一月十四日(金)
次の日も、私はカオルのところを訪ねた。本当は今日はあんまり良くないけど、不思議と行こうかな、という気持ちになっていた。別に何か特別な事があるわけでもないのに。
今日の彼女は、服ではなく自分の髪にブラシをかけていた。とてもとてもゆっくりと。
「今日も制服なんだね」
「学校の帰りだもの。少し遅くなったから、そのまま来たの」
「そう」
カオルの差し出したパイプ椅子を受け取り、私は腰を下ろす。
「お土産」
チョコとイチゴのアイスの入った袋を差し出すと、カオルは迷わずチョコを取った。お茶も忘れない。
「ありがと」
「もし他に食べたいのとかあったら言って。次に来る時に買ってくるから」
「私はこれがいいかな。ちゃんとしたもの食べると、夜ご飯食べれなくなっちゃう。ほんとお腹空かなくなっちゃってるからさ」
それなら良かったのかな。正直食べちゃダメなものとかわかんないからこれがいいって言ってくれて助かる。
二人ともアイスを食べ終わるとカオルはベッドから降りて私の後ろに回った。
「お礼」
カオルはそう言って少年のように笑うと、私の髪の毛にブラシをかけてくれた。
「お礼なんて言ったけど、ほんとはさ、暇で何かしたかったんだよね」
「そうだよね。やる事もできる事もないもんね」
「それもあるんだけど、動くのが億劫でね。体力が衰えて、立つのもしんどいし億劫。チエリが来てくれると、立って動く理由ができるから」
一度手を止め、私の髪を少しだけいじってから再びブラシをかけ始めた。
「昔はヘアアレンジなんかも出来たけど、病気してからどうも指が器用に動かなくなってね。この程度で申し訳無いけど」
「充分よ。気持ちいい」
申し訳ないなんて言ってるけど、本当は自分がやりたかっただけで、できなくなったことを悔しがってるんだろうな。でも、私は嘘じゃない。というより、何かしてもらえるだけで。
いいえ、それも少し違う。のかな?
よく分からないけど、どうしてだろう、カオルに触れられるとくすぐったくてドキドキする。まるで同世代の少年のような、無邪気で奔放で、それでいて悪戯っぽい顔で笑うからなのかな。
生憎私は何も知らない。けれど、これは恋とか、それに近い物なのかな? いくら考えても答えなんて出るわけないけどさ。
変な事を考えるのを止めて、私はただカオルの繊細な手つきに酔い痴れた。
不意に五時を告げるオルゴール調のシャロームが窓の向こうから聞こえてくる。
「もうこんな時間か。チエリといるときはいつもあっという間だ」
「本当にね」
あっという間はあっという間だけど、そもそも私がここにいられるのは、ほんの一時間弱。短く感じる暇もない、短い時間。
「じゃあ私は帰るね。ありがとう、カオル。また来るよ」
それだけ言って、私は部屋を出た。
病院を出たところで携帯電話の電源を入れると、メールが一件届いていた。妹のチユリからだった。
うちの家庭は共働きで、家事は私が中心でやっているから。帰りが遅い事に対する、皮肉みたいなものだろう。もうすっかり暗くなってしまっているから。
メールの内容は簡潔で、今日の夕飯なに? とそれだけだった。掃除のことや干しっぱなしの洗濯物については何も言われていない。
時間も時間なので私は、シチュー、とだけ返信した。
また? とそれだけの返信が来たので、私もまた。とだけ返して携帯電話をしまった。




