」


どうやら巫山戯る雰囲気ではないようなので、真面目に答えるとする。


「カリンは今、冒険の毎日を楽しんでいるしオレもそうだ。オレの目標は世界を旅して、師匠である武神に勝つこと。今は冒険しているだけで幸せなんだよ」


「なるほど。・・・分かりました。が」


が?


「もしお嬢様に手をだすような事があれば・・・お覚悟を」


言葉と共に思いっきり殺気が飛んできた。

この爺様品のいい顔してとんでもない殺気出しやがる!


「分かってる!カリンに男が出来たらちゃんと連れてくるから!」


驚いた顔でこっちを見てくるカリンを無視して叫ぶように伝えた。

マスターはようやく殺気を収めた。


「ほっほっほ。そのような時が来たら・・・その馬の骨を半殺し・・・いえなんでもありません」


聞こえているからね!?

半殺しって言っちゃってるからね!


「あ、あはは・・・」


シャルさんも苦笑いだ。

マスターが一礼して出来上がったコーヒーを出してくれたところで、ようやく柔らかい雰囲気に戻った。

久しぶりのコーヒーの香りを味わってから一口。


「ああ・・・懐かしい」


その味は好んでよく飲んでいた銘柄のコーヒーと似た味がした。

思わず郷愁に誘われる・・・。

もう帰れないあの場所、兄弟達の顔、心配な会社の部下達・・・。


「ユウ?」


カリンの声にハッとして意識を戻した。

ふと横を見ると心配そうに見つめるカリンがいた。

いつの間にかシャルさんが背中を小さな手で撫でてくれていた。

いかんいかん。


「すまん二人共。大丈夫だ」


「・・・帰りたい?」


「いや・・・懐かしい味に昔を思い出しただけだよ。マスターこれ美味しいね!」


「ほっほ。気に入ってもらえて何よりです。故郷の味に似ておりましたかな?」


「ええ、よく飲んでいました。あぁ・・・コーヒーと煙草があれば生きていけるとか言ってたっけ」


シャルさんが自分の過去を話してくれた後、折を見てオレの話もしてある。

荒唐無稽な話ではあるが、ジョージのおっさんやカリンは受け入れてくれたし、仲間には隠し事はナシにしたかったからな。

シャルさんも驚いていたが、帝国ならそういう魔法も作れそうだと言っていた。

昔ホビット族を奴隷のように扱っていた国はどうやら帝国らしい。

今では同種族間の仲間意識が強い彼らは帝国を嫌っており北大陸に住むホビットは居ない、なんて話をしてくれた。


「煙草・・・ですか。どのようなモノですかな?」


そういえば紙巻き煙草はこの世界には無いって話だったな。

懐から取り出した煙草とライターを取り出してマスターに見せた。

使い方を説明する為には灰皿が必要だと言ったら葉巻用の灰皿を出してくれたので、一本咥えて火を点ける。

それをマスターに渡した。


「コホ・・・なるほど。葉巻と違って肺に吸い込むようにするのですな。葉巻よりも香りを楽しめませんが、クセが無くて吸いやすいかもしれません」


吸い方が分からずむせてしまったが、流石は貴族の執事だった人だ。

一口で吸い方が分かったらしい。


「上位騎士ならともかく、下級の騎士達が喜びそうですな」


もし売るつもりがあるならとアドバイスまでくれた。

なるほど、この世に一つしかないアーティファクトとも言える代物なので売るつもりは毛頭ないが、もしも似たようなモノを作れれば売れるかもしれないな。

冒険者を引退するような事があれば考えてみよう。


「そうだ。マスターがカリンの関係者なら丁度いい。カリンの二人の兄の事なんだが・・・」


今日あった事を説明した。

マスターは手で顎の辺りを撫でながら何やら考えていたが、ふと顔を上げた。


「そうですな・・・その場合は逃げたのは正解でした。勝つにせよ、負けるにせよ騎士達とやりあってしまっては保証された立場の冒険者といえど何らかの罰を受ける可能性があったでしょうからな」


「うへぇ・・・貴族って面倒だなぁ~」


「ん。面倒」


「ですがこれからも神殿に行くこともあるでしょう。ですから昼間ではなく夜に行く事をお勧めします」


ん?


「夜もやっているのかい?」


「ええ。神は来るものが誰であろうと拒みはしませんから。昼間は巡回や演習で出歩いていますから出会う可能性は高いでしょう。ですが、夜ならば」


「お家に帰ってる、か」


「ん。盲点」


「それがいいねぇ~」


そうすると今夜にでも行ってみるといいかもしれないな。


「いや助かった。ありがとうマスター」


「ほっほ。お役に立てたようで何よりです」


よく出来た御仁だ。

戦闘能力といい喫茶店のマスターをやっているのが不思議な位だ。

まだまだ現役でやれるだろうに、どうして引退したんだろう。

まぁ、あまり最初から踏み込むのもよくないと判断して聞くのは止めておいた。

それが善意だろうと正義感だろうと、やれば良いというものではないと思うし。


しばらく各々穏やかな一時を過ごした後で、マスターの店を出た。

軽食はサンドイッチだったが、美味しかった。

ぜひまた寄ろうと思う。

どうも執事ってこういうイメージになっちゃうんですよね。

セバスチャン的な。

側近!とかならまた別のイメージが湧くのですが。

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