一月三日(月)
私が新年早々入院してから、もう三日になる。
とはいってもたかがインフルエンザ。変に悪化してしまったせいで最初は動けもしなかったけど、今ではすっかり良くなっている。あと二日もすれば、私は何の問題もなく退院して、今まで通りの日常に戻るのに違いない。
窓の外から見えるのは、閑散とした風景。春には桜が良く見えるらしいけど、残念ながらまだ蕾さえ付いていなくて、枯れた桜がただずらりと並んでいるにすぎない。これは殺風景と言うよりは、枯れ木も山の賑わいと思うべきなのかな。
換気をしようと思って窓を開けた。身を乗り出して外を見る。無精してしまって、背中まで伸びてしまった私の髪を、風が靡かせる。一月の風は、身を切るように冷たい。少しの間、そうして風を感じていた。室内は暖房がよく効いていて、少しだけ暑いと感じていたところだったから、その冷たさが心地よかった。
「飛び降りるの?」
不意に上から聞こえた声。硝子のように透き通る声。それが男性のものなのか女性のものなのかさえ判らないほど、中性的な声。
「そんなことしないわよ」
私はそう言い返しながら上を見る。丁度一つ上の最上階に、一人の若い人がいた。
襟足より短く刈り込まれた髪。痩せた小さな顔。その人物が女性なのか男性なのか、私には判らなかった。
「稀にいるからさ、心配になってね」
間違っても心配ではなさそうな顔でそんな事を言われても説得力はないけれど。だって、心配と言うにはあまりにも無垢な笑い方をするから。
「そうなの?」
「極めて稀に、だけどね。苦痛な闘病生活や莫大な金銭の負担に負ける人がいるんだ」
「それはごめんなさい。私はもうすぐ退院できる見込みよ」
「油断は良くないな。そう言って油断して、あっという間に亡くなった人もいる」
「私が死ぬって?」
「かもしれないよ、お嬢さん」
くすくすと笑いながら、芝居がかった口調でそう言われた。そんな言いぐさなのに、不思議と、不快と感じるほど不快ではなかった。
「失礼ね」
うっかり笑い返しながら、私はそう言い返した。
「そうだ、何だったら賭けでもしないか」
「賭け?」
「君が退院できたら君の勝ちだ。私は何でも好きなものをご馳走しよう」
「私が死んだら私の負けだって言うの?」
「ああ。自信があるなら良いだろう?」
「いいわ。受けてやるわよ」
その人物は、くすくすと笑って見せた。
「ところであなた、名前は?」
「おっと、自己紹介が遅れたね。私はアズマカオル。東に、難しい馨って字」
名前を聞けば性別が判るかもしれない、と言う私の淡い期待は木端微塵に砕けた。
「君の名前は?」
「オオノチエリ。大きい野原に平仮名でちえり」
「じゃあチエリ。私の事は呼び捨てでいいから。代わりにチエリの事も呼び捨てにするよ」
「わかった」
「私はそろそろ検温だから引っ込むよ。またね」
そう言ってカオルは首を引っ込めた。まるで窓があまり開かないみたいに窮屈そうにして。試しに窓全部を開けはなってみた。飛び降りようと思えば、簡単にできそうだった。




